神様の縁結び〜台灣で挑む月下老人のおいしいミッション〜

樹沙都

文字の大きさ
42 / 50
§ 一家人

和解の一

しおりを挟む
 留学生活最後のクラスがはじまった。勉強は予想どおり難しくなっている。毎日大量の宿題を熟し、予習復習に追われる。検定試験の準備もはじめた。

 本来の目的であった語学留学は、中国語能力の進歩もそれなりに実感でき、学習面に於いては、充実した日々を過ごせている。

 アマンダとはまた、同じクラスを取っている。彼女のほうは相変わらず漢字の書き取りに苦しめられているが、ふたりで足りないところを補い合い勉強するのは、楽しい。

 曉慧は、夜の付き合いが悪くなった。

 彼氏ができれば女友だちなんてこんな扱いだよね、と、アマンダは文句を言っているが、幸せそうなふたりを見ているだけで、わたしは満足だ。

 ただし、突然呼び出され、喧嘩の愚痴を聞かされるのには閉口する。

 吐き出したい気持ちはわからないではないが、所詮は惚気話。聞かされるわたしたちは、たまったものではない。

 学校が終わった昼からは、林家魯肉飯へ通い、店の手伝いだ。
 林媽媽も芙蓉姐も相変わらず。あんなことを言ってしまったわたしに、いままでどおり接してくれる。

 芙蓉姐は、いよいよ臨月だそう。時折赤ちゃんに蹴られ、イタタタとお腹を押さえて苦笑いしている。

 わたしもお腹に触らせてもらった。赤ちゃんがグリグリ動く感触に、生命の神秘を感じる。

 魯肉飯研究も、もちろん続けている。

 調味料や香辛料、水の分量を加減したり、肉を一度茹でこぼしてザルに上げて洗い、余分な油を抜いてみたり。外鍋へ入れる水の量を減らして煮込み時間も調整し、こまめに味を確認しつつ仕上げている。

 工夫を重ね、『並』評価より少しはマシなできになっているとは思うのだが、いまだ並以上の評価をもらっていない。これ以上なにをどうすればいいのだろう。

 月老はどうやって知るのか、魯肉飯ができあがった頃合いに現れ、毎度しっかりと完食する。そして、どこからともなく現れるくせに、帰りはドアから出て行くのだ。

 神様っていったいなにを考えているのか。本当につかみどころがない人だ。あ、人じゃかなった神様だった。

 月老とふたりで食べてもまだ余る魯肉は、ぴっちりと袋に入れて冷凍庫へ。これも大分ストックが増えてきて、そろそろ冷凍庫から溢れそうだ。

 カイくんは、あれ以来、わたしの前から姿を消したまま。しかし、姿が見えないだけで、常にそばにいるのは気配でわかっている。カイくんは気づいていないかも知れないけれど。

 時折声をかけてみるが、返事もしてくれない。のべつ幕なし言いたい放題されていた日々を思い出しては、静けさにため息が出る。

 特に独りの夜は、いろいろなことを思い出し、気持ちが沈む。

 カイくんは、わたしを避けているのだろう。でもなぜ?

 林媽媽たちと話をしたあのときに、なにもしてくれなかったのを悔いているから顔を出しづらい?

 それとも、もうわたしと一緒にいたくないと思っている?

 このまま姿も見せず、ひと言の断りもなく、消えてしまうつもりなの?

 林媽媽は、わたしに幸せになってほしいのだと言った。
 残りの留学生活を熟し、日本へ帰り、叔母の家で元の暮らしに戻る。適当な就職先を探し、仕事をして、そのうち誰かと恋愛して結婚して子供ができて——。

 いつか、カイくんへの気持ちも、ここでの生活も出会った人々も、すべて過去になって、あんなこともあったなと思い出しては、懐かしむ日が来るのだろうか。

 それが、わたしの望む幸せなのだろうか。

 満月まで、あと三日。

 月老のミッションは、クリアできていない。

 このまま時間が過ぎれば、月老との約束もなかったことなり、カイくんの魂は完全に消滅し、この世から消えてしまう。

 月老が納得する魯肉飯も作れなかった。林家の嫁にもなれなかった。

 わたしは自分の真の望みに気づいてしまったのに、それをつかみ取ることができなかった。だから、残りの生涯は、挫折感と後悔に苛まれて過ごすんだ。

「……ぜんぜん幸せなんかじゃないよ」

 ベッドに転がって、ところどころにシミのある古ぼけた天井を見上げた。

「きっと、はじめから全部、間違ってたんだよね」

 カイくんははじめ、月老に相談するのを反対していた。月老に命を預けろと言われたときだって、わたしを止めた。

 それを強引に推し進めたのはわたし。月老のミッションも『こんなの簡単』と、後先考えずに安請け合いしたのもわたし。

「結局、わたしの独り相撲だったんだね」

 冥婚の儀式だって、林媽媽に頼まれただけで、カイくんが望んだわけじゃないし。

 カイくんはいつもわたしの傍らにいて、話を聞き、愚痴を受け止め、慰め、助言してくれた。

 けれども、わたしがしたことは、その優しさに胡座をかいて、カイくんの気持ちを知ろうともせず、カイくんを振り回しただけだった。
 自分だけが、いい気になって突っ走っていただけだったんだ。

 魂が完全に消滅するなんて、そんなのカイくんがかわいそうだ、と思ったのも嘘なら、消滅してしまったら林媽媽や芙蓉姐が悲しむから止めなければ、と思ったのも嘘。

 カイくんの口から一度だって『消滅したくない』なんて聞いていなかった。カイくんに消滅してほしくなかったのは、わたし。

 なにもかもすべて、わたしのわがままだっただけなんだ。

「ごめんなさい……」

 目頭が熱くなり、唇が震えて止まらない。涙があとからあとから溢れてくる。

「カイくん、ごめんなさい。わたしが間違ってた……ごめんなさい」

 いまさら謝ったところで、カイくんは姿すら見せてくれない。わたしの声が聞こえているはずなのに、なにも言ってくれない。わたしはもう愛想を尽かされてしまったのだ。

「わたし、カイくんが好き。だから、カイくんと……ずっと一緒にいたかったの。幽霊でもなんでも。ずっと一緒にいたかったの」

 どんなに泣いても、現実は変わらない。過ぎた時間は取り戻せないのだ。

 頭を抱えて蹲り、枕に顔を押しつけて子供のように泣きじゃくった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

処理中です...