隠伏の魔法使い

六菖十菊

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隠伏の女神

027

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「ジョエスタ様!そんなにお早く歩かれてはお身体に障ります」

丘を登るジョエスタ様の足取りの強さに圧倒される。
臨月だと言うのに精力的に動く彼女にハラハラしてしまう。

「問題ない。この子は光の神と露の女神の加護を受けておる」

そんな大見栄を切る。
この国の夫婦神様が聞けばお怒りになる事だろう。

「最近アビラ家の方々と宗教観で問題になりましたのはアビラ家にも問題がありましたが、ジョエスタ様にもありますよ。夫婦神を蔑ろにする発言は控えませんと」

そう諫めてもジョエスタ様は知らぬ顔だ。

「私の神は光の神と露の女神よ。この御子は二人の加護を受けておる。この御子は陛下とわたくしの御子でもあるが、言わば──お二人の御子。二神の愛の結晶よ」

なんだか切なそうにお腹を撫でる。

「それにしても光の神と露の女神では随分と身分違いの恋ですね」

そう微笑めばジョエスタ様が押し黙る。
余計な事を言ってしまっただろうか?

「──わたくしはあれほどの美しい恋を知らぬ」

神話の話だろうか?
けれどもどんな書物を読んでもそんな神話を見つけられなかった。

「着きましたわ」

そこはジョエスタ様の鈴蘭畑。
白い花が咲き始めている。

「綺麗……」

この光景に既視感を覚えるがいつだったのか思い出せない。

「この香り──気品があり優しく凛とした女性の香りよ」

「ジョエスタ様の鈴蘭の香水を今年こそ作ってみます」

「──いいや。わたくしの香りはオリヴィアの作った薔薇の香り。これは露の女神の香り。この鈴蘭でオリヴィア。お前の為の香りを作ってみせよ」

「私はただのアロマセラピストです。ジョエスタ様の露の女神と同様に語られるのは恐れ多いです」

「───」

「けれど──この鈴蘭から精油が取れたらどれだけ素敵でしょう。まだ鈴蘭からこの香りを再現できる精油をとれた者はいないと言いますので不安ですが──何故だか私は出来そうな気がしています。この子たちの気持ちが手に取る様に分かる気がするのです」

「オリヴィア。お前が作れぬならもう誰も作れまい」

そのお言葉だけで嬉しく思う。

「最近は──ギルフォードとロンとはどうなっておる?」

急な話の方向転換に心臓が脈打つ。

「どうとは──どうもなっていません」

ギルフォードとロンが私に毎夜、毎朝、愛を囁いてくれる。甘い言葉と抱擁を──時には勝手に唇を奪われることもある。
けれど──

「──まだギルフォードもロンもお前を落とせぬか」

何故だか──私の心は別の誰かを求めているようで決断がつかない。

「それにしてもギルフォードは──最後にロンの事をあの方に忠告されたにも関わらずこの惨状──不憫でならぬわ」

そう笑うジョエスタ様のあの方とは誰のことだろう。

「オリヴィア──わたくしはお前を絶対に幸せにしてみせる。その為にはロンでもギルフォードであろうとお前に相応しくないと思えば断罪する処断だ」

「──なぜ──ジョエスタ様ほどの方がただのアロマセラピスト如きにそれ程迄にお心を砕いてくださるのかわかりません。けれど──私もジョエスタ様の幸せを心から願う者」

「ならば幸せになれ。わたくしの幸せはお前が幸せだと心から思えること。寂しさも諦めもない真心からの恋心を愛する者と共有し抱きしめること。お前の嘆きはわたくし達が決して忘れぬ。だからお前は前に進め」

──何故、こんなにも泣きたくなるのだろう?
分からない。
けれどこの朝露に濡れた鈴蘭に光が差し──とても美しい。
朝露はすぐに消え失せ風に揺れる鈴蘭と光輝くだけの世界になる。
この一瞬の時間だけしか見ることの叶わない光景だ。

「ギルフォードとロンをこの丘に呼んだ。人の一生は短い。お前は無意識に人生は永遠だと思っているかもしれぬが一瞬よ──健やかに生きよ──オリヴィア」

「──はい」

「オリヴィア‼︎」

ロンが笑顔でオリヴィアを抱きしめる。

「ロン!ジョエスタ様に挨拶もなしに何しているの!」

「構わぬ」

形ばかりの挨拶を済ませ再びオリヴィアを抱きしめる。
近衛隊員がこんな事でいいのだろうか?
絶対に良くない。

「ロン。いい加減にしろ。オリヴィアを離せ」

ギルフォードの声に目をやれば彼はジョエスタ様にしっかりと挨拶をしている。
けれどそれが終わった瞬間にはオリヴィアの髪にキスをする。

「──どうして二人ともそんなに私に触れるの?」

「──好きだろう?触れられるの」

ロンが魅力的な子猫キトンブルーの瞳で微笑む。

「貴方に触れられない日が1日でもあると考えたら──気が狂いそうだ」

ギルフォードがエメラルドグリーンの瞳で熱い眼差しをする。
ふと──金色の冷たい眼差しが脳裏に浮かんだけれど──意識する前に霧散してしまう。

「なぜ──泣くの?」

ギルフォードの言葉に自分が泣いていることに気がつく。分からない。
あまりに美しい朝露に反射する光がオリヴィアの涙腺を弱めたのかもしれない。
ロンがオリヴィアの涙を舐める。

「⁈ ロン!」

負けじとかギルフォードももう片方の瞼にキスをする。

「ギルフォード⁈」

──人生は短い──
けれどもう少しだけ──この朝露の鈴蘭を眺めていたいの──もう少しだけ。

                   ───完───
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