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§ 天空碧
対価の二
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「命……」
「そうだ。おまえが私に命を預けるならば、阿海を助けてやらんこともない」
「ほかに方法は?」
「ないな」
それが魂の消滅を防ぐ唯一の手立てだと、月老は言った。
命を預ける——つまり、わたしも死ぬのか。わたしが死ねばカイくんは、カイくんのままいられる。
最終宣告をした月老が、薬缶を手に取った。茶壺にお湯を注ぎ、薬缶を戻して蓋をする。月老がお茶を入れる手つきは優雅で美しい。
一連の動作を目で追うわたしは、もう、なにも考えられなかった。唯一の答えだけが頭のなかをぐるぐると回っている。
「わかりました」
カイくんが席を立った。
「阿海、いいのか?」
「リンリン、帰ろう」
手を取られ、呆然としたまま立ち上がったわたしは、カイくんに外へと連れ出された。
外へ出た途端、ギュッと握られていたはずの手の感触が消えた。カイくんはそのまま歩みを進めていく。その背を眺めつつも、わたしの足は止まったままだ。
「わたし……嫌だよ」
言葉がひとつ小さく溢れ出ると、頭を覆っていた霧が晴れるように気持ちが高ぶっていく。振り返ったカイくんと視線が交わった。
「リンリン」
「嫌だよ。カイくんが消滅しちゃうなんて、そんなの絶対に嫌だ」
「リンリン、もういい。この話は終わりだ」
「なんでもういいの? なんで終わりなの? このままじゃカイくんは!」
「落ち着けって。冷静になって考えてみろ」
こんなときに。こんなときなのに。冷静になんてなれるわけがない。
「林美鈴!」
「……!……」
カイくんが声を荒げた。
「いいから、オレの話を聞け。だいたいさ、変だと思わないか? あの人は、オレが見えるんだぞ? それだけじゃない。あの部屋で、オレは茶を飲んで、おまえに触れて。オレはもう死んで霊魂だけになってるんだぞ? そんなの、怪しすぎるだろう?」
「でも……」
「オレが死んで、そのうえおまえまで死んでどうするんだよ? それでいいのか? そんなんで本当に解決するのか?」
「そんなことわかんないよ! だけど」
「でももだけどもない。オレのためにおまえが月さんの口車に乗せられるなんて、オレはごめんだ。だから——」
「だからなに? カイくんが消滅しちゃったら、林媽媽や芙蓉姐になんて言えばいいの? これからずっとカイくんの思い出話が出るたびに、跡形もなく消滅しちゃったことを思い出すんだよ? わたしのせいで、わたしが自分の命を惜しんだばかりにカイくんが消滅しちゃったなんて、林媽媽と芙蓉姐に言えない!」
わたしだって——そんなの絶対に嫌だ。
涙を拭い、立ちはだかるカイくんの体をすり抜け、来た道を走った。
勢いよく扉を開けて飛び込んだ部屋には、先ほどと同じく涼しい顔をした月老が、お茶を啜っていた。
「リンリン! 帰ろう!」
「嫌よ! 帰らない!」
帰る帰らないの押し問答を繰り返した挙げ句、カイくんを振り切ったわたしは、月老に向かって叫んだ。
「わたしの命を預けます。だから、お願いです。助けてください! カイくんを消さないで!」
カイくんが消えてなくなってしまうくらいなら、わたしは——。
「そうだ。おまえが私に命を預けるならば、阿海を助けてやらんこともない」
「ほかに方法は?」
「ないな」
それが魂の消滅を防ぐ唯一の手立てだと、月老は言った。
命を預ける——つまり、わたしも死ぬのか。わたしが死ねばカイくんは、カイくんのままいられる。
最終宣告をした月老が、薬缶を手に取った。茶壺にお湯を注ぎ、薬缶を戻して蓋をする。月老がお茶を入れる手つきは優雅で美しい。
一連の動作を目で追うわたしは、もう、なにも考えられなかった。唯一の答えだけが頭のなかをぐるぐると回っている。
「わかりました」
カイくんが席を立った。
「阿海、いいのか?」
「リンリン、帰ろう」
手を取られ、呆然としたまま立ち上がったわたしは、カイくんに外へと連れ出された。
外へ出た途端、ギュッと握られていたはずの手の感触が消えた。カイくんはそのまま歩みを進めていく。その背を眺めつつも、わたしの足は止まったままだ。
「わたし……嫌だよ」
言葉がひとつ小さく溢れ出ると、頭を覆っていた霧が晴れるように気持ちが高ぶっていく。振り返ったカイくんと視線が交わった。
「リンリン」
「嫌だよ。カイくんが消滅しちゃうなんて、そんなの絶対に嫌だ」
「リンリン、もういい。この話は終わりだ」
「なんでもういいの? なんで終わりなの? このままじゃカイくんは!」
「落ち着けって。冷静になって考えてみろ」
こんなときに。こんなときなのに。冷静になんてなれるわけがない。
「林美鈴!」
「……!……」
カイくんが声を荒げた。
「いいから、オレの話を聞け。だいたいさ、変だと思わないか? あの人は、オレが見えるんだぞ? それだけじゃない。あの部屋で、オレは茶を飲んで、おまえに触れて。オレはもう死んで霊魂だけになってるんだぞ? そんなの、怪しすぎるだろう?」
「でも……」
「オレが死んで、そのうえおまえまで死んでどうするんだよ? それでいいのか? そんなんで本当に解決するのか?」
「そんなことわかんないよ! だけど」
「でももだけどもない。オレのためにおまえが月さんの口車に乗せられるなんて、オレはごめんだ。だから——」
「だからなに? カイくんが消滅しちゃったら、林媽媽や芙蓉姐になんて言えばいいの? これからずっとカイくんの思い出話が出るたびに、跡形もなく消滅しちゃったことを思い出すんだよ? わたしのせいで、わたしが自分の命を惜しんだばかりにカイくんが消滅しちゃったなんて、林媽媽と芙蓉姐に言えない!」
わたしだって——そんなの絶対に嫌だ。
涙を拭い、立ちはだかるカイくんの体をすり抜け、来た道を走った。
勢いよく扉を開けて飛び込んだ部屋には、先ほどと同じく涼しい顔をした月老が、お茶を啜っていた。
「リンリン! 帰ろう!」
「嫌よ! 帰らない!」
帰る帰らないの押し問答を繰り返した挙げ句、カイくんを振り切ったわたしは、月老に向かって叫んだ。
「わたしの命を預けます。だから、お願いです。助けてください! カイくんを消さないで!」
カイくんが消えてなくなってしまうくらいなら、わたしは——。
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