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序章 残酷で優しい
喰らい合い
しおりを挟む「腹減った……」
貴族殺しから一週間。
無計画に逃亡した結果が森の中で迷子というなんとも情け無いものだった。笑える。
「……いや、やっぱ笑えねぇわ」
食い物を口にしなくても、俺の身体が生命活動を止めることはないが、食欲は一向に溜まり続けている。
何かこう、固くて、歯ごたえのあるものを噛みちぎりたかった。
「痛っ」
余計なことを考えていたせいだろう、足に棘が刺さった。
貴族の館からそのまま逃げて来たから裸足で歩いているが、直ぐに傷が治るといっても、やはり痛いものは痛い。
(早くどこか、人のいる所に行かないとな……)
だが、それよりもまずは飯だ。
この際もう虫でもなんでも良い、とにかく、何か食えるものがないだろうか。
地面に視線を移すがそれらしきものも見えず、木を見上げても果物みたいなものは無かった。畜生。
そうして、食い物を探しながら歩く事一時間ほど。
不意に、水の音が聞こえた。
「……魚とか取れるかな」
漁をしたこともなく、銛を持ったことも無かったが、最悪水を飲んでそれで腹を満たそうと考えた。
水音がする方に向かうと、湖が見えた。
そして、水面の上を浮遊する巨大な魚も。
そいつはヒレが薄く長く、身体の色が空色の金魚のように見えた。
「……」
落ち着け、落ち着け俺。
あれは確実に魔物だ、不用意に近づいたら逆に俺が喰われる。この身体がどこまで回復するのかもわからないのに、そんなリスクを犯すことは出来ない、そうだろ?
さぁ、一旦深呼吸をしようじゃないか。
「すうぅ……ふぅー」
よし、落ち着いた。
食おう。
「魚ァァァァァァーーーーー!!!」
絶叫しながら貴族の館から奪った剣を抜いて、湖へと駆け寄る。
もう我慢の限界だった、あんなゴチソウを目の前にして理性なんかが残る訳もない。
金魚は突然現れた人間に驚いた様子だったが逃げることは無く、むしろ口を開けてこちらを食おうとしてくる。
実際、喰われた。
腹に鋭い牙が刺さり、筋肉を千切られ、内臓が飛び出す感覚があった。
痛みによるショック死というものもあるが、それが起こる事はなかった。人間辞めてきてるような気がしなくもないが、そんなことより魚肉を食べたい。
(肉!肉!肉!!!)
魚の脳天に剣を突き立てる。
頭蓋に阻まれて殺す事は出来ない。
だから真っ黒な瞳孔に剣を刺した。
液が噴き出て、金魚は俺から離れようとしたが、俺はそいつの頭にしがみついて更に剣を押し込んだ。
湖に金魚が潜り、それにしがみついている俺も必然的に水中へと入った。
(息が……っ!)
酸欠によって意識が飛び掛ける。
傷は治る、だが酸欠による意識の喪失は防ぐことは出来ない。
だから、意識を保てている今のうちにコイツを殺す。
両手で剣を押し込む。
硬いものに剣先が当たる感触があった。眼窩だ。
これを破れば、おそらくは脳を破壊出来るだろう。
更に力を込める。
だが破れなかった。
両腕が切断されたから。
周囲には鉄も、石も、何も無い。金魚の牙も俺の腹に食い込んだままだ。
何が切り裂いてきたのかわからない。
もう少しだったのに。
まぁ無いものは仕方ない。あるものでなんとかするだけだ。
というわけで、まだ体に付いている歯で殺すことにした。
反対側の目の角膜を喰い千切る。
白目の部分も、水晶体も、周りに付いていた細かな筋肉も喰い千切り、体を千切られるのも構わずに更に首を突っ込んでいく。
腕が再生した。正直、再生すると思わなかった。
金魚は両目を失っている。
今なら、確実に殺せる。
首を引き戻し、両手で剣を押し込んだ。
ビクリと体を震わせて動かなくなった。
それと同時に、俺の意識も喪失した
_____
「………お空綺麗」
目を覚ますと、金魚の死体と一緒に湖の岸辺に打ち上げられていた。
身を起こし、剣が突き刺さったままの金魚に近づく。
「いただきます」
鱗を剣を使って剥ぎ、下の肉を切り取って口に含む。
「筋張ってんな」
だが、久しぶりに食べる肉は涙が出る程美味かった。
満腹になる頃には、金魚の背中側の肉は粗方無くなっていた。
「ごちそう様でした」
剣を鞘に納め、立ち上がる。
これから何処に行くかは決めていない。指針となる物も無い。
「どうすっかね」
周りを見渡し、湖から伸びている川を見つけた。
「……取り敢えずは、川を下るか」
何かしらの集落が見つかるのを祈って、俺は歩き始めた。
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