銀の流星、古傷の獣を暴く。~エース冒険者は強面おじさんの甘い匂いに抗えない~

ダンディ須賀尾

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第5話:理性が溶かされた夜 ※

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 ギルド宿舎の最上階。Aランク冒険者に割り当てられた上級個室。
 そこは、市場の喧騒けんそうとは無縁の静寂と、洗練された調度品ちょうどひんに囲まれた空間だ。

 だが、帰宅した私は、鎧を脱ぎ捨てるのももどかしく、すぐに浴室へ向かった。
 熱い湯を浴び、今日の出来事を洗い流そうとした。
 それも、無駄だった。

 どれだけ肌をこすっても、脇腹に残るあの「感触」は消えない。
 むしろ、湯気で肌が火照ほてるほどに、あのふしくれだった指の熱さが鮮明に蘇ってくる。

(落ち着け、セルウィン。疲れているだけだ)

 自分に言い聞かせ、バスローブを羽織って寝室へ戻る。
 広々としたキングサイズのベッド。最高級のシルクのシーツ。
 いつもなら、この快適な空間で深い眠りに落ち、明日の探索に備えるはずだった。

 だが、眠れない。
 視界の端に、サイドテーブルに置いた「それ」が入る。
 市場で買った、安っぽい布袋のポプリ。洗練されたこの部屋には、あまりにも場違いな異物。

 私は、吸い寄せられるように手を伸ばした。
 指先で布袋をつまみ上げる。顔に近づける。ゆっくりと、息を吸い込む。

 ――甘い。

 ぶわり、と。
 頭の芯が痺れるような甘い香りが、鼻腔びこうから肺へ、そして血流に乗って全身へと駆け巡った。
 瞬間、湯気でぼやけた頭の中に、あの監視小屋の光景が、暴力的なまでの解像度で再構築された。

『そんなに匂うか?』

 そう言って、自分の胸元をパタパタと仰いだ仕草。
 開いた襟の隙間。無防備に晒された喉仏のどぼとけ
 汗ばんで、しっとりと光る鎖骨さこつくぼみ。
 そして、服の下に隠された、分厚く、弾力のある胸板の陰影。そしてその奥に一瞬だけ見えた、日に焼けた肌とは対照的な、意外なほど淡い色の頂。

「ッ……ぅ……」

 喉の奥から、くぐもった声が漏れた。
 ポプリを握りしめる手に力がこもる。
 これはただの薬草だ。乾燥した植物の死骸だ。
 だが、今の私には、これが「ドノバンそのもの」に思えてならなかった。

 私はベッドに倒れ込み、ポプリを顔に押し当てた。
 まるで、あの男の胸に顔を埋めているかのような錯覚。

 想像してしまった。
 もし、この香りの主が、今、ここにいたら。
 私が、あの無骨ぶこつな手を掴み、バスローブの下へ……素肌の上へと強引に導いたら。
 あのふしくれだった指が、私の脇腹に触れ、傷跡を辿ったら……。

 剣ダコの固い感触が、私の滑らかな肌に引っかかり、熱を広げていく。

(……あの指だ)

 私は、自分の手で自身の脇腹をなぞった。
 違う。これじゃない。こんな綺麗な指じゃない。
 もっと太くて、ごわごわしていて、傷だらけで。
 私以外の誰かを癒やしていた、あの忌々いまいましくも愛おしい手が欲しい。

『痛むのか?』

 低い声が耳元で蘇る。
 心配するような、それでいて大人の余裕を含んだ響き。
 あの声で、私の名前を呼んでほしい。
 冒険者の若造としてではなく、ただの一人の男として。

 ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
 下腹部に、重く、熱い塊が溜まっていくのがわかる。
 視線を落とせば、厚手のバスローブの生地が、股間の一点だけ浅ましくも高く押し上げられていた。

 (……嘘だろ。こんな……)

 見て見ぬふりなどできない。
 たかが乾燥した草の匂いを嗅いだだけで、私の体はこれほどまでに硬く、熱く、あの男を求めてち上がっているのだ。
 その動かぬ証拠が、私の動揺をさらに煽り、同時にどうしようもないほどの興奮へと変えていく。

 理性の堤防が決壊するのは、一瞬だった。
 私は震える手でバスローブの裾を割り、こらえきれずに張り詰めた自身のたけりを握りしめた。

「っ……く、ぅ……」

 熱い。
 自身の体温のはずなのに、ポプリの甘い香りを吸い込んだ脳は、それを別の熱だと誤認しようとしている。

 私は枕に顔を埋め、鼻先には粗末な布袋を押し当てたまま、ゆっくりと手首を動かし始めた。
 粘つくような水音が、静寂な寝室に響く。
 この私が、ただの乾燥した草の匂いに発情し、あられもなく腰を揺すっている。
 その事実が、羞恥心と共に、背徳的な興奮をあおった。

(……違う。これじゃ、ない……)

 快感をむさぼりながら、思考の隅で冷めた自分が毒づく。
 私の手は、魔剣を扱うために鍛えられてはいるが、常に手入れを欠かさないため貴族のように滑らかだ。

 こんな、優男の手じゃない。
 私が求めているのは、もっとゴツゴツとした、ふしくれだった剛腕だ。
 長年剣を振り続け、硬い剣ダコができたあのてのひらで、容赦なく扱かれたい。
 ザラついた指の腹で、敏感な鈴口すずぐちを擦り上げられたなら、どれほどの快感が走るだろうか。

 あの太い指が、私の竿を根元から握りしめ、強引に上下する様を想像するだけで、背筋が粟立あわだつ。

『痛むのか?』

 その時、脳内で再生される野太い声が、再度私の理性をさらに深く犯していった。
 心配するような、低く、腹の底に響く声。あの日、監視小屋で私の鼓膜こまくを震わせたバリトン。

