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§ 天空碧
月老の二
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月老は口角に微笑みを乗せ、上品に茶を啜っている。
カチカチと柱時計が時を刻み、薬缶がシュンシュンと音を立て、時間だけが静かに流れていく。訊きたいことは山のようにあるのだが、言葉が出てこない。
「まず、死者は……」
茶杯を手で弄ぶ月老が、沈黙を破り語りはじめた。
死者の霊魂は——はじめに、案内人より届け出用紙を受け取り、生前の居住地、指名、年齢を添え、死亡日時、死亡原因を最寄りの役所へ届け出る決まりだ。
届け出が受理されると同時に管理システムへ登録される。発行された登録番号を受け取り、それを持って指定の担当課へ赴き、手順のレクチャーを受ける。
そして、決められた日時に指定の研修施設へ出頭し、三日間のオリエンテーションと、最終日には適性検査を受ける。
「な、なんですかそれ?」
「おい、閻魔大王の話はどこ行った?」と耳打ちされ「黙って」と、うっかりいつもの調子でカイくんの脇腹に軽く肘鉄を入れた。
「え?」
「うそっ?」
——触った?
ふたりとも頭のなかは疑問符だらけ。驚愕し、顔を見合わせた。
「この場所は特別なのだが、驚くのも無理はないか。まあ、あれだ。順を追って説明してやるから、先に話の続きを聞きなさい」
わたしたちは小さく頷き、あらためて月老に向き直った。
次に、その適性検査の結果により振り分けられたクラスで一ヶ月の研修。その後、研修期間中の適応状況と最終日に実施されるペーパーテストの成績を持って、最終面接へ進む。
すべての課程を修了後、その総合得点に本人の希望を加味した結果を会議にかけ、担当教官の全員一致でさらに詳細な振り分けを実施し、結果を上層専門機関へ送る。
最後に、上層専門機関最高責任者の承認が下され、配属先が決定する。
「と、一般的に死後、霊魂はこのような道筋を辿るわけだが——」
このような、と言われても、知っていると思っていた事柄から想像できる範囲を遙かに超えているのだけれど。
「だが?」
「だが、阿海。おまえの場合に限っては、なかなか珍しいケースでな」
「なかなか珍しいケース?」
「それはいったい……?」
「そうだな。まず、通常の冥婚では、婚姻を結んだ魂同士が結びつきはするが、生者の婚姻同様、双方が片時も離れず行動を共にしなければならないということはない」
「たしかに。まあ、普通はそうですよね?」
結婚したってそれぞれ仕事はあるし、ときにはひとりになりたいこともあるし。夫婦だからってべったり四六時中一緒はあり得ないでしょう。
「しなければならない、というか……離れられないんですけど? オレたち」
カイくんの表情が曇る。
「ねえ、カイくん。離れられないのと一緒にいるのは違うの?」
「ああ、違う。なんていうのかな……おまえから離れようとすると、なにかに引っ張られたみたいになって、引き戻されるんだよ」
「引き戻される?」
「ああ。紐かゴムででも繋がれてるみたいな感じだな」
繋がれているってそんな。それって。
「カイくん、もしかしてそれ、わたしに取り憑いているってこと? カイくんって憑依霊だったの? こっわーい」
「リンリン! おまえ……」
睨んだって無駄だ。幽霊だからってカイくんはカイくん。ちっとも怖くなんかないもんね。
カイくんを睨み返し、あははと笑い声を上げた。
「おまえたちふたりが離れられない原因は、それだ」
「それ? なに?」
月老が鋭い視線を向ける先にあるもの。それは、わたしの首元で輝く青い石だ。
「天空碧。その石が、阿海、おまえをこのお嬢さんに縛りつけているのだよ」
「えっ?」
「そんなばかな……だって、ただのきれいな石ですよ? これ」
指でつまみ裏表を返して眺めてみても、なんの変哲もない青い石のペンダントトップ。カイくんも不思議そうにそれを覗き込んだ。
「阿海。おまえ、その天空碧をどこで手に入れた?」
「どこって……迪化街の——月さんも知ってる宝石店だと思うけど、それが?」
一瞬ピクッと月老の片眉が上がった。思い当たることでもあるのか。その表情が渋く変化していく。
「瑯嬌」
月老が唐突に低い声で猫を呼んだ。
猫が悪戯でもしているのかしら、と、振り返り、部屋のなかを見回したが、姿がない。外へ遊びにでも出かけたのだろうか。猫は自由でいい。
「仔細はわかった。まあ、茶でも飲みなさい。菓子も食べるといい。愛文芒果は濃厚でうまい」
なにがわかったのか説明もなく、月老が澄まし顔で新たな茶を淹れた。促されてドライマンゴーをひとつ。本当だ、甘くて濃厚。これはおいしい。
カチカチと柱時計が時を刻み、薬缶がシュンシュンと音を立て、時間だけが静かに流れていく。訊きたいことは山のようにあるのだが、言葉が出てこない。
「まず、死者は……」
茶杯を手で弄ぶ月老が、沈黙を破り語りはじめた。
死者の霊魂は——はじめに、案内人より届け出用紙を受け取り、生前の居住地、指名、年齢を添え、死亡日時、死亡原因を最寄りの役所へ届け出る決まりだ。
届け出が受理されると同時に管理システムへ登録される。発行された登録番号を受け取り、それを持って指定の担当課へ赴き、手順のレクチャーを受ける。
そして、決められた日時に指定の研修施設へ出頭し、三日間のオリエンテーションと、最終日には適性検査を受ける。
「な、なんですかそれ?」
「おい、閻魔大王の話はどこ行った?」と耳打ちされ「黙って」と、うっかりいつもの調子でカイくんの脇腹に軽く肘鉄を入れた。
「え?」
「うそっ?」
——触った?
