隠伏の魔法使い

六菖十菊

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ベースノート

021

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昨日は会場には一時もいなかった。
今日は最後の日だ。
それこそパーティなんて出ずにギルフォードとの時間を増やす方が良いのに……未だにギルフォードに真実を話す勇気が持てない。

「オリヴィア──体調が良くないのかい?」

自然に微笑むことが出来ず、無理矢理の笑みにギルフォードが心配そうだ。

「少し……緊張しているのかも。喉がカラカラだわ」

そう言うとシャンパン入りのグラスをオリヴィアに渡してくれる。
スッキリした香りと微炭酸が弾ける感覚が気持ちいい。
アイマスクをしているのに──自意識過剰なのだろうか。
周りから遠巻きに見られている気がする。
ジョエスタ様にご懐妊のお祝いを申し上げて──その後にギルフォードに話を──しなければならない。

「ジョエスタ様にご挨拶に伺いたいの」

「普通は身分の低い者から話し掛けるのはマナー違反だけど王妃はお喜びになるとは思いますよ。だが──そうすれば貴方がローブの女性だと気づく者も出てくる……」

「いいの……ジョエスタ様に祝福をお伝えしたいの。その後にギルフォードに話さなければ──ならないことがある……の」

「──分かりました」

ギルフォードが訝しむけれどこの場では言葉を飲み込んでくれた。

もう最後になる。
ジョエスタ様を姉のように──妹のように感じていたなんて王妃様にそんな不敬な事は言えないけれど隠伏の魔法使いであるオリヴィアを匿ってくれた尊大な心と深い慈悲に感謝を告げたい。

広い会場の奥へと進む。
周りの方達が避けてくれているのか人の多い会場で歩きにくさを感じない。
顔を隠しても異様な雰囲気を醸しだしでいるのか……やはりこの世界では私は異端なのだろうか。
椅子に座り佇むジョエスタ様が私に気づいたけれど、声を掛けて良いのかとあぐねいている。
お優しい方。不敬を承知でオリヴィアから声を掛ける。

「陛下、王妃様。ご懐妊、誠におめでとう御座います。陛下と王妃様に至福の人生を願っております」

膝を付き下げた頭をゆっくりと上げる。
ジョエスタ様が微笑む。

「お前に願われれば他のどんな者に呪いの言葉を吐かれようともわたくしの人生は至福となるであろうな」

誇らしいお言葉に瞳が潤む。
この方とはこれが最後になる。
ジョエスタ様に触れたいけれどそれは出来ない。
このお方の姿を目に焼き付けておきたい。
そう瞳を合わせ──

「陛下‼︎ 王妃様はこの魔女に騙されております‼︎」

後方からの聞こえた女性の怒声の言葉に一瞬で場が静まり返った。
振り向くと白い法衣を纏った男女の姿があった。
佇まいで高貴の人なのだと分かる。
装飾品も質素に見せてはいるが、どの貴族よりも大きな宝石と輝く金属で出来ている。

「我が妃を愚弄するのはアビラ家の者とは言え言葉が過ぎるぞ」

陛下が静かに牽制するがアビラ家の二人は抑えが効かないように反抗する。
その間にジョエスタ様が他のお客様を部屋から出すように衛兵に指示をしていた。

「この国の神は夫婦神である男神ヒュガルファ様と女神ラニアンサス様です。それなのに王妃様はこの二神を蔑みあまつさえ、この怪しい女を側に置き常に甘言を耳元で唆され正常な判断ができない状態となっております」

ジョエスタ様が諫める。

「夫婦神を蔑ろにしてはおらぬ。わたくしの信じる神よ。だが、それを祀る御主らアビラ家には少々辟易しておる。御主らは自分達をさも夫婦神の化身として吹聴しており度が過ぎる」

「この女がローブの魔女なのは分かっております。しかし、この者の素性を調べさせましたが一向に分からない。何故そのような者が王妃様の側に居られるのですか⁈」

アビラ家の女性がオリヴィアを睨み呪うように見る。
──アビラ家と王家に少しの蟠りがあったにせよ、火種を作ったのはオリヴィアだ。
常識的に考えればアビラ家の言い分も間違いではない。
王妃の側に素性を隠伏した者がいれば怪しみ、その心が増長してもおかしくはない。

「陛下、王妃様。今まで格別の温情を頂きありがとうございました。けれど私は旅に出ようと思います。今日はその挨拶に参りました」

「正体をバラされて逃げるのか!」

オリヴィアの言葉に何かを言い掛けたジョエスタ様も、ギルフォードの言葉もアビラ家の男性の言葉に掻き消された。

「逃すものか!魔女の正体を突き止めて火炙りにしヒュガルファ様とラニアンサス様の元へお送りして裁きを受けなければならぬ!」

──なんだか──何百年も時の止まった塔の中にいて自分は死なないと思っていたけれど、こんな最期もあるのかとぼんやり思ってしまう。
こんなむなしい最期もあるのなら──

「アビラ家の方々──貴方様の偉大さは十分理解していますが、出過ぎた口を塞がぬなら、今この場であなた方を捉え火炙りにすることを厭わない者がいることをお忘れなく頂きたい」

ギルフォードの言葉とは思えない冷ややかな言葉だ。
その瞳を受け、更に牽制に動いたギルフォードに慄いたアビラ家の男性が一歩後退する。
それを見たラニアンサス様の化身を騙る女性が懐からナイフを取り出し一気にジョエスタ様に襲い掛かった。

「ジョエスタ様‼︎」

すぐに気がついたギルフォードが彼女を取り押さえ峰打ちで気絶させる。
その惨状に動転した男の方は衛兵のいる扉の方へ逃げていった。
よかった──ジョエスタ様まで刃は届くことなく事なきを得た。

「──ジョエスタ様?」

椅子に寄り掛かり下を向いたまま動かない。
陛下が触れようとすれば牽制のように指で触るなという表示をする。
──もう片方の手はお腹を守るように添えられている。

「──っ」

ジョエスタ様の苦心の声が響く。
──まさか……恐怖が身体に響き御子が流れようとしているの?
ゾクリと背筋が凍る。
急いで上席のジョエスタ様の元まで上がる。
あの普段快活で威厳ある彼女の瞳に涙が溜まっている。

「医師を早く‼︎」

ギルフォードが叫ぶが、これは──無理だ。
医師ではなく必要なのは奇跡だ。

「まってギルフォード……呼ばなくていい──」

「だが──」

「いいの──ジョエスタ様、私の瞳を見て。大丈夫。大丈夫だから。御子は大丈夫よ。私に貴方の腕を──指を──お腹に──触れさせて──すぐに痛みもなくなる──大丈夫よ」

絶望の色をしたジョエスタ様の瞳から涙が溢れる。悔しそうで哀しそうな瞳が切望の瞳になる。
手は震え──片方の手は子宮辺りを押さえ、もう片方の腕はオリヴィアにしがみつく。

「私は魔法使い──大丈夫よ」

そう微笑めば、ジョエスタ様も少し微笑んだ──
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