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§ 露顕
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啓から一旦会社へ戻れとの連絡を受け、夕方、早めにオフィスを出た。
ウチのような小さな会社では、客先常駐での仕事は珍しくもないが、やはり慣れない環境で見知らぬ人の中にいるのは神経を使う。戻るのは何日ぶりだろう。長く離れていたわけでもないのに、長年暮らした実家へ帰るような気分だ。
会社へ戻ると早々、小夜が私の腰に抱きついてきた。
「瑞稀ぃー! 寂しかったぁー!」
飼い主に捨てられた子犬のような半ベソで、私の顔を見上げている。
「おい青木! おまえ、なにやってるんだ?」
啓は、呆れ顔で笑う。他のみんなも、このふたりは相変わらずばかをやっているとでも言いたげに、遠巻きにして笑っている。
私だって寂しい。話したいこともたくさんある。客先常駐になってからというもの、ほぼ毎日残業で、平日は小夜と一緒に買い物や食事をする時間も取れない。その上、今は、松本亮もいる。平日ランチのお付き合いだけではご不満な彼に、近頃では貴重な週末までも占領されているのだ。
今日は金曜日。明日は珍しく彼との約束もない。小夜ともゆっくり話ができるだろう。
「小夜、ごめんね。社長が夕飯奢ってくれるってさ。なんでも好きなもの食べさせてあげるから、それで許してくれる?」
社長と奢りのセットで機嫌を直した小夜は、ニコニコだ。よしよしと小夜の頭を撫でながらちらっと目をやれば、啓がやれやれと笑っている。
「でもほら、夕飯の前に、一仕事終わらせちゃわなきゃ。ね?」
仕事と聞いて、態とらしく不貞腐れた小夜の腕を解き、資料を取り出して会議テーブルに広げれば、戦闘態勢だ。進捗報告、変更部分を含む仕様と設計書の確認、作業内容の詳細確認に作業者への指示等々、変更されたスケジュールの再確認も含め、所要時間は二時間。メンバー全員で取り急ぎ必要な作業を一通り終えた。
「飯いくぞ!」
啓の号令に、オフィスにいる全員が、そそくさと帰り支度をして外へ出る。
「あの、僕、お先に失礼します」
「奥さんがうまい飯作って待ってるんだもんな。俺たちと飯食う暇なんてないよなぁ」
冷かしにみんながどっと声を上げて笑う。そう。彼はついこの間、結婚したばかりだ。
「寂しい者同士、今夜は飲みますよ!」
羨ましくなんかない、と、誰かが気勢を上げ、それをまたみんなで笑う。
「じゃ、啓司さんと瑞稀先輩はラブラブだから、抜きってことでいいですね」
「よし、瑞稀。邪魔者は帰るぞ」
啓が慣れた様子で私の肩を抱く。
私と啓の関係を揶揄われるのもいつものこと。小夜を除く同僚たちはなぜか、私と啓が恋人同士だと思い込んでいる。
「社長が帰っちゃったら、お財布はどうなるの?」
「俺と瑞稀はデートだからおまえたちの食い扶持まではまわらないぞ」
「えええっ? それ困る~」
割り勘なんて嫌だからね、と、誰かが言う。あははと大きな笑い声が廊下に響いた。今日は総勢六人で夕食会。新婚さんを見送り、わいわい賑やかに冗談を交わしながら、いつもの居酒屋へ入った。
ウチのような小さな会社では、客先常駐での仕事は珍しくもないが、やはり慣れない環境で見知らぬ人の中にいるのは神経を使う。戻るのは何日ぶりだろう。長く離れていたわけでもないのに、長年暮らした実家へ帰るような気分だ。
会社へ戻ると早々、小夜が私の腰に抱きついてきた。
「瑞稀ぃー! 寂しかったぁー!」
飼い主に捨てられた子犬のような半ベソで、私の顔を見上げている。
「おい青木! おまえ、なにやってるんだ?」
啓は、呆れ顔で笑う。他のみんなも、このふたりは相変わらずばかをやっているとでも言いたげに、遠巻きにして笑っている。
私だって寂しい。話したいこともたくさんある。客先常駐になってからというもの、ほぼ毎日残業で、平日は小夜と一緒に買い物や食事をする時間も取れない。その上、今は、松本亮もいる。平日ランチのお付き合いだけではご不満な彼に、近頃では貴重な週末までも占領されているのだ。
今日は金曜日。明日は珍しく彼との約束もない。小夜ともゆっくり話ができるだろう。
「小夜、ごめんね。社長が夕飯奢ってくれるってさ。なんでも好きなもの食べさせてあげるから、それで許してくれる?」
社長と奢りのセットで機嫌を直した小夜は、ニコニコだ。よしよしと小夜の頭を撫でながらちらっと目をやれば、啓がやれやれと笑っている。
「でもほら、夕飯の前に、一仕事終わらせちゃわなきゃ。ね?」
仕事と聞いて、態とらしく不貞腐れた小夜の腕を解き、資料を取り出して会議テーブルに広げれば、戦闘態勢だ。進捗報告、変更部分を含む仕様と設計書の確認、作業内容の詳細確認に作業者への指示等々、変更されたスケジュールの再確認も含め、所要時間は二時間。メンバー全員で取り急ぎ必要な作業を一通り終えた。
「飯いくぞ!」
啓の号令に、オフィスにいる全員が、そそくさと帰り支度をして外へ出る。
「あの、僕、お先に失礼します」
「奥さんがうまい飯作って待ってるんだもんな。俺たちと飯食う暇なんてないよなぁ」
冷かしにみんながどっと声を上げて笑う。そう。彼はついこの間、結婚したばかりだ。
「寂しい者同士、今夜は飲みますよ!」
羨ましくなんかない、と、誰かが気勢を上げ、それをまたみんなで笑う。
「じゃ、啓司さんと瑞稀先輩はラブラブだから、抜きってことでいいですね」
「よし、瑞稀。邪魔者は帰るぞ」
啓が慣れた様子で私の肩を抱く。
私と啓の関係を揶揄われるのもいつものこと。小夜を除く同僚たちはなぜか、私と啓が恋人同士だと思い込んでいる。
「社長が帰っちゃったら、お財布はどうなるの?」
「俺と瑞稀はデートだからおまえたちの食い扶持まではまわらないぞ」
「えええっ? それ困る~」
割り勘なんて嫌だからね、と、誰かが言う。あははと大きな笑い声が廊下に響いた。今日は総勢六人で夕食会。新婚さんを見送り、わいわい賑やかに冗談を交わしながら、いつもの居酒屋へ入った。
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