没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平

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第五章 領地の拡大

第76話 引き抜き事件

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 俺たちは隣の工区へ走った。
 工区は五十メートルに設定してあるので、走ればすぐだ。

 隣の工区では、リーダー同士のつかみ合いになっていた。

「テメエ! ふざけるなよ!」

「ふざけてなどいない!」

 作業員たちは、どうしたらよいかわからず遠巻きに見ていた。
 さすがにリーダー同士の争いでは、俺が介入する他ない。
 俺と執事のセバスチャンが、大きな声で争いを止める。

「はい! そこまで! そこまでにして! リーダー同士でケンカはダメですよ!」

「エトワール伯爵のご視察です! フォー辺境伯もいらっしゃいます! お控え下さい! お控え下さい!」

 俺と執事のセバスチャンが、止めに入ったことで二人のリーダーはケンカを止めた。
 チラリとフォー辺境伯を見ると執事のウエストラルさんと二人で、興味深そうにこちらを見ている。

『お手並み拝見』

 といった表情だ。

 彼ら二人は、俺の部下になる。
 まだ準騎士爵の位は与えていないけれど、エトワール伯爵家に仕えてもらうのだ。
 この場はフォー辺境伯に頼ることなく、俺が仕切らなければ!

 俺はグッとアゴに力を入れて二人を見る。
 一人は怒っている表情で、もう一人は冷静に見える。
 俺は威厳を作り低い声で話し出した。

「一体何が原因でケンカになったのですか?」

 俺がケンカの理由を聞くと、怒っている方が大声で俺に訴えた。

「こいつが引き抜きをしたんだ!」

「えっ!? 引き抜き!?」

 意外な言葉に俺は驚く。
 怒っているリーダーは、俺が話を聞いてくれると理解して一気に話し出した。
 冷静なリーダーを指さし、非難する。

 怒っているリーダーの話をまとめると、昼休み中に冷静リーダーが作業員の引き抜きをしたそうだ。
 引き抜かれた作業員は、班で一番の力持ちだった。
 いわばエースだな。

 エースを引き抜かれては黙っていられない!
 と冷静リーダーのところに乗り込んできたのだが、引き抜いた作業員は返さないと言われ逆上した……ということらしい。

 俺は怒りリーダーの話を一通り聞き、腕を組んでため息をつく。

「それは怒るよな」

「でしょう! 当主様からも言って下さいよ!」

 冷静リーダーが、言葉を発した。

「お待ち下さい。相応の理由がございます」

 冷静リーダーは、マクシミリアンと言った。
 十八歳くらいに見える。
 マクシミリアンは、『実家とは縁を切った』と話していて家名を名乗らなかった。
 ちょっとワケありのようなのだ。

