神様の縁結び〜台灣で挑む月下老人のおいしいミッション〜

樹沙都

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§ 魯肉飯

天敵の二

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 テーブルの上はきれいに片づけられ、皮をむいた野菜は、流し台に置かれていた。
 芙蓉姐の姿はない。どうやら二階の自室へ引き上げたようだ。

「おふたりとも座っててください。いま、お茶入れます。料理もすぐに来ますから」

 月老に淹れてもらった工夫茶とは比べものにならないお茶ではあるが、普段飲んでいるこの茶葉は店で出しているものよりも、じつは少しよいものなのだ。
 林媽媽がいつもしているように、薬缶を火にかけ、大きなティーポットに茶葉を入れる。
 チラと横目でテーブルのほうを見ると、カイくんはいまだ瑯さんを睨みつけたまま。このふたりの間に、なにがあったのか。

「阿海、おまえも座りなさい。言いたいことがあれば言えばいい」
「えっ? でも——」

 驚いて口を挟んだ。

「大丈夫。どうせほかの人間には阿海の姿も見えなければ、声も聞こえん」
「それはそうですけど、でも」
 ——いない人と話をしているなんて。傍から不自然に見えるんじゃないの?

「問題ない。結界を張ったから、こちらの様子は人には見えん」
「へ? 結界?」

 キョロキョロと見回しても、部屋のなかは普段と変わりがない。

「この女はいったいなんなんですか?」

 瑯さんを睨みつけ、お構いなしに話し始めるカイくんの訝しげな声音に、なぜか瑯さんの笑顔が消えた。

「なんの話だ?」
「とぼけないでください。月さんだって絶対知ってるはずだ。オレ、この人からあのペンダント買ったんですよ」
「ああ、それはだな……」
「ほら! やっぱり知ってるんでしょ? あのペンダントはなんなんですか? どうしてオレに売りつけたんです? あんたたち、やっぱりぐるなんだろう?」

「ちょっとカイくん! いったいなんの話?」

 カイくんが脈絡もなく、突然怒りだした。意味がさっぱりわからない。

「なにって、こいつなんだよ。こいつがおまえにやったそのペンダントをオレに売りつけたんだ。そのペンダントさえなければ……。オレが死んだのだってもしかしたら」

 いや、まさか、そんなことって。

 まくし立てるカイくんの言葉の意味を朧げに理解すると同時に、背筋が冷たくなった。

「ちょっとあんた! 頭おかしいんじゃないの? 天空碧とあんたの生き死には関係ないでしょ!」
「なんだと? だったらどうしてオレは死ななきゃならなかったんだよ?」
「そんなのあたしが知るわけないじゃない! 変な言いがかりつけないで! いい迷惑だわ!」
「だったらなんで? なんでこんなことになってんだ? 全部あんたたちが仕組んだことなんじゃないのか?」
「聞き捨てならないわね」

 真っ白い顔をした幽霊と、怒りで真っ赤になった瑯さんが、真っ向勝負で啀み合う。

「ふたりとも止めないか。小鈴、湯が沸いているぞ」
「あ、うん」

 こちらがドギマギするほど熱いバトルを戦わせるふたりとは対照的に、月老はひとり冷淡に見えるほどの冷静さ。

 睨み合うふたりに背を向けて、深呼吸をひとつ。薬缶を持ちティーポットにお湯を注ぐ。
 大丈夫。落ち着こう。これ以上怪しげなことなんて、起きやしないんだから。

「月さんは、いつもの。瑯さんは、これでよかったんだよね?」

 林媽媽が満面の笑みで、運んできた料理をテーブルに並べていく。

「小鈴。店のほうはもう落ち着いてきたから、あんたはカレーを頼むよ」
「うん。わかった」

 ピリピリした空気に気づきもしない林媽媽の様子に、結界って凄いものなんだな、と、妙に冷静になってしまう自分がおかしい。

「冷めないうちにいただくとしようか」
「話は?」
「あとだ」

 月老は苦虫を噛み潰したような顔をしているカイくんを完全放置し魯肉飯を愛しげに見つめている。
 そして、徐に口に含んだ途端、にまーっと笑みを浮かべたその顔には、明らかに幸福の二文字が浮かび上がった。この人、どれだけ魯肉飯が好きなんだ。

 お茶を出し、いまのうちにカレーの準備をと、流し台に向かう。やればできる。気合いを入れて、中華包丁を握り締めた。


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