28 / 50
§ 魯肉飯
天敵の一
しおりを挟む
まだ夕食には早く、お客さんがまばらなはずの時間帯に、なぜか店はかなり混雑している。
客席を回り、お客さんの会話に耳を傾けてみれば、聞こえてくるのは日本語で。誰もが街の食堂ははじめてなのか、物珍しそうに店内を眺めている。
小母ちゃんたちは慣れたもので、片言の日本語で説明をしているけれど、戸惑うお客さんを相手に、どうしても時間を取られてしまう。
そんなときは、わたしの出番だ。
写真つき日本語メニューを持って行き、説明してオーダーを手伝う。注文用紙を受け取りオーダーを通す。
調理場前のカウンターで料理の乗ったトレイを受け取り客席へ運び、空いたテーブルを片づける。合間には、お弁当の注文も受けて。
「小鈴、これ、十番に運んで! それと、八番と五番のお客さんも小鈴、頼むわ。注文もらってきて」
「わかった」
「小鈴、カレーはできたの?」
「あー、カレー? まだ途中!」
「そりゃまずいね、小鈴働かせたら夕飯食いっぱぐれるよ」
「アハハ、ホントだ。そりゃ困った」
店で働いている小母ちゃんたちもみんな、気心が知れた仲。
夕飯はいつも夜の混雑時間帯が過ぎたあと、手の空いた順に賄いを食べるのだが、その賄いの作り手まで駆り出されるほど忙しいとは。なんてこった。
「小鈴、オーダー落ち着いたら適当に上がりなよ」
「うん。わかってる」
「ねえ、舒淇は? まだ帰ってこないの?」
林媽媽の名前は、陳淑琪と言う。
店で働く小母ちゃんたちのほとんどは、林媽媽が若いころからの知り合い。だから、気安く名前で呼んでいる。
「まだよ。もうそろそろ帰ってくるんじゃないかい?」
「小七! 三番の魯肉飯は?」
「あいよ。ちょっと待っていま出す!」
「林媽媽、出かけてるの?」
「そうだよ。用事があるって出てったけどどこ行ったんだろうね。それにしてもさ、なんで舒淇がいないときに限って店が混むんだろうね?」
「ワハハ。そうだねー。舒淇が帰ってきたら、きっとまた目ぇ丸くするよ」
厨房に声をかけ、すれ違いざまに私語も交わし、アハハと笑い合う。みんな慣れたものだ。
「ほら、帰ってきたよ」
「舒淇! どこまで油売りに行ってたんだい?」
「なんだよ? 凄いお客さんじゃないか」
林媽媽の声に振り向いたところで、そのうしろにいるナイスミドルの存在に目を奪われた。
「突然混み出したのさ。おや? 珍しいお客さんだね。瑯さんも一緒かい」
月老の魅惑の微笑みに頬を染める小母ちゃんたちが、相変わらずきれいだねと褒めそやす、瑯さんと呼ばれるこの女性。
長身の月老と並んでも見劣りしない背丈とスタイルに、艶々ストレートの黒髪。西洋人のような整った面立ちと大きな瞳は、女のわたしでも見惚れてしまう。こんなにきれいな人には、滅多にお目にかかれるものではない。
「空いてるテーブルは……どうしようかね? 月さん、奥でもいいかい? 小鈴、月さんと瑯さんに上がってもらっとくれ。注文はわかってるから」
「うん。月……さん、こちらです」
この女性は、月老とどういう関係なのか。ピッタリと寄り添う姿が、まるで恋人同士みたいだ。
ふたりの先頭に立ち、店の奥へと案内をする。
厨房の脇を抜け、ダイニングへ続く狭い通路に差し掛かったとき、ふと、肘になにかが当たった気がして、足を止めた。
わたしが振り返ると同時に足を止めた瑯さんが口角を上げ、不敵な笑みを向けた先には、いつになく厳しい顔をしたカイくんがいる。
「リンリン。この女だ」
「え?」
カイくんが、瑯さんを睨みつけている。
「こんなところでは話もできんだろう」
ふたりの睨み合いに割って入った月老が、ひとりさっさと通路を抜け、入り口で靴を脱いでいる。我に返ったわたしも、続いて靴を脱ぎダイニングへ上がった。
