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崩潰

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職場のソファに座り込み考える。
ピルが消えた。
鞄の中を探しても部屋にもない。
確かに処方して貰ったのにピルが無くなっていた。
海都なのだろうか?

もう──どうしたらいいのか。

先日にレディースクリニックにアフターピルを貰いに行った。
行ったけれど──貰わなかった。

結局私は、アフターピルを飲まなかった。

いつも通り低容量ピルを処方して貰って帰ってきてしまった。
それさえ飲めない気持ちだったのに実際にそのモノさえ無くなればなんだか安堵と焦りが綯交ぜになる。

そして──生理が来ない。

普段はもう来ていた。
最近体調が良くない日も多かったからストレスから遅れているだけなのかもしれない。
でも──ハルとも海都ともそんな行為をしているのだから可能性が無いわけではない。
だからこそアフターピルを貰いに行ったのに──もし今このお腹に赤ちゃんがいたらどうなってしまうのか怖くなる。
もう赤ちゃんがいたら効果がないらしいけれど、ホルモンバランスを崩す薬は影響するのではないかと手がだせないし……ハルの赤ちゃんがいるかもしれないと思うとアフターピルは怖くて飲めなかった。
もし妊娠していたらどうするの?
ハルと海都どちらの赤ちゃんかなんてわからない。
数日生理が遅れているだけできっとストレスだと思うのだけれど、自然と指がお腹を抑える。

ハルからのメールを見る。

『湖都子、もう一週間も君に会えてない。逢いたいんだ』

【ハルに触れさせない】

その誓いがあるから海都は私に触れなくなった。
姉弟として以前と同じように接してくる。
──会えばハルに触れたくなる。
会えば──ハルに嘘をつくことになる。
会えばハルと別れ話をする事になる。
逢えばハルに触れたくなる。

『ごめんね。今度は母の体調が悪くてなかなか微熱が下がらないの』

嘘をつく。
けれどこんな嘘は可愛いものだ。
最低な裏切りを隠すには嘘で塗り固めていくしかない。
……ハルに海都に犯されたと言えばどうなるの?
守ってくれるかもしれない。
けれどきっと二度とこの家には返してくれない。
母も不審に思うだろう。
もう──ハルと別れるしかこの秘密を守れない。
これしか選択肢はない。
それなのにその機会を伸ばし続けている。
その上生理が来ないなんて──自分の決断のなさの結果だ。

「湖都ちゃん大丈夫?」

心配そうに覗き込む。

「大丈夫です。ありがとうございます花純さん」

職場の先輩である柳花純やなぎかすみさんは一児の母だ。
旦那さんとは離婚していて3歳の男の子を育てている。

「湖都ちゃん最近体調崩したばかりなんだから無理しちゃダメよ」

ハイとルイボスティーを渡してくれる。
面倒見のいい柳さんを姉のように思ってしまう。

「花純さんは類ちゃんが産まれる前から旦那さんの……その…浮気に気付いて別れたんですよね?その……子供を産むのを悩まなかったんですか?」

対面のソファに座ろうとしていたのにわざわざ私の横に座る。
花純さんのこの人懐こい感じ好きだなぁ。

「悩んだわ。でも一瞬ね。この子の為ならなんでもしようと思ったし、なんでも利用しようと思ったの。それで悪女と呼ばれてもいいやーって思った」

「えっ⁈悪女になったんですか?」

そんな雰囲気のない彼女の発言に驚くが彼女は微笑む。

「ホステスでも体売ってでもこの子を育てられるならいいやーって思ってた。でも兄がねコレが私の兄とは思えないほど優秀の商社マンで俺が養ってやる!って言ってくれたの。当時いた彼女には振られるし散々だった筈なのに文句も言わず類を愛してくれているの」

「素敵なお兄さんですね」

本当に。

「そうなの!なのに──お兄ちゃん、私の所為で未だに未婚だし恋人もいないのよね」

憂いを飲み物で飲み込むかのように流し込むが花純さんの憂いは消えない。

「私ね……好きな人が出来たの。相手の人も愛してくれて結婚したいと思っているんだけど……兄の人生をめちゃくちゃにして自分だけまた家庭を持つのはなんだか……ね」

「でも……そんなお兄さんなら絶対に喜んでくれますよ」

「そうかな…?」

「類くんと一緒に暮らせないのは悲しいかもしれないですけど──絶対に」

微笑む花純さんが綺麗だ。

「湖都ちゃんは……何か悩みがあるの?長く付き合ってる彼がいるよね?なんだか……正直…幸せなのかなって思ってた」

それは私がハルを好きになりそうな自分の心に必死にブレーキを掛けていたからからだ。

「幸せだったのに──見ないフリした結果かもしれません」

それ以上話せる気持ちにはなれなかった。

「さ、お客様がこられる前にトイレ掃除行ってきます」

本当はさっき済ませたけれどなんだか居た堪れない。

「湖都ちゃん!お願いがあるの。今度──お兄ちゃんに彼との事を話そうと思うのだけれど、その時に類を──子供を預かってくれない?彼に頼んだらいいんだけど、なんだかそれをすると兄に申し訳なくて……類が小さいからって目の前でこんな話をするのも躊躇われて……」

「類くんに会えるの楽しみです」

彼女の恋が実るのを願う。
幸せな気持ちを分けて欲しい。
そうすれば──私の悩みなんて──隅に置いて忘れてしまえるかもしれない。



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