6 / 6
第6話:無骨なおっさんの可愛すぎる生態
しおりを挟む
夜は明けていた。だが、私、セルウィンの中の熱は、朝の冷気ごときでは冷やせそうにもなかった。
ギルド本部へと続く大通りを歩きながら、私は自分の右手を何度も握りしめていた。
昨夜の感触が残っている。
ポプリの袋を握り潰し、幻覚の中のドノバンの口内に、私の欲望を叩きつけたあの背徳的な熱量が、皮膚の裏側にへばりついて離れないのだ。
(……私は、どうかしてしまったのか)
エリートとしての矜持も理性も、あの安っぽいポプリ袋と共に白濁に塗れてしまった気がする。
寝不足で充血した目が、朝日に痛い。
だが、不思議と体は軽かった。獲物を定め、その喉笛に噛みつく瞬間を待つ獣のように、神経が研ぎ澄まされている。
ギルドホールの回廊を曲がった先、重厚な執務室の前に、その「獲物」は立っていた。
「……ッ」
ドノバンだ。
朝の光の中に立つその姿を見た瞬間、私の足が止まった。
昨夜、私の妄想の中で足元に跪かせ、その喉奥まで私の欲望をねじ込んだ男が、今は整えられた監視員の制服に身を包み、他の冒険者と談笑している。
その落差。
その「服を着ている」という事実が、逆に私の嗜虐的な情欲を煽った。
(あの服の下に、あの分厚い胸板がある)
(あのズボンの下に、主張の激しい尻と、はち切れそうな太腿がある)
私の視線が、無意識に粘りつくような熱を帯びる。
ドノバンがふとこちらを向き、目が合った。
「あん? なんだセルウィン、顔色が悪いぞ。寝不足か?」
ドノバンはそう言うと、その巨躯を僅かに屈め、小首をかしげるようにして下から私の顔を覗き込んできた。
充血した私の目を確かめようとする純粋な気遣い。だが、その上目遣いのような仕草が、厳つい風貌と裏腹に妙に可愛らしく見えてしまい、私は不覚にも胸を高鳴らせた。
気遣うような、いつもの野太い声。
だが今の私には、その無防備な上目遣いが、昨夜の妄想――私の脚の間に跪き、涙目で私を見上げながら、懸命に私のモノを飲み込もうとしていた姿と重なってしまった。
記憶の中で苦しげに喉を鳴らしていた音色が蘇り、下腹部が甘く疼くのを自覚してしまった。
「……なんでもない。報告に来ただけです」
私は平静を装い、咳払いを一つして視線を逸らした。
だが、この奇妙な膠着状態を、鋭い眼光で見つめる人物がいたことに、私は気づいていなかった。
「何を突っ立っとるか、馬鹿者どもが! とっとと入らんか!」
執務室の扉が開き、地を這うような怒号が響いた。
ギルドマスター・コバム。
小柄なドワーフ族だが、その覇気はドラゴンすら威圧する、このギルドの頂点だ。
執務室に通された私とドノバンは、コバムの机の前に並んで立っていた。
私の隣には、ドノバンがいる。
その距離、わずか数十センチ。
微かに漂う、鉄と土、そしてあの「甘い薬草」の匂いが、私の理性を内側から削っていく。
「……以上、浅層域の生態系は安定傾向にあります」
「ふむ。五階層の件は片付いたか。ご苦労」
ドノバンが野太い声で報告を終え、一礼する。
その横顔を、報告に合わせて動く喉仏を、私は盗み見るように凝視していた。
「次はセルウィン、貴様だ。昨夜の地下水路の件はどうなった」
「は。問題なく掃討完了しました。地下水路第三区画にてリーダー個体を確認しましたが、即座に排除しました」
私は冒険者としての仮面を被り、報告を行った。