(……ああ、痛い。痛いから、あんたが治してくれ)

 妄想のフェーズが、一段階深く、暗い場所へと落ちていく。
 私の手の動きが変わる。手による愛撫の幻想を捨て、私は腰を浮かせた。

 妄想の中で、私はベッドの縁に腰掛け、その足元にあの男をひざまずかせていた。
 見下ろす先には、傷だらけのいかつい顔。
 あの男が、私の熱をしずめるために、うやうやしくあの無骨ぶこつな唇を開く。

 ジョリ、と。
 想像上の無精髭ぶしょうひげが、私の敏感な内腿を擦り上げる。
 その感触に背筋が跳ねると同時に、私の先端が、ドノバンの熱い口腔こうくうへと飲み込まれた。

「あ……っ、ふぅ……ッ! そうだ、そこ……っ!」

 熱い。狭い。
 手とは比較にならない、圧倒的な密着感。
 乾燥してカサついているように見えたあの唇の奥は、驚くほど濡れていて、吸い付くように私を締め付ける。

 不器用な舌が、私の裏筋うらすじを這いずるように舐め上げ、喉奥の柔らかな粘膜ねんまくが、先端を優しく、しかし強烈な吸引力で包み込んでいく。
 私の手は激しく上下し、その幻覚上の「口」の動きを再現しようと必死になる。

 顔の大きな傷を歪ませながら、私の硬直こうちょくを根元まで呑み込もうと懸命に頭を振る、年上の男の姿。
 いつもは減らず口を叩くあの口が、今は私のものを咥え込み、奉仕することだけに専念している。
 その圧倒的な背徳感と征服欲が、私の理性を削り落としていく。

「んぅ……ッ! もっと……奥まで……っ、ドノバン、さん……」

 私は、顔を埋めていたポプリの袋を引き剥がすと、それを自身の張り詰めた肉茎にくけいの先端に乱暴に押し当てた。
 布越しに触れるドライハーブの感触が、敏感な鈴口すずぐちを擦る。
 私はポプリの袋を、まるでドノバンの頭髪であるかのように強く握りしめ、自身の腰を突き上げた。
 先端を覆う袋の感触を、あの男の無造作な髪の手触りだと錯覚し、喉奥を突くつもりで腰を振る。

 苦しげに眉を寄せ、生理的な涙を滲ませながら私を見上げる瞳。
 その視線を独占しているという優越感。
 Aランクの私が、引退した監視員に奉仕させている。いや、私がこの男に溺れ、懇願しているのか?

 どちらでもいい。ただ、この熱を、あの男の中に吐き出したい。

「あんたが、いい……あんたの口がいい……ッ! 飲め、全部……ッ!」

 無意識に、獣じみた願望が口をついて出た。
 呼んでしまった。認めてしまった。
 それに呼応するように、私の腰の律動りつどうは制御不能な速さへと加速した。
 熱塊ねっかいを押し付けられたポプリ袋が、激しい摩擦と圧力でくしゃくしゃに歪み、悲鳴を上げるように形を変えていく。
 中のドライハーブが砕け、袋の繊維が限界まで引きつる音が、脳内でドノバンの喘ぎ声に変換される。

 その瞬間、絶頂への引き金が引かれた。

「っ、あ、あぁ……ッ!! ッ―――!!」

 視界が白く弾け、腰がぐっと浮き上がり、首をのけ反らせて息を詰めた。
 私はドノバンの名を譫言うわごとのように繰り返しながら、自身の熱い飛沫を、シルクのシーツと、握りしめたポプリの袋へと吐き出した。

 あの口の中に注ぎ込むつもりで、どぷりと。
 白濁が、紫色のポプリ袋を汚していく。それはまるで、私の歪んだ独占欲が、あの朴念仁ぼくねんじんな男を汚し、私の色に染め上げたがっていることの暗喩のようだった。

 荒い呼吸だけが部屋に残る。
 熱が引くことなどなかった。
 むしろ、果てたことで余計に空腹感が増した獣のように、渇望かつぼうがより深く、鋭くなっていた。

 私はけだるい・・・体を起こし、乱れた髪をかき上げた。
 月明かりに照らされた鏡の中、そこに映っていたのは、いつもの冷静な己の顔ではなかった。
 熱に浮かされ、瞳孔どうこうを開き、飢えた獣のようにぎらついた目をした男。
 自らの欲望で汚したポプリ袋を、愛おしそうに指でなぞる、変質者の姿だ。

 そうだ。これは恋だ。
 だが、詩人が歌うような甘やかなものではない。
 私が欲しいのは、彼の笑顔や優しさだけではない。
 彼の時間、彼の視線、彼のプライド、彼の過去、そして彼の肉体。
 そのすべてを、私だけのものにしたい。
 今の自慰のように、私の想像の中で完結させるだけでは、もう我慢できない。

「……クソッ……欲しい」

 私は汚れたポプリを握り潰さんばかりに強く握りしめ、低い声で呟いた。
 あの若者たちにも、ギルドの連中にも、誰にも渡したくない。
 あの男の価値を知っているのは、私だけでいい。
 あの男の肌に、唇に触れていいのは、私だけでいい。

 正気じゃない。馬鹿げている。
 だが、この胸の高鳴りとけだるい下半身の熱が、何よりの証拠だった。
 私は今、人生で初めて攻略難度不明の「獲物」を見つけたのだ。

 手の中の汚れたポプリに、誓いの口づけを落とす。
 自然と口角が吊り上がるのが分かった。鏡に映る今の私の顔は、獲物の喉笛に食らいつく瞬間の獣のように、酷く獰猛どうもうに歪んでいることだろう。
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