【R18】貴方の傍にいるだけで。

樹沙都

文字の大きさ
29 / 67
§ 不穏の兆し

08

しおりを挟む
「大丈夫だよ。帰って寝るから」

 世話をする人もいない独り暮らしの部屋へ帰って、どうするというのだ。一晩寝て治っていればそれでいいけれど、万が一、もっと具合が悪くなったなら。
 自分を蔑ろにしているその態度に無性に腹が立ち、病人相手なのについ不満を爆発させてしまった。

「まったく! なんなのよ! いつも私にはあれだめこれだめ、ちゃんと飯を食え、睡眠時間は必ず確保しろ、運動しろ、健康管理がどーのって偉そうにお説教しているくせに、あなたはどうなの? 自分のことはほったらかしじゃないの! 熱があるのに無理してこんな時間まで仕事して、なにが健康管理よ。笑っちゃうわ! わかっているの? 本当に病気になったらどうするの? 会社なんて面倒看てくれないのよ?」

 言葉にすればするほど腹が立つ。その声はさらに大きさを増した。

「それにさ、あなたは私になにもさせてくれないわけ? 私はあなたの恋人じゃないの?ちょっと年上だからって偉そうに。私を役立たずの子どもだとでも思っているの? 冗談じゃないわ! 一方的に世話を焼くのが、あなたの言う『交際』なの? 私と交際していると思っているのだったら、せめて病気の時くらい、私の言うこと聞きなさいよね! 私だって心配くらいするんだから」

 興奮し過ぎて、もうなにを言っているのか、よくわからない。ただ、辛いときに自分を頼ってくれない亮の気持ちが、悔しくて、悲しかった。

「わかったから。ごめん。もう怒らないで」

 いつもより一層熱い亮の両手が、私の頬を包む。熱で潤んだ瞳で見つめられて、睨み返した。

「そんな顔したって、許さないんだから」
「だから、ごめんって」

 亮は、おまえの言うとおりにするよ、と、苦笑した。どうやら観念したらしい。

 風邪薬を飲ませ、寝室へ押し込み、ふわふわの布団で首まですっぽり包む。無抵抗なその姿に、私は満足の笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。生姜と蜂蜜は平気? 食べられる?」
「ああ」
「じゃあ、ちょっと待ってて」

 風邪を引いたら生姜湯を飲むのは、幼少期に祖母から教わった風邪撃退法だ。生憎、市販の生姜湯を切らしていたが、材料はある。簡単に自作可能だ。
 慣れない手つきで生姜を摺りおろし、カップに入れる。蜂蜜と、少しぬるめのお湯を注げば、ほらもうできあがり。味見は——身体に悪い物が入っているわけでもなし、しなくても大丈夫でしょうきっと。

「なんだか楽しそうだね?」
「そうかな? はい、これ飲んで」

 口煩い偉い人が、無防備な姿を晒し、私を頼りにしているのだ。楽しくないわけがないだろう。

「なにこれ?」
「生姜湯、知らない?」

 亮は、湯気の立つカップに鼻を近づけて匂いを嗅いだ後一口啜ると、途端に顔を顰めた。

「辛いな」
「そりゃそうよ、生姜だもん」
「……飲まないとだめか?」
「苦手だったら無理しなくていいけれど……」
「…………」

 なにか言いたそうな顔で私を見た亮は、ため息をつき、またカップに口をつけた。顔を顰めながら二、三口啜った後、申し訳なさそうに目を伏せ、無言でそれを返して寄越した。
 殆ど中身の減っていないカップを受け取り、横たわらせて布団で包み直す。ベッドの端に腰をかけて、小さな子どもにするように、ぽんぽんと布団の上から胸の辺りを軽く叩くと、なんともいえない表情の亮が上目遣いで私を見つめる。
 嫌々薬を飲む仕草、首まですっぽり埋まっているその顔が、本当に小さな子どものようで、かわいい。私は、人の世話を焼くのがこんなに楽しい物なのか、と、笑顔を隠しきれなかった。

「俺がベッド占領したら、おまえの寝る場所がないよな?」
「私はどこででも寝られるから心配しないで」
「風邪、移るかも知れないぞ?」
「そんなの、いまさら遅いって。それに、万が一移ったとしても、あなたほど忙しいわけじゃないから一日くらいは休もうと思えば休めるし。だめでもとりあえず電話とマシンさえあればなんとでもなるから」

 安心させようと思って言ったのに、ひと言余分だったようで、亮の表情がみるみる苦くなっていく。

「おまえ、病気の時もベッドで仕事してるんじゃないだろうな?」
「ハハハ……まあ、誰でもそんなものでしょう? さ、病人は余計な心配しないでちゃんと寝なさい」

 笑ってもごまかされていない亮は、不満そうに口を閉ざして目を閉じた。きっと薬が効きだしたのだろう、五分も経たないうちに、静かに寝息を立て始めた。

 この人の寝顔を見るのは、これで二度目だ。一度目は驚きが先行してよく覚えていないけれど、いま、熱のせいか頬を上気させ眠っているこの顔は、偉そうにお説教をするいつもの亮とは別人のよう。

「かわいい」

 この人は忘れないから、体調が戻ったらお説教されるのはわかっている。おまけのお仕置きも恐い。でも、静かに眠っている少し幼げなこの顔は、私だけのもの。

「鬼の霍乱……ってね。ふふふっ」

 私は寝顔を眺め、指先でそっと髪を撫でながら、出会いから今日までのできごとを思い出していた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚

日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...