神様の縁結び〜台灣で挑む月下老人のおいしいミッション〜

樹沙都

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§ 魯肉飯

並の一

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 二度目の訪問となる月老婚姻紹介所。自称助手の瑯さんが、不機嫌そうに扉を開けてくれた。今日は猫型ではなく、人型だ。

「おそーい! なにやってたのよ」

 玄関先で一頻り罵声を浴びたあとで奥へと足を進めれば、パーティーションの向こうには前回同様、工夫茶を嗜む月老の姿。

「座れば?」

 投げ遣りな瑯さんの声に促され、月老の正面に腰を下ろした。

 わたしの膝の上には、ピンク色の保温弁当箱二段重。中身はもちろん魯肉飯だ。
 スーパーマーケットで調子に乗って使い道も考えず購入してしまったこれが、こんなところで役に立つとは。衝動買い万歳。

「どうした? なにを迷っている?」

 月老が、視線だけで弁当箱を開けろとわたしを促す。

 膝の上からテーブルへとそれを移し、蓋を開け、湯気の立つ魯肉と白いご飯を月老の前に並べ、居住まいを正した。

 完璧と自信を持って言えるほどのものではないがこれは、前回初挑戦の得体の知れない魯肉飯モドキとは雲泥の差であるはず。

 月老の好み次第で、このミッションをクリアできるかも知れないと思うと、ドキドキする。

 弁当箱付属のスプーンを取り出した月老が、白いご飯の上に魯肉を乗せた。少しだけご飯と混ぜ合わせひとくち頬張る。今回は、眉間に皺が寄らない。

 やった、成功だ、と、内心ほくそ笑んでいると、月老がスプーンをテーブルに置いた。

「あの……どうですか?」
「どうせおまえたちも曉慧の件で訪ねてきたのだろう」

 無視された。

「オレたち、も? ってことは、ほかに誰か?」
「ああ。舒淇だ」
「媽が?」
「林媽媽がですか?」

 わたしたちが来るまでもなく、お店の小母ちゃんたちが言っていた林媽媽の用事は、これだった。さすが林媽媽。行動が早い。

「曉慧の件はすでに手を打ったから心配無用だ」

 月老の行動も迅速——なにをしたのだろう。気になる。

 再びスプーンを手に、魯肉飯を口へと運ぶ月老。表情を変えず無言のまま食べ続けるその動作は非常に優雅だ。
 食事風景にまで見惚れてしまうほど格好いい月下老人っていったい。

 ボーッと目で追っていると「どうぞ」と、耳障りのいい声とともに、グラスが置かれた。顔を上げれば、瑯さんがニッコリとアヤシイ笑みを湛えている。

「ありがとうございます……?」

 もう一度グラスに目を落とす。

 どろっとした緑色の絵の具のようなこの液体はまさかの——青汁?

「このスムージー、美肌に効果絶大なのよ。小鈴、ちゃんとお肌ケアしてないでしょう? だめよー、若いからって手を抜いてちゃ」
「はぁ……」
「なによその顔? 疑ってるの? さあ、飲んでみて! もちろん味も保証つきよ」

 スプーンを止めてこちらを向いた月老の怯えた瞳が雄弁に語る意味を瞬時に飲み込み、わずかに頷いた。

「霊魂くんにもあげるわ。おいしいわよ。たくさんあるからおかわりしてね」

 燥ぐ瑯さんを恐い目のカイくんが睨む。絶対になにか企んでいると思っている顔だ。

 カイくんはグラスを持ち上げてはみたものの、緑色の液体を前に頬を引き攣らせ、訝しげに匂いを嗅いだり、口を近づけては離したり。

 躊躇うカイくんにしびれを切らした瑯さんの罵声が飛んだ。

「なによあんた! あたしのスムージーが飲めないって言うの?」

 まるで酔っ払いがお酒を強要しているみたいだ。

 こちらへお鉢が回ってきては堪らない。カイくんごめんねと心で謝りつつ、わたしは気配を消した。

「う、うるせーな。飲めばいいんだろ飲めば」

 こっそりとカイくんの挙動を見守る。グラスをぐっと握り締めたカイくんは、自棄酒のようにそれを一気に煽った。

 次の瞬間それは、ぶはっ、と、噴出され、周囲が緑色に染まった。

 カイくんの衣服や、テーブルに撒き散らされた、グロテスクな絵の具の緑。部屋中に漂う、青臭い野菜のような、熟れすぎたフルーツのような、漢方薬のような——さまざまなものが複雑に混ざり合った言葉では形容しがたい——異臭。

「ばかねあんた、なにやってんのよ!」
「なんだこれは? 毒か? てめぇオレを殺す気だな?」
「はぁ? 失礼な霊魂ね! あんたを殺すですって? ふざけんじゃないわよとっくに死んでるくせに」
「ああっ? ふざけてんのはてめぇだろ? こんなもん飲まされたら、死んでたってまた死ぬわ」
「なんですって?」

 ついに怒号の罵り合いがはじまった。このふたりは——。

「散歩にでも行くか」

 鼻を押さえ眉を顰めたわたしに、いつのまにやら魯肉飯を完食していた涼しい顔の月老が言い、立ち上がった。

「えっ? でも……」

 怒鳴り合いに夢中のふたりをチラと見て、月老が言葉を重ねる。

「放っておけばいい」

 警戒心の強いあれが、他人に気を許し戯れつくのは珍しい。よほど阿海と馬が合うようだ。そう満足げに笑う月老に首を傾げた。

 この罵り合いが? これが、そうなの?

 少なくともカイくんは、楽しそうに見えない。とはいえ、我が身かわいさでカイくんを生け贄にしたわたしに、出せる口はない。


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