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§ 揺蕩
二
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ここのところ敦史は残業と出張続きで、ゆっくりと話をする暇はなし。
メッセージくらいは交わしているけれど、それも『おはよう』『お疲れ』『お休み』等々、挨拶程度。突如持ち上がった噂話の真偽を確かめるどころではないのだ。
尤も。亜弥がしなければならないのは、受け入れたばかりの交際を反故にする話なのだが。
本当のところは多忙を口実に逃げているだけじゃないのか、と、意気地のない自分を心の中にいるもうひとりの自分が嘲笑する。
敦史の見合や婚約話は敦史自身の問題であり、亜弥の与り知らぬこと。亜弥が直接関与できる問題ではない。
たとえば敦史の結婚問題に翻弄されて傷付き涙を流すとしても——と、そこまで考えたところで、亜弥は己の本音に辿り着いた。
それは違う。敦史との関係がどうなろうとも、自分は傷付きも泣きもしないだろう。と。
「ねえ、亜弥はどうするの?」
「どうする……って言われても……わたしがどうにかできることじゃないし」
「噂は会社中に広まっちゃってるし、亜弥だって変な目で見られたり色々言われたりしてるでしょ? まったく次から次へと頭の痛いことばっかり……」
周囲の穏やかではない視線には慣れたもので、いまさら気に病みはしないけれど。
今回ばかりは桃子も上司から直接話を聞かされている。友人だと知っている同僚たちから桃子まで色々言われているのだと亜弥は気づいた。
「ごめんなさい。桃ちゃんにまで迷惑かけてる……」
「ちょっ、なに言ってるのよ! べつに……迷惑じゃないし。いまは私の心配なんかしてる場合じゃないでしょ?」
ふと、頭の片隅に敦史の詞が過る。
『僕の背景を考えたら、障害もあるだろうし、すんなりいくとは思っていない。きっと亜弥ちゃんにも苦労をかけると思う。辛い思いもさせてしまうかも知れない』
あれはこのことを指していたのかも知れない。
そもそも立場のある結婚適齢期の敦史に、この手の話が持ち込まれない方がおかしなことなのだ。
合弁会社設立の話も一年以上も前から具体的な準備が始まっていると聞いている。あちらのご令嬢とのことだって今に始まった話ではないだろう。
恋愛も結婚も個人の事情、では済まないのだ。亜弥は敦史との立場の違いを思い知らされた気がした。
桃子から敦史と早急に連絡を取り事実関係を確認しろと厳命されども、いまさらそれを知ったところでいまの状況に変わりはない。
それよりも、もうひとつの重大事項を桃子に伝えられずにいることのほうに、じつのところ亜弥は頭を悩ませている。
克巳の存在を桃子に告げなければならない。
克巳とのことを桃子に告げたら、どんな反応が返って来るやら。
叱られるだけで済めばいいけれど……。
敦史との交際を後押しし、交際開始後はまるで自分のことのように喜んでくれた桃子。亜弥のしたことは、そんな彼女への裏切り行為とも言える。
桃子は、欧州帰りの経営企画室室長の正体が克巳だと気づいてはいないようだし、いまのところ直接の接点もなさそうだ。
暫くの間このままにして、時を見て打ち明けたら——すぐに知らせず隠していた言い訳をなんとしよう。
先延ばしにする誘惑に囚われてしまいそうだけれど、やはり打ち勝つのは罪悪感のほうで。
「なによ? 人の顔じろじろ見て。言いたいことがあったらはっきり言いなさいよね?」
「……ん。ごめん」
だめ。やっぱり言い辛い。
メッセージくらいは交わしているけれど、それも『おはよう』『お疲れ』『お休み』等々、挨拶程度。突如持ち上がった噂話の真偽を確かめるどころではないのだ。
尤も。亜弥がしなければならないのは、受け入れたばかりの交際を反故にする話なのだが。
本当のところは多忙を口実に逃げているだけじゃないのか、と、意気地のない自分を心の中にいるもうひとりの自分が嘲笑する。
敦史の見合や婚約話は敦史自身の問題であり、亜弥の与り知らぬこと。亜弥が直接関与できる問題ではない。
たとえば敦史の結婚問題に翻弄されて傷付き涙を流すとしても——と、そこまで考えたところで、亜弥は己の本音に辿り着いた。
それは違う。敦史との関係がどうなろうとも、自分は傷付きも泣きもしないだろう。と。
「ねえ、亜弥はどうするの?」
「どうする……って言われても……わたしがどうにかできることじゃないし」
「噂は会社中に広まっちゃってるし、亜弥だって変な目で見られたり色々言われたりしてるでしょ? まったく次から次へと頭の痛いことばっかり……」
周囲の穏やかではない視線には慣れたもので、いまさら気に病みはしないけれど。
今回ばかりは桃子も上司から直接話を聞かされている。友人だと知っている同僚たちから桃子まで色々言われているのだと亜弥は気づいた。
「ごめんなさい。桃ちゃんにまで迷惑かけてる……」
「ちょっ、なに言ってるのよ! べつに……迷惑じゃないし。いまは私の心配なんかしてる場合じゃないでしょ?」
ふと、頭の片隅に敦史の詞が過る。
『僕の背景を考えたら、障害もあるだろうし、すんなりいくとは思っていない。きっと亜弥ちゃんにも苦労をかけると思う。辛い思いもさせてしまうかも知れない』
あれはこのことを指していたのかも知れない。
そもそも立場のある結婚適齢期の敦史に、この手の話が持ち込まれない方がおかしなことなのだ。
合弁会社設立の話も一年以上も前から具体的な準備が始まっていると聞いている。あちらのご令嬢とのことだって今に始まった話ではないだろう。
恋愛も結婚も個人の事情、では済まないのだ。亜弥は敦史との立場の違いを思い知らされた気がした。
桃子から敦史と早急に連絡を取り事実関係を確認しろと厳命されども、いまさらそれを知ったところでいまの状況に変わりはない。
それよりも、もうひとつの重大事項を桃子に伝えられずにいることのほうに、じつのところ亜弥は頭を悩ませている。
克巳の存在を桃子に告げなければならない。
克巳とのことを桃子に告げたら、どんな反応が返って来るやら。
叱られるだけで済めばいいけれど……。
敦史との交際を後押しし、交際開始後はまるで自分のことのように喜んでくれた桃子。亜弥のしたことは、そんな彼女への裏切り行為とも言える。
桃子は、欧州帰りの経営企画室室長の正体が克巳だと気づいてはいないようだし、いまのところ直接の接点もなさそうだ。
暫くの間このままにして、時を見て打ち明けたら——すぐに知らせず隠していた言い訳をなんとしよう。
先延ばしにする誘惑に囚われてしまいそうだけれど、やはり打ち勝つのは罪悪感のほうで。
「なによ? 人の顔じろじろ見て。言いたいことがあったらはっきり言いなさいよね?」
「……ん。ごめん」
だめ。やっぱり言い辛い。
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