だが、意識の九割は隣の男に向いている。
ドノバンが息をするたびに上下する胸板。紙束を持つ、あのごわごわとした節くれだった指。
あの指に、触れられたい。あの胸を、私のモノで汚してみたい。
そんな、報告とは無縁の不埒な思考が視線に漏れ出ていたのだろうか。
コバムが編み上げられた立派な髭をしごきながら、ニヤリ、と老獪な笑みを浮かべた。
「……うむ、ご苦労。ドノバン、お前は下がっていいぞ。セルウィン、お前は少し残れ」
ドノバンが一礼して退室し、重い扉が閉まる。
部屋には、私とコバムの二人だけが残された。
「……何か不手際でもありましたか、マスター」
私が尋ねると、コバムは椅子から飛び降り、短い足でゆったりと近づいてきた。
そして、私の顔を下から覗き込む。その目は、すべてを見透かしているようで、ひどく居心地が悪かった。
「若造。お前さん、あの傷だらけのオッサンが、えらくお気に入りらしいな」
心臓が跳ねた。
カマをかけられたのではない。確信を持った問いだ。
「な、何を……根拠もなく……!」
「ワシの目を誤魔化せると思うな。さっきの視線、ありゃ獲物を狙う発情期の魔獣の目だぞ。……今にも食っちまいそうな顔しとったわ」
図星を突かれ、私は言葉を失った。
威厳など、欠片もない。顔から火が出そうだ。
コバムは、そんな私の狼狽を見て、満足そうに喉を鳴らして笑った。そして、私の肩を叩き、悪戯っ子のように囁いた。
「ま、いい。若いのは結構なことだ。ついでだ、お前さんのその熱烈な恋心に、一つ燃料を投下してやろう」
「燃料……?」
「お前はドノバンの外面しか見とらんだろう。あいつの本当の生態を教えてやる」
カチン、と奥歯が鳴った。
私の知らない彼の一面を、他人が知っている。その事実だけで、どす黒い嫉妬が胃の腑を焼く。
だが、情報は欲しい。私は沸き上がる名状しがたい昏い感情を必死に飲み込み、コバムを睨みつけた。
コバムは、そんな私の嫉妬すら楽しむようにニヤリと笑い、指を一本立てた。
「まず一つ。ドノバンはな、あの図体で酒は一滴も飲めん。完全な下戸だ。祝いの席でもミルクか果実水を飲んでおる」
「……は?」
あの強面の、歴戦の冒険者が? 酒場の喧騒が誰より似合いそうなあの男が、ミルク?
「二つ。あいつは無類の甘党だ。肉より魚、酒より菓子だ。特に街外れの店の激甘パンケーキには目がなくてな、休日はよく一人で並んでおるぞ」
「……パン、ケーキ……?」
私の脳裏に、厳つい顔で、ちまちまとフォークを使ってパンケーキを頬張るドノバンの姿が浮かんだ。
頬についたクリームを、あの舌で舐め取るのだろうか。
その光景の破壊力に、私の膝が少し笑った。なんだ、その可愛さは。
「そして極めつけだ」
コバムはニヤニヤと笑いながら、とどめの一撃を放った。
「あいつ、男のくせに縫い物が仕立て屋並みでな。……あの監視小屋にあるラグマットやらクッション、全部あいつの手製だぞ」
「…………」
思考が、停止した。
脳裏に、先日初めて監視小屋に踏み込んだ時の記憶が鮮烈に蘇る。
無骨な丸椅子に置かれたクッション。足元のラグ。そこには、あの厳つい男の職場には不似合いなほど繊細で、可愛らしい花の刺繍が施されていた。
あれが?
あの、無数の古傷が刻まれ、岩をも砕きそうな剛腕が?
あの、ごわごわとした、太く無骨な指先が?
小さな針を持ち、繊細な糸を通して、一針一針、あの可憐な花を縫い上げていたというのか?
