恋と憂鬱 ─囚巡暦─

六菖十菊

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乃東枯 ナツカレクサカルル 6/21-6/26

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普段と変わらず微笑むから──悲しくなる。

「貴嗣は殺してない。だから──教えて。何があったの?」

「どうかな?ただ、大した話では無いんだよ」

大した話でない──筈がない。
母に厭われ、父と妹を亡くしている。

「僕の幼少期、父と母はとても仲良くてね。母も優しくて嫋やかな人だった。そんな中、僕が小学一年の頃に父の転勤が決まった。母は付いて行きたかったけれど、僕は小学生に入ったばかり、妹も幼稚園に慣れてきた頃で転勤期間も一年だったから母は僕たちと残り、父は単身赴任で地方に行った。寂しかったけれど、父と離れる際には子供ながら家族のイラストを描いて〈がんばって 父さん〉の言葉とともに渡した。父も僕にサッカーボールをくれたよ。一緒に練習する約束をしていたんだ。
けれど──父はその10ヶ月後に死んだよ。自殺だった。
本社から来た父に周りはかなり陰湿なイジメをしていたらしい。詳しくは話さなかったけれど、母は愛する人の変化が分かった。仕事なんて辞めて欲しいと訴えたけれど父は僕のイラストを見ながら──御守りだと──まだ頑張れると仕事を辞めなかった。そしてある日限界が来た。僕のイラストにごめんと書き足して首を括ったよ」

胸が苦しい──何も言えない。

「ただの紙切れを父はお守りと信じ、そして死んだ。母は自分を責めたよ。一緒に暮らしていれば──もっと強く退職を勧めていれば──あの紙切れさえなければ父は死ななかったかもしれないって。母は僕を愛せなくなった。その分、妹に固執した。そんな日々が続いて数年したある日、妹が僕の部屋のサッカーボールが欲しいと言い出したんだ。あれは──僕にとっても大事なものだったけれど妹から父を奪った僕に拒否なんて出来るわけがない。だから渡したよ。そして──妹は事故にあって死んだ。転がったボールを追いかけて車道に飛び出したんだ」

貴嗣が笑いだす。

「──あれから母はすごかったよ。毎日のように僕を呪ったよ。何かを欲しがれば淺ましいと罵られ、何かを与えればまた人を殺すのかと詰られる。周りには気づかれないように最低限な世話はしたけれど、呪いの言葉を浴びせ続けた。祖父母も母の精神状態を保つ為には人身御供が必要だと僕の実情には目を背けた」

何も言えない──
何を言えばいいの──
分からない。
貴嗣の手を握るしか鈴音には出来ない。

「寮生活の出来る中学に行き、ほぼ母とは疎遠になった。ある程度のことは母ではなく、祖父が代行してくれた。母に罵倒された日々はたった6年だし、このままじゃあダメだと何度か女性と付き合ったりしたよ。だけど──愛しいなんて思えない。セックスしても気持ちいいなんて思わない。ましてや子供なんて──ごめんね鈴音さん。
僕は君に贈り物を渡すことが怖くて仕方がない。鈴音さんに何も返せない自分が苦しかった──けど──母が死んで──なんだか抑えていたものが消えた。そしたら──今度は君の全てが欲しくて──僕の全てをあげたくて──」

どうしよう──
想像以上に酷い。
抱きしめてる事しかできない──

「鈴音さんが僕じゃなく灰谷君を選んだことは当然で──君に振られて僕は去らなきゃいけない事は分かってるよ。だけど──僕はもう壊れているから犯罪者として檻にでも囚われなきゃ鈴音さんを手離せない。とらえられているのは鈴音さんじゃない。僕なんだ。だから──違う檻に移し替えすしかないんだよ」

「私は貴方の檻なのね……貴嗣は檻の中でしか生きられないの?」

「僕は弱いから──こんな幸せな檻から自分から出られない。だから鈴音さん──僕からのプレゼント」

携帯を渡される。
貴嗣のこの行いを無かったことに鈴音がしたくても、
彼は鈴音という檻がなければ生きられない。
生きるには罪人としての檻が必要だと警察に突き出せと言うのか。
──これのどこがプレゼントだと怒りたい。
けれど贈り物が苦手な彼が、鈴音の為に──鈴音が喜ぶだろうと渡してくれたものだ。

「ありがとう──これで終りね──」

鈴音は電話をかけた。
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