ふたりとも頭のなかは疑問符だらけ。驚愕し、顔を見合わせた。
「この場所は特別なのだが、驚くのも無理はないか。まあ、あれだ。順を追って説明してやるから、先に話の続きを聞きなさい」
わたしたちは小さく頷き、あらためて月老に向き直った。
次に、その適性検査の結果により振り分けられたクラスで一ヶ月の研修。その後、研修期間中の適応状況と最終日に実施されるペーパーテストの成績を持って、最終面接へ進む。
すべての課程を修了後、その総合得点に本人の希望を加味した結果を会議にかけ、担当教官の全員一致でさらに詳細な振り分けを実施し、結果を上層専門機関へ送る。
最後に、上層専門機関最高責任者の承認が下され、配属先が決定する。
「と、一般的に死後、霊魂はこのような道筋を辿るわけだが——」
このような、と言われても、知っていると思っていた事柄から想像できる範囲を遙かに超えているのだけれど。
「だが?」
「だが、阿海。おまえの場合に限っては、なかなか珍しいケースでな」
「なかなか珍しいケース?」
「それはいったい……?」
「そうだな。まず、通常の冥婚では、婚姻を結んだ魂同士が結びつきはするが、生者の婚姻同様、双方が片時も離れず行動を共にしなければならないということはない」
「たしかに。まあ、普通はそうですよね?」
結婚したってそれぞれ仕事はあるし、ときにはひとりになりたいこともあるし。夫婦だからってべったり四六時中一緒はあり得ないでしょう。
「しなければならない、というか……離れられないんですけど? オレたち」
カイくんの表情が曇る。
「ねえ、カイくん。離れられないのと一緒にいるのは違うの?」
「ああ、違う。なんていうのかな……おまえから離れようとすると、なにかに引っ張られたみたいになって、引き戻されるんだよ」
「引き戻される?」
「ああ。紐かゴムででも繋がれてるみたいな感じだな」
繋がれているってそんな。それって。
「カイくん、もしかしてそれ、わたしに取り憑いているってこと? カイくんって憑依霊だったの? こっわーい」
「リンリン! おまえ……」
睨んだって無駄だ。幽霊だからってカイくんはカイくん。ちっとも怖くなんかないもんね。
カイくんを睨み返し、あははと笑い声を上げた。
「おまえたちふたりが離れられない原因は、それだ」
「それ? なに?」
月老が鋭い視線を向ける先にあるもの。それは、わたしの首元で輝く青い石だ。
「天空碧。その石が、阿海、おまえをこのお嬢さんに縛りつけているのだよ」
「えっ?」
「そんなばかな……だって、ただのきれいな石ですよ? これ」
指でつまみ裏表を返して眺めてみても、なんの変哲もない青い石のペンダントトップ。カイくんも不思議そうにそれを覗き込んだ。
「阿海。おまえ、その天空碧をどこで手に入れた?」
「どこって……迪化街の——月さんも知ってる宝石店だと思うけど、それが?」
一瞬ピクッと月老の片眉が上がった。思い当たることでもあるのか。その表情が渋く変化していく。
「瑯嬌」
月老が唐突に低い声で猫を呼んだ。
猫が悪戯でもしているのかしら、と、振り返り、部屋のなかを見回したが、姿がない。外へ遊びにでも出かけたのだろうか。猫は自由でいい。
「仔細はわかった。まあ、茶でも飲みなさい。菓子も食べるといい。愛文芒果は濃厚でうまい」
なにがわかったのか説明もなく、月老が澄まし顔で新たな茶を淹れた。促されてドライマンゴーをひとつ。本当だ、甘くて濃厚。これはおいしい。
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