想像してしまった。
監視小屋の薄暗い灯りの下、老眼鏡を鼻先にずらし、真剣な眼差しで針を運ぶドノバンの姿を。
その指先は、きっと驚くほど優しい動きをするのだろう。
私の肌を這う時も、あんなふうに丁寧に、壊れ物を扱うように触れてくれるのだろうか。
「ぐ……っ!」
私は顔を覆い、その場に蹲りそうになるのを必死で堪えた。
尊い。あまりにも、尊い。
傷だらけの巨体を持つ厳つい壮年の男
なのに、下戸で、甘党で、裁縫が得意。家庭的。
そのギャップは、私急所を正確無比に貫いていた。
だが、コバムの追撃は止まらない。
彼は楽しそうにニヤニヤと笑いながら、とどめの一言を放った。
「ついでに言っておくがな。あいつの作る菓子も飯も、そこらの店よりうまいぞ。あいつに餌付けされた若手は数知れん」
私の理性の堤防が、音を立てて崩壊した。
「……嫁に、したい」
無意識だった。口をついて出たその言葉は、私の魂からの叫びだった。
「ぶっ! ぎゃはははは!!」
コバムが腹を抱えて爆笑した。バンバンと机を叩く音が響く。
「嫁!? お前があの熊みたいなオッサンを『嫁』にするだと!? 傑作だな、おい! クールなAランクのエース様が、胃袋まで掴まれる気満々じゃねえか!」
「う、うるさい……! 笑うな!」
「いやあ、いい見世物だ。どうだ効いたか?」
コバムは豪快に笑い、私の肩をバンと叩いた。その目には、いつもの厳しさとは違う、どこか温かい光が宿っていた。
「あいつはな、不器用で、朴念仁で、自分の幸せにはとことん鈍感な男だ。このままじゃ、本当に一人で枯れてっちまう。……ま、あいつに懸想してるのがお前ってのは想定外だが、あいつが誰かと寄り添えるなら、この際性別なんぞどうでもいいわ」
コバムの目が、値踏みするように私を射抜く。
「お前さんのその目、本気だろう。傷だらけのオッサンだが、掘り出し物だぞ。せいぜい頑張って、大事にしてやれ。……まあ、あいつには相当余計なお世話だろうがな!」
悪態をつきながらも、その声はどこか嬉しそうだった。
私は、魂が半分抜けたような状態で執務室を出た。廊下の冷たい空気が当たっても、顔の熱は引くどころか、ますます高まるばかりだった。
(……好きだ)
もはや、認めざるを得ない。
私はこの、アンバランスで愛おしい生き物を、どうしようもなく愛してしまっている。
ギルド本部へと続く大通りを歩きながら、私は自分の右手を何度も握りしめていた。
昨夜の感触が残っている。
ポプリの袋を握り潰し、幻覚の中のドノバンの口内に、私の欲望を叩きつけたあの背徳的な熱量が、皮膚の裏側にへばりついて離れないのだ。
(……私は、どうかしてしまったのか)
エリートとしての矜持も理性も、あの安っぽいポプリ袋と共に白濁に塗れてしまった気がする。
寝不足で充血した目が、朝日に痛い。
だが、不思議と体は軽かった。獲物を定め、その喉笛に噛みつく瞬間を待つ獣のように、神経が研ぎ澄まされている。
ギルドホールの回廊を曲がった先、重厚な執務室の前に、その「獲物」は立っていた。
「……ッ」
ドノバンだ。
朝の光の中に立つその姿を見た瞬間、私の足が止まった。
昨夜、私の妄想の中で足元に跪かせ、その喉奥まで私の欲望をねじ込んだ男が、今は整えられた監視員の制服に身を包み、他の冒険者と談笑している。
その落差。
その「服を着ている」という事実が、逆に私の嗜虐的な情欲を煽った。
(あの服の下に、あの分厚い胸板がある)
(あのズボンの下に、主張の激しい尻と、はち切れそうな太腿がある)
私の視線が、無意識に粘りつくような熱を帯びる。
ドノバンがふとこちらを向き、目が合った。
「あん? なんだセルウィン、顔色が悪いぞ。寝不足か?」
ドノバンはそう言うと、その巨躯を僅かに屈め、小首をかしげるようにして下から私の顔を覗き込んできた。
充血した私の目を確かめようとする純粋な気遣い。だが、その上目遣いのような仕草が、厳つい風貌と裏腹に妙に可愛らしく見えてしまい、私は不覚にも胸を高鳴らせた。
気遣うような、いつもの野太い声。
だが今の私には、その無防備な上目遣いが、昨夜の妄想――私の脚の間に跪き、涙目で私を見上げながら、懸命に私のモノを飲み込もうとしていた姿と重なってしまった。
記憶の中で苦しげに喉を鳴らしていた音色が蘇り、下腹部が甘く疼くのを自覚してしまった。
「……なんでもない。報告に来ただけです」