「マクシミリアンだったな? 作業員の引き抜きは良くないだろう。申し開きがあれば聞こう」

 俺は厳しい口調でマクシミリアンに説明を求めた。
 マクシミリアンは、俺の口調に動揺することなく淡々と話し始めた。

「私が引き抜いた男は、妻が重い病気を患っています。早急に金が必要だったのです」

「ふむ……」

「お昼休みのことですが、体の大きな男が食事をしないで座り込んでいました。不審に思い話しかけたところ、金が必要なので昼食を他の作業員に売ったと申すのです」

「それは良くないな」

 食事はちゃんととらせろと各リーダーに申し渡してある。
 事故防止の観点からも、作業効率の観点からも、食事を抜くのはダメだ。

「私は男を哀れに思いました。そこで、薬代を立て替えてやるので、私の班で働かないかと誘ったのです。男は大いに喜び私の班で働くと申しました」

「そういう事情があったのか……」

 これはなかなか難しいぞ。
 引き抜きは褒められた行為ではないが、マクシミリアンが百パーセント悪いとは言い切れない。

 俺は引き抜かれた男を呼んで、事情を確認した。

「へえ。マクシミリアン様が、ゼニを工面してくれるっつーんで、お世話になることに決めました。これでカカアの病が治れば、娘も息子も喜びますで……」

「うーん……そうか……」

 病気は本当のことだった。
 引き抜かれた男は、マクシミリアンに感謝している。

 だが、もう一人のリーダーはおさまらなかった。
 困惑した表情でマクシミリアンに詰め寄る。

「だったら! 俺に言えよ! 俺がコイツに金を貸したよ!」

「自分の不手際を私のせいにするのは、止めてもらえないか?」

「なんだと!?」

「そもそも君がキチンと人心掌握をしていればこんなことにはならなかった」

「いや……、そうかもしれないけど――」

「この大男が昼食を抜いているのは、隣の工区いる私でも気が付いたのだ。なぜ、君は気が付かなかったのだ? 作業員には、食事をとらせろとご当主様からお達しがあった。君の職務怠慢だと思うが?」

「グッ――!」

 スゲエな。
 マクシミリアンが、もう一人のリーダーを論破してしまった。
 俺は慌ててマクシミリアンを止めた。

「そこまでだ! そこまで!」

 二人は同僚であって、敵ではない。
 これ以上、恨みを残すような議論は良くない。
 マクシミリアンは弁が立つようだが、何でも論破すれば良いというものではないのだ。

 さて、どう裁定するか……。
 みんなの視線が俺に集まる。
 領主として俺がどう判断を下すのか、みんな気になるのだ。

 俺は厳しい口調で裁定を申し渡した。

「男を元の班に戻すように」

「「「「「「おおっ!」」」」」」

 両方の班から声が上がった。

 怒っていたリーダーが、得意そうな顔でマクシミリアンを見下す。

『ほら! 見ろ!』

 と言わんばかりの顔だ。

 マクシミリアンは、表情を変えていないが、わずかに目元がピクピクと動いている。
 俺の裁定が不快なのだろう。

 俺は両手を上げて周囲のどよめきを抑え、話を続ける。

「双方の言い分は理解した。引き抜かれた男は元の班に戻すが、元の班のリーダーは、引き抜かれた男に家族分の薬代を出してやること」

 俺はギロリと怒っていたリーダーをにらむ。

 引き抜かれた男を元に戻しました。妻は病気で死にました――では、シャレにならない。
 後のケアはしっかりやってもらわないと。

「も、もちろんです! 俺が面倒を見ますよ!」

 続いて引き抜かれた男に声をかける。

「君もよいな?」

「へえ。かかあの病気が治るなら問題ねえです」

「以上! 解散! 仕事に戻れ! リーダー二人はこちらへ……」

 ガヤガヤと作業員たちが仕事に戻って行く。
 俺は怒っていたリーダーとマクシミリアンを作業員から離れたところへ連れて行った。
 二人に注意をしなくてはならないが、部下がいるところで二人を叱りつけるのは良くない。

「まず、マクシミリアン。今後引き抜きは行わないように。事情があったのは理解するが、引き抜きなどしたら同僚の間でしこりを残す。これは良くない。わかるな?」

「はっ。承知いたしました」

「だが、引き抜いた男の事情に同情出来るし、マクシミリアンが困っていた男を何とか助けてやろうとした気持ちも理解出来る。ゆえに、今回の件でマクシミリアンを罰しない。注意のみとする」

「寛大なご処置に感謝いたします」

 俺がマクシミリアンの行いに理解を示したことで、マクシミリアンは気持ちに整理がついたらしい。
 目元のピクピクは収まり、落ち着いた雰囲気になった。

 続いて怒っていたリーダーに、俺は厳しい視線を向ける。
 怒っていたリーダーは、注意されるとは思っていなかったのだろう。
 ビックリしている。

「今回の騒動だが、君にも落ち度があった。作業員が身内のことで困っていて、食事を抜き、他の作業員に食事を売っていたのだ。管理不行き届きだぞ」

「うっ……それは……」

「これが戦場なら兵士が敵に寝返っていたのだ。もっと現場に気を配らないと」

「うううう……わかりました……」

 二人を工事に戻した。

 フォー辺境伯と道普請の視察を続けていると、フォー辺境伯がマクシミリアンについて話してくれた。

「マックスはな……」

「マックス?」

「マクシミリアンのことだ。マックスの実家は、イーノス兄弟の寄子なんだ」

「ああ……あの……」

 イーノス兄弟はあまり良いイメージがない。
 南部貴族で集まった時に、やたら俺にケチをつける態度をとっていた。
 俺は新参者だから仕方ないが、イーノス兄弟に対する印象は悪い。