客席を回り、お客さんの会話に耳を傾けてみれば、聞こえてくるのは日本語で。誰もが街の食堂ははじめてなのか、物珍しそうに店内を眺めている。
小母ちゃんたちは慣れたもので、片言の日本語で説明をしているけれど、戸惑うお客さんを相手に、どうしても時間を取られてしまう。
そんなときは、わたしの出番だ。
写真つき日本語メニューを持って行き、説明してオーダーを手伝う。注文用紙を受け取りオーダーを通す。
調理場前のカウンターで料理の乗ったトレイを受け取り客席へ運び、空いたテーブルを片づける。合間には、お弁当の注文も受けて。
「小鈴、これ、十番に運んで! それと、八番と五番のお客さんも小鈴、頼むわ。注文もらってきて」
「わかった」
「小鈴、カレーはできたの?」
「あー、カレー? まだ途中!」
「そりゃまずいね、小鈴働かせたら夕飯食いっぱぐれるよ」
「アハハ、ホントだ。そりゃ困った」
店で働いている小母ちゃんたちもみんな、気心が知れた仲。
夕飯はいつも夜の混雑時間帯が過ぎたあと、手の空いた順に賄いを食べるのだが、その賄いの作り手まで駆り出されるほど忙しいとは。なんてこった。
「小鈴、オーダー落ち着いたら適当に上がりなよ」
「うん。わかってる」
「ねえ、舒淇は? まだ帰ってこないの?」
林媽媽の名前は、陳淑琪と言う。
店で働く小母ちゃんたちのほとんどは、林媽媽が若いころからの知り合い。だから、気安く名前で呼んでいる。
「まだよ。もうそろそろ帰ってくるんじゃないかい?」
「小七! 三番の魯肉飯は?」
「あいよ。ちょっと待っていま出す!」
「林媽媽、出かけてるの?」
「そうだよ。用事があるって出てったけどどこ行ったんだろうね。それにしてもさ、なんで舒淇がいないときに限って店が混むんだろうね?」
「ワハハ。そうだねー。舒淇が帰ってきたら、きっとまた目ぇ丸くするよ」
厨房に声をかけ、すれ違いざまに私語も交わし、アハハと笑い合う。みんな慣れたものだ。
「ほら、帰ってきたよ」
「舒淇! どこまで油売りに行ってたんだい?」
「なんだよ? 凄いお客さんじゃないか」
林媽媽の声に振り向いたところで、そのうしろにいるナイスミドルの存在に目を奪われた。
「突然混み出したのさ。おや? 珍しいお客さんだね。瑯さんも一緒かい」
月老の魅惑の微笑みに頬を染める小母ちゃんたちが、相変わらずきれいだねと褒めそやす、瑯さんと呼ばれるこの女性。
長身の月老と並んでも見劣りしない背丈とスタイルに、艶々ストレートの黒髪。西洋人のような整った面立ちと大きな瞳は、女のわたしでも見惚れてしまう。こんなにきれいな人には、滅多にお目にかかれるものではない。
「空いてるテーブルは……どうしようかね? 月さん、奥でもいいかい? 小鈴、月さんと瑯さんに上がってもらっとくれ。注文はわかってるから」
「うん。月……さん、こちらです」
この女性は、月老とどういう関係なのか。ピッタリと寄り添う姿が、まるで恋人同士みたいだ。
ふたりの先頭に立ち、店の奥へと案内をする。
厨房の脇を抜け、ダイニングへ続く狭い通路に差し掛かったとき、ふと、肘になにかが当たった気がして、足を止めた。
わたしが振り返ると同時に足を止めた瑯さんが口角を上げ、不敵な笑みを向けた先には、いつになく厳しい顔をしたカイくんがいる。
「リンリン。この女だ」
「え?」
カイくんが、瑯さんを睨みつけている。
「こんなところでは話もできんだろう」
ふたりの睨み合いに割って入った月老が、ひとりさっさと通路を抜け、入り口で靴を脱いでいる。我に返ったわたしも、続いて靴を脱ぎダイニングへ上がった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる