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プロローグ

プロローグー2

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「ミシェライア」
「はい、陛下。如何致しましたか?」
「……花を、持ってきた。以前宝石より好きだと言っていただろう」
「……!は、はい。ありがとうございます、陛下。……まあ!綺麗に咲いておりますね。カーネイションですか?」
「その赤は、お前の瞳に合う」
「……ありがとう、ございます……」



「陛下、そろそろお身体をお休め下さいませ」
「……お前が言うのなら」
「さあ、こちらへ。温かい飲み物をご用意しております」



「ミシェライア、どこへ行く?」
「新しいドレスが出来たので、試着を……」
「私も行っても構わないか?」
「それは、勿論ですが……」
「では、行くぞ」



「ミシェライア」

「ミシェライア」

「ミシェライア」




陛下は、まるで懐っこい子犬のようだった。
顔は無表情でこそあったが、国王としての執務の合間に私のもとへ来てくださった。
その様は私の侍女が「陛下はミシェライア様のことを愛しておいでなのですね。これは御子も近いかもしれませんよ?」なんて冗談すら言うほどだ。
子作りは義務ではあるが、そんなふうに冗談を言われるほどに陛下が私に対して甘いというのは少し謎だ。
……一体いつ、私はあの方に好意を持っていただいたのだろう……。

「ミシェライア、見せたいものがある。今、時間はあるか」

そんなことを考えていた時にいきなりの陛下の訪問。しかも見せたいものがあるとは。

「勿論ですが……」
「そうか。では、行くぞ」

それだけ行って、右手を差し出した陛下に、私は従うほかなかった。




「っ陛下、まさか、ここは……!!」
「そう。この国の守護龍が眠る、地下神殿だ」

そこは、本来この国の王族しか立ち入ることが叶わない守護龍である黒龍を祀る神殿だ。
私は結婚したとしてもこの国の真なる王族ではないため、決して来ることは無いだろうと思っていたのに……。

「陛下、私は外の王族の者。このように神聖な神殿に私が来ては……」
「その神聖な神殿の主がお前を連れて来いと言った。問題なぞあるものか」
「ですが……!」
「そもそも、この私の母上もここに来たことがあるという話だ。安心して着いてこい」
「……はい」

陛下は譲るつもりがないようだ。
私を連れてずんずんと先を進む彼の顔は、仄かに普段見当たらない感情が見える気がした。
それは、多分歓喜と呼ばれるもの。
やがて彼が足を止めたのは、神殿の最奥。
当たりを見渡せど何もないことに首を傾げる。
陛下が最奥の壁に声をかけた。

「来たぞ。姿を見せろ、馬鹿者」

……え?ば、馬鹿者?
陛下の言葉に混乱していると、壁に巨大な魔法陣のようなものが一瞬現れ、中心のあたりから陛下の前の床に光線が伸びる。
そしてその光線が、どんどん人の姿を形どった。
それは、肩ほどの黒髪に黒い肌を持つ美少女だった。
額には赤い石が埋め込まれており、その美しさをより強めている。
ふっ、と開かれた眼はまるで……。
それを見て、私はようやくその少女の正体を悟った。
慌ててまじまじと見てしまったことに対する非礼を詫びようとしたが、それを予想していたのか陛下に阻止される。

「へ、陛下……!?」
「お前に詫びるべきことなどない。それより……おいリュート。いつまで寝ぼけているつもりだ。お前が連れて来いと言ったからミシェライアを連れてきたというのに。……リュート!」

珍しくも声を荒らげる陛下に目を白黒させていると、目の前の少女は笑った。

「すまぬな、アウロンド。許せ」
「……はぁ」

陛下と話をしていた少女が、こちらを見やる。
それに、慌てて(今日は慌ててばかりだ)ドレスのスカートの裾をつまんで礼をした。

「み、ミシェライア・リーネ・セラスフィリアです。おめにかかれて光栄です、守護龍様」
「…ほう?お主の妻は随分と聡い。よい女だ」
「……当然だ」
「ミシェライア。その様に畏まらずともよい。もっと楽にせよ」
「は、はい……」

伝説の守護龍相手にどう楽にすれと言うのか。

「ミシェライア。このセラスフィリアの新たな国母よ。セラスフィリアの守護龍、リュートリンドとして、そなたに恩寵を授けよう。丈夫な子を産めるように。そなたに加護を授けよう。その生が穏やかな眠りのように終わりを迎えられるように。そなたに力を授けよう。身に降りかかる災厄を、その手で払いのけられるように」

三つの光の玉が、私の胸の中にすぅっと入っていった。

「……リュート。何を視た」

黙ってその様子を見ていた陛下が、そう尋ねると、花のような顔に似合わぬ老獪さをたたえた瞳で、かの守護龍は告げる。

「国に、良からぬ者が生まれようとしている。先の話だ、頭の片隅にでも留めておけば良い。……だが、その者は王家を、そして国を狂わせる。そなたらの子から全てを。だからミシェライア。そなたには強くあってもらわねばならん。その為の恩寵、その為の加護、その為の力だ」

国に危険が迫るとき、未来視の力でそれを覆すとされる守護龍の力によるものであれば、そうなのだろう。
陛下は僅かに目を見開いていたが、やがて納得したように目を閉じた。

「新たな国王、新たな王妃よ。我が視た未来、見事覆してみせよ。期待しているぞ」

その言葉だけ残し、彼女の姿は消えた。




「私に合わせて呼吸をなさってください、ミシェライア様……、今です、いきんで!そう、その調子です……っ御子が生まれましたよ!」

子を疲れきった体で抱いた時。私は、自身の脳内に凄まじい勢いで知らない記憶が流れ込むのを感じて、目を閉じ……そして、次の瞬間、それが自身の前世であったと思い出した。

「ミシェライア様!?どうかなさいましたか!?」
「……いえ、何でもないわ……」

そう、何でもない。……この世界が前世の妹がやっていた乙女ゲームの世界であり、しかも私が攻略対象の王子の母親になっていたことに気づいて絶望している以外はな!
そもそもこれあれじゃん。ヒロインに都合良いけど周りの登場人物にやたらとBad Endが訪れるっていうゲーム。
……あれ。王子攻略パートだと王妃死ぬって言ってなかったか?妹。
……もう逃げたい……。
そんなことを考えていた時に、腕の中の小さな存在がきゃらきゃらと笑い声を上げた。

「……っ!」

そうだ。少なくともこの子は、私の子なのだ。
攻略対象キャラなだけあって、赤ん坊の頃から顔立ちは整っているし、兎に角天使のように愛らしい。

「生まれたか!」

部屋に入ってきた陛下が、私が抱いている子を見て顔を綻ばせる。

「この子が……」
「ええ、陛下。……名を、つけてあげてくださいませ」
「む。……では、アクロウィス。アクロウィスとしよう。この国を建国した最初の国王、アクロンド。そしてその子である正義王と呼ばれたトルウィス王。この二人の名をもらって。……どうだろうか」
「アクロウィス……。とても、素晴らしく、良い名かと。きっと聡明で気高く……良い王となるでしょう」

アクロウィス。私の息子。私があなたをきっと守るよ。
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