私は平静を装い、咳払いを一つして視線を逸らした。
だが、この奇妙な膠着状態を、鋭い眼光で見つめる人物がいたことに、私は気づいていなかった。
「何を突っ立っとるか、馬鹿者どもが! とっとと入らんか!」
執務室の扉が開き、地を這うような怒号が響いた。
ギルドマスター・コバム。
小柄なドワーフ族だが、その覇気はドラゴンすら威圧する、このギルドの頂点だ。
執務室に通された私とドノバンは、コバムの机の前に並んで立っていた。
私の隣には、ドノバンがいる。
その距離、わずか数十センチ。
微かに漂う、鉄と土、そしてあの「甘い薬草」の匂いが、私の理性を内側から削っていく。
「……以上、浅層域の生態系は安定傾向にあります」
「ふむ。五階層の件は片付いたか。ご苦労」
ドノバンが野太い声で報告を終え、一礼する。
その横顔を、報告に合わせて動く喉仏を、私は盗み見るように凝視していた。
「次はセルウィン、貴様だ。昨夜の地下水路の件はどうなった」
「は。問題なく掃討完了しました。地下水路第三区画にてリーダー個体を確認しましたが、即座に排除しました」
私は冒険者としての仮面を被り、報告を行った。
だが、意識の九割は隣の男に向いている。
ドノバンが息をするたびに上下する胸板。紙束を持つ、あのごわごわとした節くれだった指。
あの指に、触れられたい。あの胸を、私のモノで汚してみたい。
そんな、報告とは無縁の不埒な思考が視線に漏れ出ていたのだろうか。
コバムが編み上げられた立派な髭をしごきながら、ニヤリ、と老獪な笑みを浮かべた。
「……うむ、ご苦労。ドノバン、お前は下がっていいぞ。セルウィン、お前は少し残れ」
ドノバンが一礼して退室し、重い扉が閉まる。
部屋には、私とコバムの二人だけが残された。
「……何か不手際でもありましたか、マスター」
私が尋ねると、コバムは椅子から飛び降り、短い足でゆったりと近づいてきた。
そして、私の顔を下から覗き込む。その目は、すべてを見透かしているようで、ひどく居心地が悪かった。
「若造。お前さん、あの傷だらけのオッサンが、えらくお気に入りらしいな」
心臓が跳ねた。
カマをかけられたのではない。確信を持った問いだ。
「な、何を……根拠もなく……!」
「ワシの目を誤魔化せると思うな。さっきの視線、ありゃ獲物を狙う発情期の魔獣の目だぞ。……今にも食っちまいそうな顔しとったわ」
図星を突かれ、私は言葉を失った。
威厳など、欠片もない。顔から火が出そうだ。
コバムは、そんな私の狼狽を見て、満足そうに喉を鳴らして笑った。そして、私の肩を叩き、悪戯っ子のように囁いた。
「ま、いい。若いのは結構なことだ。ついでだ、お前さんのその熱烈な恋心に、一つ燃料を投下してやろう」
「燃料……?」
「お前はドノバンの外面しか見とらんだろう。あいつの本当の生態を教えてやる」
カチン、と奥歯が鳴った。
私の知らない彼の一面を、他人が知っている。その事実だけで、どす黒い嫉妬が胃の腑を焼く。
だが、情報は欲しい。私は沸き上がる名状しがたい昏い感情を必死に飲み込み、コバムを睨みつけた。
コバムは、そんな私の嫉妬すら楽しむようにニヤリと笑い、指を一本立てた。
「まず一つ。ドノバンはな、あの図体で酒は一滴も飲めん。完全な下戸だ。祝いの席でもミルクか果実水を飲んでおる」
「……は?」
あの強面の、歴戦の冒険者が? 酒場の喧騒が誰より似合いそうなあの男が、ミルク?
「二つ。あいつは無類の甘党だ。肉より魚、酒より菓子だ。特に街外れの店の激甘パンケーキには目がなくてな、休日はよく一人で並んでおるぞ」
「……パン、ケーキ……?」
私の脳裏に、厳つい顔で、ちまちまとフォークを使ってパンケーキを頬張るドノバンの姿が浮かんだ。
頬についたクリームを、あの舌で舐め取るのだろうか。
その光景の破壊力に、私の膝が少し笑った。なんだ、その可愛さは。
「そして極めつけだ」
コバムはニヤニヤと笑いながら、とどめの一撃を放った。
「あいつ、男のくせに縫い物が仕立て屋並みでな。……あの監視小屋にあるラグマットやらクッション、全部あいつの手製だぞ」
「…………」
思考が、停止した。
脳裏に、先日初めて監視小屋に踏み込んだ時の記憶が鮮烈に蘇る。
無骨な丸椅子に置かれたクッション。足元のラグ。そこには、あの厳つい男の職場には不似合いなほど繊細で、可愛らしい花の刺繍が施されていた。
あれが?
