神様の縁結び〜台灣で挑む月下老人のおいしいミッション〜

樹沙都

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§ 魯肉飯

天敵の三

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「それで? おまえの魯肉飯はいつ完成するんだ?」
「それは……いま、研究中で……」

 何事もなかったような涼しい顔で、食後のお茶を啜る月老がわたしに問う。

「そうか。おまえのその研究の成果とやらを早く試したいものだな」
「はぁ……」

 そうだよ。カレーなんて作っている場合ではないんだ本当は。

 月老と約束してから、もう十日。魯肉飯も嫁の件も、まったく進展していないのだ。

「月さん、さっきの話の続き、してもいいですか?」
「ああ。瑯嬌と天空碧の話だったな」
「そうです」
「わかった。それは、私から話そう。まず、瑯嬌についてだが、これは、私が山で拾ってきた私の——」
「助手よ!」
「ペットだ」
「ペット?」
「助手?」
「どっち?」

 言葉を被せられた瑯さんは、鋭い目で月老を睨んだあと、ふんっと顔を背けた。反論まではできないらしい。それにしても、ペットっていったい。

「これは、人ではないからな」

 月老が静かに頷くと、わたしたちを見据える瑯さんの漆黒の瞳がその色を変えた。片方はコバルトブルー、もう片方はダークグリーン。この瞳は。

「ああっ? うそ? まさか?」
 ——あのきれいな縞々の猫と同じ?

「そう。瑯嬌は猫だ。この間、会っただろう」

 猫だと言われても——どこからどう見ても人間なんですが?

「猫には……」
「猫なのだ。ただ、この瑯嬌は、普通の猫ではなく、猫の妖怪なのだよ」
「猫の……」
「妖怪?」

 このきれいな女性が、猫。しかも妖怪だなんて。ありえない信じられないと言いたいが、わたしの隣に座っているカイくんは、れっきとした幽霊で。だから、目の前にひとりくらい妖怪がいたって、まったく不思議でもないけれど。そんなことって。

「阿海が宝石店で買い求めた天空碧は、これを拾ってきたときに、隠し持っていたものだろう」

 猫の妖怪に、曰くつきの宝石。次は、なにが飛び出すのか。

 月老が、瑯さんに厳しい目を向ける。

「な、なんなのよ? あたしのモノをあたしがどうしようと、あたしの勝手でしょ?」

 瑯さんが「ふんっ」と、月老からまた顔を背けた。
 これはやはり納得の既視感。あの見た目だけ美人の猫の動作そのものだ。

「瑯さんは、どうして天空碧を売ったんですか?」

 曰くつきの、効力の強い宝石を手放すなんて、よほどのことがあったに違いない。

「どうしてってそれは……」
「おまえがしたことだ。きちんと答えてあげなさい」
「そうだよ。ちゃんと聞かせてくれ」

 カイくんが身を乗り出す。その目は真剣そのものだ。

「だって……しょうがなかったのよ! ほしかったブランドバッグの新作がセールになってたのに、お金なかったんだもん!」
「おっ、おまえ! そんなくだらない理由でっ」
「はぁあ? くだらなくなんてないわよ失礼な! あたしにはすっごく重要なことだったの! だいたいね、あんた、ナニサマ? えっらそうに! そもそも天空碧はね、浄化のお守りなの。恋人へのプレゼントには最高の石なの。大好きな彼女に告白するから譲ってくれって必死なあんたに絆されて仕方なく一番いいのを安値で譲ってやったのに。頭にくるわ! この恩知らず!」
「なんだって?」
「瑯嬌! 止めなさい。阿海、おまえもだ」

 月老に止められても、ふたりはまだ一触即発の雰囲気。ここまで怒るカイくんを見たのははじめてだ。

「あ、あのっ」

 これ以上は、黙って見ていられない。

「なんだ?」
「あの……瑯さんが妖怪なのも、天空碧を手放した理由もわかりました。それに、おふたりが故意にわたしとカイくんを陥れようとか、そんなことを考えているわけではなさそうなのも……たぶん」
「たぶん?」
「いえ、あの。ですから……それで、わたしも月老にひとつ伺いたいことがありまして」
「師父だ」
「師父(仮)ですよね?」
「……かわいげがない」
「スミマセン? えっと、それでですね、単刀直入に伺いますが、師父(仮)さんは、いったい何者なんですか?」

 幽霊、妖怪ときたら、もう次になにが来ようと恐るるに足らず。だ。

「わたしか。わたしは、月老。月下老人とも呼ばれている」
「月下老人って……」
「まさか神様の?」
「うっそぉ、そんな。まさか?」
「信じないのか?」
「えーだって! 月下老人ってあの廟にいる髭のお爺さんですよ? 師父(仮)さんとは似ても似つかないじゃないですか」
「見た目なんぞどうにでもなる。だいたいだな、この二十一世紀にあんな老人がいてみろ? 世間が驚く」
「それは、そうでしょうけど」
 ——いや、やっぱり、ない! いくらなんでも、それはないでしょう?

「阿海。おまえも信じられないのか?」
「……オレは」
「うむ。ならば、信じさせてやろう。あれは、おまえが死んだ日だったな。霞海城隍廟で、私になにを祈ったんだったか——ああ、そうだった。語学学校の事務室で小鈴とはじめて会ったときに一目惚れをして? それからなんだったか……そうそう。振られるのを恐れて曉慧を隠れ蓑に——」
「わっ、わっかりましたもういいです勘弁してください。疑いません信じます信じましたからもうそれ以上言わないで」

 秘密の行いを暴露され、カイくんはあっさりと白旗を揚げてしまった。しかし。

 一目惚れですって?

 慌てふためくカイくんの顔は白いままなのに、わたしの顔が熱くなるのはどうしてか。理不尽だ。

 為て遣ったりといった風情で、口角に笑みを乗せる月老が、憎たらしい。瑯さんは、下を向いて肩を振るわせているし。こんなの恥ずかしすぎる。

「信じてもらえたようでよかった」と、満足そうに頷く、この月老。
 普通の人ではないだろうとは思っていたけれど、想像を遙かに超えた。最後の最大の大物はなんと、自称神様だったとは。

「では、あらためて紹介しよう。これは、瑯嬌。私の助手のような仕事をしているペットの猫だ。瑯嬌!」
「そういうことなの。よろしくね。ふたりとも」

 瑯さんのコバルトブルーとダークグリーンの瞳が、怪しく光った。


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