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未知と既知の其間

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生理も終わった。
夫人が体調管理に気を配ってくれたお陰で、体調もいい。数日後、夫人にここを出ていくことを告げた。
「──とても、とても残念だわ」
赤の他人の侑梨を居候させてくて、何をしたでもなく、ただひたすらお世話になった。
夫人が本当に残念そうな顔をするので、
申し訳ない気がしてくる。
「ほんとうに……お世話になりました」
本当の母からは貰えなかった様な愛情をもらった。
侑梨にとってどんな存在か分からないが、
夫人がそれをくれた。
「そう思ってくれるのなら、お願いがあるの」
無理そうなら諦めるわ。
と前置きした上で侑梨に持ちかける。
「貴方はこの邸から出たがらなかったから、ここでしか思い出がないわ。最後に一緒に旅行に行きましょう?」
侑梨も夫人の怖さは多少なり分かっている。
関わってはいけない人だ。
ここを出れば二度と夫人には近づかない。
ジーノと夫人が組む可能性もなくはない。
……けど今ジーノはイタリアだ。
夫人とこれで最後だと思うと、
少し複雑な感情が芽生える。
「出来れば金沢にでも行きたかったけれど、都内なら日帰りも可能だわ。夜には帰ってこられる」
……夫人もジーノとの別れは不本意そうだった。
もしかしたら、寂しくて何かで紛らわしたいのかもしれないと思った。
侑梨にこの数週間が必要だったように、夫人の為の1日が欲しいと言うのなら、あげたいと思った。
金沢はさすがに無理だが──日帰りなら──
この邸にいる方が危険なのに、夫人は何もせず侑梨を労ってくれた。外で夫人と会う方がまだ危険性は少ない。
この数週間侑梨に構ってくれたが、旦那様との関係は分からない。ジーノが実質のトップは夫人だと言っていたが、経営者のように仕事をしている感じは無かった。
結局、この数週間では夫人がどんな人物なのかは侑梨には掴めなかった。
3日後の小旅行が最後だと思うと
──少し──寂しく感じた。

旅行先は、本当に都内だった。
それよりも驚きだったのが、嫋やかたおだと思っていた夫人のプランがハードモードだったからだ。
侑梨と夫人が双子コーデというのにもビックリだが、
黒のパンツにスニーカー、白のダウンジャケットと寒さと体力対策抜群の格好だ。
朝の5時には邸を出て、着いた場所は明治神宮だった。
朝一番の南参道から入る。
森が、空気が厳かだ。
心が洗われるような気がする。
「ここは朝一番が良いのよ」
夫人の言葉に納得する。
カフェでご飯を食べたら、次は浅草寺に行きましょうと微笑む。
都内に住んでいたのに、明治新宮も浅草寺も行ったことがない。観光地に行く機会がなかったといえばそうだが、自身の信仰心の薄さを感じた。
「この後は教会に行きましょう」
本で読んだことがある。
日本人の神道や仏教、キリスト教とごちゃ混ぜ状態を
万華教といって皮肉っていた。
そもそも夫人は神様を信じてないと思っていた。
神頼みなんてせず、自分の道は自分で開きそうだ。
「夫人は神様や仏様を信じているのですか?」
「勿論だわ」
意外な言葉に興味を持つ。
「わたくしはすべての神事を信じているわ」
でも、それでは信じていないとも言えないだろうか?
「人はみんな、神様にお願い事をする。けれど、それだけではダメ。神がわたくし達にどうして欲しいのか、それを感じて行動しなければ」
考えたこともなかった。
……考えても感じれる自信もない。
「その神々が矛盾したことを言われたらどうするんですか?」
少々、屁理屈だろうか?
「神が混沌をお望みなら、そのようにするわ」


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