あの、無数の古傷が刻まれ、岩をも砕きそうな剛腕が?
あの、ごわごわとした、太く無骨な指先が?
小さな針を持ち、繊細な糸を通して、一針一針、あの可憐な花を縫い上げていたというのか?
想像してしまった。
監視小屋の薄暗い灯りの下、老眼鏡を鼻先にずらし、真剣な眼差しで針を運ぶドノバンの姿を。
その指先は、きっと驚くほど優しい動きをするのだろう。
私の肌を這う時も、あんなふうに丁寧に、壊れ物を扱うように触れてくれるのだろうか。
「ぐ……っ!」
私は顔を覆い、その場に蹲りそうになるのを必死で堪えた。
尊い。あまりにも、尊い。
傷だらけの巨体を持つ厳つい壮年の男
なのに、下戸で、甘党で、裁縫が得意。家庭的。
そのギャップは、私急所を正確無比に貫いていた。
だが、コバムの追撃は止まらない。
彼は楽しそうにニヤニヤと笑いながら、とどめの一言を放った。
「ついでに言っておくがな。あいつの作る菓子も飯も、そこらの店よりうまいぞ。あいつに餌付けされた若手は数知れん」
私の理性の堤防が、音を立てて崩壊した。
「……嫁に、したい」
無意識だった。口をついて出たその言葉は、私の魂からの叫びだった。
「ぶっ! ぎゃはははは!!」
コバムが腹を抱えて爆笑した。バンバンと机を叩く音が響く。
「嫁!? お前があの熊みたいなオッサンを『嫁』にするだと!? 傑作だな、おい! クールなAランクのエース様が、胃袋まで掴まれる気満々じゃねえか!」
「う、うるさい……! 笑うな!」
「いやあ、いい見世物だ。どうだ効いたか?」
コバムは豪快に笑い、私の肩をバンと叩いた。その目には、いつもの厳しさとは違う、どこか温かい光が宿っていた。
「あいつはな、不器用で、朴念仁で、自分の幸せにはとことん鈍感な男だ。このままじゃ、本当に一人で枯れてっちまう。……ま、あいつに懸想してるのがお前ってのは想定外だが、あいつが誰かと寄り添えるなら、この際性別なんぞどうでもいいわ」
コバムの目が、値踏みするように私を射抜く。
「お前さんのその目、本気だろう。傷だらけのオッサンだが、掘り出し物だぞ。せいぜい頑張って、大事にしてやれ。……まあ、あいつには相当余計なお世話だろうがな!」
悪態をつきながらも、その声はどこか嬉しそうだった。
私は、魂が半分抜けたような状態で執務室を出た。廊下の冷たい空気が当たっても、顔の熱は引くどころか、ますます高まるばかりだった。
(……好きだ)
もはや、認めざるを得ない。
私はこの、アンバランスで愛おしい生き物を、どうしようもなく愛してしまっている。
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
惚れ薬をもらったけど使う相手がいない
おもちDX
BL
シュエは仕事帰り、自称魔女から惚れ薬を貰う。しかしシュエには恋人も、惚れさせたい相手もいなかった。魔女に脅されたので仕方なく惚れ薬を一夜の相手に使おうとしたが、誤って天敵のグラースに魔法がかかってしまった!
グラースはいつもシュエの行動に文句をつけてくる嫌味な男だ。そんな男に家まで連れて帰られ、シュエは枷で手足を拘束された。想像の斜め上の行くグラースの行動は、誰を想ったものなのか?なんとか魔法が解ける前に逃げようとするシュエだが……
いけすかない騎士 × 口の悪い遊び人の薬師
魔法のない世界で唯一の魔法(惚れ薬)を手に入れ、振り回された二人がすったもんだするお話。短編です。
拙作『惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら』と同じ世界観ですが、読んでいなくても全く問題ありません。独立したお話です。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる