41 / 50
§ 魯肉飯
真心話の三
しおりを挟む
「林媽媽。芙蓉姐。わたしは自分の気持ちが、わかってなかった。カイくんと結婚式を挙げたのは、林媽媽に頼まれたからでもカイくんの気持ちに応えたかったからでもなかったの。わたし、カイくんが好き。だから、お嫁に来たかったの。カイくんと結婚して、林媽媽や芙蓉姐に家族として受け入れられたかっただけだったの」
最後の声は、嗚咽混じりになってしまった。自然と涙が溢れ、止まらない。
「小鈴の気持ちはうれしいよ……でも」
「そうだよ。小鈴。それはダメだ」
「わたしじゃダメなの? どうして? 両親もいなくて、実家もあるとは言えないわたしじゃ、林家のお嫁さんに相応しくないから?」
篠塚さんと別れようとした曉慧の気持ちも、今ならわかる気がする。
育った環境や生活に違いのある結婚には、立ちはだかる障害が多い。だから、似たような環境の者同士が結ばれるのがよい。これは、小母さんたちの噂話からもよく耳にする話だ。
だからって、早くに亡くなった両親を恨みはしないし、わたしを引き取って育ててくれた叔母には感謝もしている。
けれども、叔母や叔父、従兄弟たちがわたしを気遣ってくれても、ふとした弾みに笑い合っている彼らを見てしまうと、やはりわたしは他人なのだと思い知らされる。
ひとりぼっちだからこそよけいに、誰とでも仲よく、明るく、前向きにと頑張った。けれども、ふと気づけば、いつでもどこかで線を引いて遠慮してしまっていたのだ。
「そんなことを言ってるんじゃないよ。小鈴、あんたはいい子だ。素直で、あたしたちをとっても大事にしてくてる。あたしだってあんたが嫁に来てくれたらとずっと思ってたさ。でもダメなんだよ。だって——阿海はもう、いないんだからね」
林媽媽が、苦しそうに眉間に皺を寄せ目を閉じた。
「カイくんは——カイくんは——いる! ちゃんといるの!」
「小鈴?」
「ほら、いまだってここに……わたしのすぐ横にいるの! ねえ、カイくん。林媽媽と芙蓉姐がわかるようになにかして? 大きな音を立てるとか、なにかを倒すとか、できることたくさんあるでしょう? カイくんはここにいるんだよって、証明してよ!」
水を打ったような静けさのなか、わたしとカイくんが睨むように見つめ合う。
交わるカイくんの視線は、哀しそうに、それでもなにかを言いたそうな色を湛えている。
だがそれもつかの間。視線を逸らしたカイくんは、拳を握り締め、わたしから顔を背けた。
カイくんは、わたしの想いに、応えてくれなかった。
カイくんもわたしと同じ気持ちなのだと信じていたのに、それはわたしの独り善がりだったのか。
「小鈴。この話はもう終わりにしよう? 小鈴の気持ちは、わかったから。だからね?」
「芙蓉姐、違うの。カイくんは本当にいるの。カイくんは霊魂になっちゃったけど、毎日どこでなにをするのも一緒で、たくさんお喋りもして——信じられないだろうけど、本当のことなの! 嘘なんかじゃないの!」
テーブルの上で色が変わるほどきつく握り締めていたわたしの手に、林媽媽が手を触れた。カサカサして少し堅い、温かいその手が、わたしの手を解すように撫でている。
「小鈴。いいかい? よくお聞き? あたしはね、あんたを娘だと思ってる。これは、嘘じゃないよ。あんただって本当はわかってるだろう? 阿海の霊魂がいるかいないかなんて、どうでもいいんだ。あの子はもう死んで、この世にはいないんだからね。でも、あんたは生きてる。若くて、健康で、未来があるんだよ。これから先いくらだっていい相手に巡り会えるさ。結婚して、たくさん子供を産んで、新しい家族と幸せになるんだ。だから、あんたを嫁にはできない。あたしはね、小鈴。あんたにちゃんと幸せになってほしいんだ。小蓉だって同じさ。これが、あたしたちの望みなんだよ」
最後の声は、嗚咽混じりになってしまった。自然と涙が溢れ、止まらない。
「小鈴の気持ちはうれしいよ……でも」
「そうだよ。小鈴。それはダメだ」
「わたしじゃダメなの? どうして? 両親もいなくて、実家もあるとは言えないわたしじゃ、林家のお嫁さんに相応しくないから?」
篠塚さんと別れようとした曉慧の気持ちも、今ならわかる気がする。
育った環境や生活に違いのある結婚には、立ちはだかる障害が多い。だから、似たような環境の者同士が結ばれるのがよい。これは、小母さんたちの噂話からもよく耳にする話だ。
だからって、早くに亡くなった両親を恨みはしないし、わたしを引き取って育ててくれた叔母には感謝もしている。
けれども、叔母や叔父、従兄弟たちがわたしを気遣ってくれても、ふとした弾みに笑い合っている彼らを見てしまうと、やはりわたしは他人なのだと思い知らされる。
ひとりぼっちだからこそよけいに、誰とでも仲よく、明るく、前向きにと頑張った。けれども、ふと気づけば、いつでもどこかで線を引いて遠慮してしまっていたのだ。
「そんなことを言ってるんじゃないよ。小鈴、あんたはいい子だ。素直で、あたしたちをとっても大事にしてくてる。あたしだってあんたが嫁に来てくれたらとずっと思ってたさ。でもダメなんだよ。だって——阿海はもう、いないんだからね」
林媽媽が、苦しそうに眉間に皺を寄せ目を閉じた。
「カイくんは——カイくんは——いる! ちゃんといるの!」
「小鈴?」
「ほら、いまだってここに……わたしのすぐ横にいるの! ねえ、カイくん。林媽媽と芙蓉姐がわかるようになにかして? 大きな音を立てるとか、なにかを倒すとか、できることたくさんあるでしょう? カイくんはここにいるんだよって、証明してよ!」
水を打ったような静けさのなか、わたしとカイくんが睨むように見つめ合う。
交わるカイくんの視線は、哀しそうに、それでもなにかを言いたそうな色を湛えている。
だがそれもつかの間。視線を逸らしたカイくんは、拳を握り締め、わたしから顔を背けた。
カイくんは、わたしの想いに、応えてくれなかった。
カイくんもわたしと同じ気持ちなのだと信じていたのに、それはわたしの独り善がりだったのか。
「小鈴。この話はもう終わりにしよう? 小鈴の気持ちは、わかったから。だからね?」
「芙蓉姐、違うの。カイくんは本当にいるの。カイくんは霊魂になっちゃったけど、毎日どこでなにをするのも一緒で、たくさんお喋りもして——信じられないだろうけど、本当のことなの! 嘘なんかじゃないの!」
テーブルの上で色が変わるほどきつく握り締めていたわたしの手に、林媽媽が手を触れた。カサカサして少し堅い、温かいその手が、わたしの手を解すように撫でている。
「小鈴。いいかい? よくお聞き? あたしはね、あんたを娘だと思ってる。これは、嘘じゃないよ。あんただって本当はわかってるだろう? 阿海の霊魂がいるかいないかなんて、どうでもいいんだ。あの子はもう死んで、この世にはいないんだからね。でも、あんたは生きてる。若くて、健康で、未来があるんだよ。これから先いくらだっていい相手に巡り会えるさ。結婚して、たくさん子供を産んで、新しい家族と幸せになるんだ。だから、あんたを嫁にはできない。あたしはね、小鈴。あんたにちゃんと幸せになってほしいんだ。小蓉だって同じさ。これが、あたしたちの望みなんだよ」
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる