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崩潰

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「美味しいでしょう?お姉ちゃんの名前と同じで湖が付く名前のお菓子なのよ」

笹に包まれたプルンとしたわらび餅状のお菓子は上品な甘さでとても美味しかった。母曰くワラビ澱粉ではなく蓮根の澱粉らしい。

「お母さん京都旅行は楽しかったんだね」

お茶を淹れながら庭へ続く掃き出し窓を開けその近くに座りお茶を頂く。
庭の金木犀が咲き始めた。
甘く──澄んだ空いっぱいに香る橙色の小花だ。

「ええ。これもお姉ちゃんと海都のお陰よ。ありがとう」

「そんな事ないわ」

「本当によ。就職してこの家を出て行っても良かったのにずっと側にいてくれた。海都もお姉ちゃんも生活費を入れてくれるから前よりずっと豊かな生活も送れてる。仕事も減らしていいって楽をさせてくれた。全部──子供たちのお陰なの。寂しい時期もあったでしょうに今まで助けてくれてありがとう」

「好きだからここにいるんだよ」

「──嫁いでも偶には帰ってきてね。海都は仕事でいないけど…こうしてまたお姉ちゃんと海都と3人でお茶を飲みながら晃さんの植えた金木犀の香りを愉しみたいわ」

ただ微笑むだけで精一杯だった。
母は私が結婚して出て行く前提で話す。
母は覚悟ができているのに私だけそれが出来ない。

「……本当にいい香りね」



──あの日の翌朝、目覚めれば裸のまま海都の腕に抱かれていた。
その腕を解こうともがけば腕の締め付けが強くなり動けない。

「……離して」

「もう少し腕の中にいて──姉さん」

その色っぽい声と絡められた腕に胸が高鳴るのが分かる。
前回は海都に抱かれた記憶は曖昧で実感はなかった。
けれど今回は──言い訳が出来ない。
海都の身体の温度を肌の感触が現実だと訴えてくる。
ハル──ハルごめん。
ハルと別れなければならなくてもこんな裏切りをしたい訳では無かった。
寧ろ──どうにか別れなくていい理由を──方法を一緒に考えてくれるかもしれないと──心の奥底で考えていた自分もいた。
でも……もうダメだ……こんな裏切りハルも見限るだろう。
それに──知られたくない。
絶対に。
せめて別れるにしても──ハルにこんな形で嫌われたくない。

「海都──お願い。ハルにも母にも絶対に誰にも言わないで」

海都の返答が無い。
知られたくないの──絶対に。
絡められ抱きしめられている身体から腕を伸ばし海都を抱きしめる。
身体は海都の中にすっぽりと収まっていて抱きしめるには私の腕では足りなすぎる。
更に身体を密着させ押しつけ、まるで誘惑するように抱きしめる。

「お願い」

「姉さんは腕の中にすっぽりと収まってしまうくらいちっちゃいけれど抱いていると気持ちいい──ずっとこうしていたい」

「海都──お願い。絶対に──ハルにも母にも言わないで」

何度も懇願してしまう。
お願いだから頷いてほしい。

「姉さんが俺だけのものになってくれるなら言わないよ」

姉として強く言えれば──海都は止まってくれるのだろうか?
もう──一度ならず二度関係をもってしまった。
戻れない。
海都とこれからこの関係を続けていくことになるかもしれない。
そんな事──ダメだ。
いつか母に知られることになる。
海都を嫌いではない──こんな事になってしまっても嫌えない。今も好きだから戸惑っている。
けれど同時にやっぱりハルが好きだと──ハルの元に行きたいと心が強く望む。

「海都は私の身体だけ欲しいの?」

「──違う」

うん。
海都はそんな子ではない。

「なら、待ってよ海都。時間を頂戴。海都と本当の姉弟じゃなかったとしても……考えるから──お願い」

「姉弟じゃないっていうのは嘘だよ」

「──嘘なの?」

なんだか思考が追いつかなくて感情が喜怒哀楽のどこに振れているのか分からない。
嘘に憤る気持ちも冷静に考えれば嘘だとすぐに分かる事を簡単に信じてしまった自分を残念に思う。

「ごめん。姉弟とかそんなどうでもいい感情を抜きにして姉さんに俺を見て欲しかったけれど……姉さんは変わらなかった。俺はもう貴方にとって弟でしかないのなら──弟のまま愛して」

裸のまま抱き合う身体が熱い。
ジワリと汗ばむ身体を知られたくなくて離れようとするけれど離してもらえない。
海都の長い足に絡まれ海都の下腹部と私の下腹部が密着する。
捥がけば更に密着してくる。

「姉さんとハルとは一緒にはなれないよ。ハルは所詮他人だ。裕福な家の人間で……この家の歪さに辟易する日がいつか来る」

──それも──わかっている──

「俺も母さんも──姉さん、貴方も歪だ。だから互いで埋めようよ。姉さんの右手が母さんも選ぶなら左手は俺にして。そしたら俺も母さんの手を取るから──家族だけで暮らそうよ」

……それがいいのかも知れない。
母を独りにさせることもない。
私も海都を愛している。
ハルは──ハルあの人を深く愛する人は必ずいる。私が心配することはない。
ただ私が──ハルとハルの子どもを諦めれば全て上手くいく。
──ハルが私を呼ぶ声が好きだった。
愛しくて堪らないと訴えるような切なく低い声。
ゆっくりと落ち着きのある口調なのに私の名前を呼ぶ時だけは熱を感じる。
その度に心が──身体が熱くなった。

「姉さん?」

「お願い海都、考える時間を頂戴。例えハルと別れることになっても……私の今の恋人はハルなの。恋人を裏切って抱かれるのは──心が苦しいの。こんな関係は嫌なの」

「姉さんがハルと別れるまで抱くなってこと?」

「私を好きだと言ってくれるならお願い。こんな状態は耐えられない」

「姉さんは姉弟で愛し合うことよりも、陵辱されたことや、脅され別れさせられることよりも、恋人ハルを裏切っていることが一番辛いんだね。なら──待つよ。でもそれは姉さんがハルと別れる事が前提だし、勿論──身体を許してもダメだ。もう姉さんは俺のものなんだからハルに触らせないで」

胸元にキスをされて舐め吸われる。
肌には赤い跡が付き当分消えない所有印が押される。
今更──もう既に身体中にキスマークは散らばり裏切りの証拠が一目見れば分かってしまう。

「──こんな身体──見せられないもの……せめて金木犀が咲き終わるくらいまでの時間を頂戴」

「ハルに貴方の身体を抱かせないのなら──待つよ」

「ハルには触れないわ──」

「触れさせてもダメだ」

「……触れさせないわ」

頭を撫でられおでこにキスを落とす。
抱きしめる海都の腕が長く絡まる──まるで檻のような気がした。






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