 フォー辺境伯によれば、マクシミリアンは長男だそうだ。
 母親は幼い時に亡くなる。
 父親は後妻を迎え弟が生まれた。

「ここまでは問題なかった。だが、父親は長男のマックスではなく、弟に家督を譲ると言い出した」

「それは……。何かマクシミリアンに問題があったのでしょうか?」

「いや。あの通りちょっと固いところがあるが、頭は良いし、真面目なヤツだ。立派な領主になれると思う」

「じゃあ、どうして?」

「ハッキリとした理由を聞いたわけじゃないが……。噂じゃ、マックスの態度が可愛気ないからだとか、弟の方を溺愛したからだとか……。まあ、それと……」

「何かあるんですか?」

「後妻はイーノス兄弟の親戚筋なんだ」

「あっ……!」

 臭いな……。
 イーノス兄弟が、自分たちの親戚である弟に家督を継がせようと、マクシミリアンの父に圧力をかけたのでは?
 フォー辺境伯が、噂だと前置きしていたのだから確証はないのだろうが……。
 俺はマクシミリアンの身の上に同情した。

「それでマックスは実家を飛び出してな。マックスが気の毒で、俺のところで生活させていたんだが……。ほら、エトワール伯爵は、マックスと身の上が少し似ているだろう? それで、エトワール伯爵のところならマックスも落ち着くんじゃないかと思ってな……」

 なるほど。
 そういう事情と考えがあったのか。
 確かに母親を亡くし、複雑な事情があるところは、俺と境遇が似ている。

「とはいえ……。私の方が年下ですし……。何かしてあげられるとは……」

「居場所を作ってやってくれ。それだけでいい」

「居場所……」

 どうしたものだろう。
 前世の経験では、どうにもならなそうだ。
 だが、マクシミリアンが一つところに落ち着き、安心出来る場所だとわかれば、今日のようなトラブルは減るかもしれない。

 俺は悩みながら視察を続け、ディー・ハイランドの持ち場工区にやって来た。
 ふと、ディー・ハイランドは、マクシミリアンのことをどう思っているのか気になった。
 ディー・ハイランドは優秀な人物だと思う。
 優秀な人物から見て、マクシミリアン評はどうなのだろうか?

「マクシミリアン君ですか? 彼、努力家ですよね」

 ディーからは、意外な言葉が返ってきた。

「努力家……。そうなのか?」

「ええ。夜になると一人で剣を振ってますよ。それに頭も良いですよね。ちょっと空気が読めないところがあるけど、まあ、まだ若いし」

 へえ。ディー・ハイランドは、マクシミリアンを高く評価しているんだ。

「ねえ。ディー。マクシミリアンのことを気にかけてやってくれないかな?」

「えっ? どうしたんです?」

「実はね……」

 俺はディー・ハイランドに、引き抜き事件や実家のことを話した。

「なるほど。それは気の毒ですよね。気持ちのやり場が見つからないのかな……」

「かもしれない。色々と事情を知っているフォー辺境伯領の出身者より、ジロンド子爵領出身のディーの方が、かえって話しやすいじゃないかと思うんだ。頼めるかな?」

「なるほど。そういうことなら、夕食の後に酒でも飲んでみますよ」

「うん、ありがとう」


 夜になり、ディー・ハイランドがマクシミリアンとたき火を囲んで談笑している姿が見えた。
 ディー・ハイランドは、酒の入った木製のジョッキを片手に笑い、マクシミリアンはリラックスした表情を浮かべていた。

 難しい事情から家族を失ったマクシミリアンは、心のよりどころを求めて止まぬ。そんなマクシミリアンの気持ちを、誰よりもわかっている吉宗であった。

 ――と俺は前世で見た時代劇を思い出しながら安心した。

 マクシミリアンが、少しずつ馴染んでくれれば良い。
 俺は彼の居場所を提供しよう。
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