神様の縁結び〜台灣で挑む月下老人のおいしいミッション〜

樹沙都

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§ 天空碧

月老の一

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 それから暫くの間、ああだこうだと話し合い、わたしの「理由がわからないと気持ちが悪い」との言葉に、カイくんはついに折れた。

 理詰めで攻めてくるカイくんを言い負かしたのは、今回がはじめて。
 何事も説明がつかなければ納得できないところは、理系男子の弱点にもなりうるということか。
 次からはこの手で攻めようと内心ほくそ笑んだ。

 目的地は、三階建ての古びたビルの一階。
 ところどころに錆が浮かぶ鉄製ドアの中央には、掠れた文字で『月老婚姻紹介所』と書かれた小さな表札が掲げられている。

「なあ、ホントに行くのかよ?」
「もちろん」
「おい……」
「いいから黙って。行くよ!」

 息を大きく吸いゆっくり吐いて、ドアの横の呼び鈴を押す。間を置かず静かに開いたドアから「おじゃまします」と、そっと足を踏み入れ、様子を窺った。

 背の高い観葉植物が並んだその向こうには、オリエンタルな透かし柄のパーティーション。
 静けさに不安を覚え、一瞬、引き返そうかと迷ったが、ふと、足元に気配を感じ視線を下ろす。そこには——。

「猫?」

 薄クリームの地色に黒い縞模様。艶々と滑らかな毛並みの猫が、わたしを見上げていた。

 驚かさないよう、そっとしゃがみ込む。正面から覗き込んだその瞳は、片方がコバルトブルー、もう片方はダークグリーンで。

「すごい。きれい……」
 ——こんなにきれいな猫、見たことない。

 自分がいま、どこでなにをしているのかをも忘れ、美しいその猫にしばし見入ってしまった。

「シャーッ!」
「わっ?」

 突然の威嚇に驚き、その場に尻餅をついた。

 わたしを睨みつける猫は背中を丸め、臨戦態勢。飛び掛かられる。そう覚悟したとき、奥から笑いを含んだ声がした。

瑯嬌ランヂャオ

 その声にピクリと体を震わせた猫が、攻撃態勢を解除した。目は相変わらずこちらを睨んだままだが、とりあえずの危機は去ったらしい。

 ほおっと息をついたところ、さらにわたしをひと睨み。そして「ふんっ!」と、顔を背け奥へと消えた。

「かっ……かわいくない」

 見た目は美しいが性格は獰猛。飼い主のお里が知れるぞと、心のなかで悪態をつく。

「こちらへ来て座りなさい」

 猫と同じく、偉そうな声がわたしを呼んだ。

 いまさら逃げることはできない。恐る恐る奥へ進むと、パーティーションの向こうで目的の人物、月老が微笑んでいた。

「ちょうどよかった。いま、茶を淹れたところだ」

 壁を背に座る月老に促され、ふたり掛けの籐椅子に座り、向かい合った。
 なぜだろう。小さな茶杯とお茶請けのナッツやドライフルーツの小皿が三つずつ用意されている。

「瑯嬌が失礼した。ふたりとも、まずは茶でも飲んで落ち着きなさい」

 ふたりとも?

 その言葉に驚き、ハッと隣を振り返る。

 カイくんは硬直したように突っ立ったまま、その目だけが訝しげに月老を睨みつけていた。月老はやはり、カイくんが見えるのだ。

「茶が冷める」

 本格的な工夫茶ははじめてだ。茶杯を手に取った。
 美しく澄んだ薄黄色の緑茶は、鼻先に近づけただけでほわっと甘く香る。
 そっとひとくち啜れば口いっぱいに広がる深い味わい。うっとりと、まるでお酒に酔うようなふんわりとした心地よさが体に広がった。

「阿海、おまえもだ。飲みなさい」

 カイくんは促されるままに手を伸ばし、茶杯を両手に持った。不思議そうに眺め、それを一気に煽る。

「嗜みのない奴だ。そんな飲み方では、味もわからんだろう」

 うそっ? 幽霊なのに、お茶を飲んだよ?

 カイくんは、空になった茶杯を手にしたまま呆然としている。もちろんわたしも現実とはとても思えない事象を目の当たりにし、目を見開いて固まった。

「そら、二煎目だ。ゆっくり飲みなさい。飲みながら話しをするとしよう」


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