あいつの宝は身近にあった

くるみ

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交渉

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 朝早くに仙台を発ち、青森県に向かった。
 本州一面積が広い岩手県に長時間要し、ようやく青森県に突入した。峠道に差し掛かると、幾度も続くヘアピンコースに千代は車酔いを起こした。
 運転している直人も酔っていた。

 「言っとくけど、俺ん家何にもないからな」
 「大丈夫。うちだって何にも無い田舎だから」
 「まぢで、何もないから!」
 「ねぇ、何か変な匂いしない?卵が腐ったような。うぇ」
 「近くに温泉があるんだよ」
 「温泉⁈行きたい!行きたい!」
 
 急に千代の目が輝き出した。

 「行きたいって、また襲われるかもしれないぞ!」
 「でも、青森で温泉入る事無いかもしれないし。お願い!」

 千代は、頭を下げて両手を合わせた。

 「でも、女湯だと助けられないぞ」
 「お願い!」
 
 千代は、もう一度頭を下げてお願いをした。

 「はぁ。1時間で上がれよ」
 「やったー!」

 木造の建物に軋む床の音。木の天井は、色が濃い所と薄い所があり、趣きを感じる。 
 浴室は硫黄の匂いに包まれていた。白濁色の湯に少し塩味を感じる。

 「あ~~」

 熱めのお湯に体を沈め、自然と声が出た。

 「気持ち良い」
 「本当ね。痛々しい針の跡に硫黄泉はしみないかしら?」

 千代は声のする方を勢いよく向いた。

 「あ、あんた。あの時の?」
 
 千代は座りながら後退りした。隣にいたのは、目が釣り上がったキツネのような雰囲気の女だった。

 「また、抜け出したのね。悪運が強いお嬢さん。大丈夫、襲わないわ。お互い、裸なんだし。今日は静かに話したかっただけよ」
 「誰だか分からないけど、公園で襲った人?話って何?」
 「あなたのボディーガードについて」
 「?…直人さんのこと?」
 「そう。あなたを取り戻す為に。あなたのボディーガードをうちの組に入れようと思うの」
 「組って。やっぱり、あなたヤクザなのね。橘はヤクザとも手を組んでたのね」
 「あの人、無職でお金も無いようだし。組に入って、あなたのお世話係にしようと思うの」
 「はぁ?何で世話係よ?」
 「あなた鈍いわね。あの人、あなたに恋してるわよ」

 突拍子のないことを言われ、千代は固まった。

 「会ったばかりの奴に恋するって、どんな人よ」
 「一目惚れって言葉知らないの?男女が夜を共に過ごしたら、大の大人でも心が傾くわよ」

 焼田は立ち上がり、湯船から出た。胸が大きく、ウエストから足まで細く、羨ましいスタイルだった。

 「あなたのボディーガードと話が着くまで何もしないから、のんびり温泉に浸かってなさい」
 「直人さんは、私を売ったりしない!…」

 同刻。直人はすでに上がり、ロビーで冷たい飲み物を飲んでいた。隣に人の気配を感じ、直人は何気なく見上げた。

 「お久しぶり」

 焼田は直人に微笑んだ。風呂上がりで、長い髪を一纏めにしていた。

 「あんた!は?」

 やはり、直人も焼田の事が分からなかった。

 「あの子と同じ反応するのね。まぁ、私の変装は申し分ないものね。大丈夫よ。今日は一人で来たの。お嬢さんにも、襲わないと伝えて、のんびり温泉に浸かってもらってるわ」
 「じゃあ、今日は何しに来たんだ?」
 「交渉に来たの。単刀直入に私達の組に入ってほしいの」
 「やっぱり、ヤクザだったのか」
 「組に入れば、高収入、高い地位を保証するわ。その代わり、芽依と一緒に来てほしい」
 「芽依?」
 
 直人はポカンとした。初めて聞く名前だった。こいつは、誰かと千代を勘違いしているのではないかと疑問に思った。

 「え?あの子の名前よ?」
 「あの人は千代じゃないのか?」
 「え?あぁ、あの子偽名を名乗ってるのね。じゃあ、あなた芽依の事、何も知らないのね」
 
 直人は焼田の腕を掴んだ。

 「教えてくれ、あの人の事」

 焼田は直人を睨んで腕を払った。

 「触らないでくれる。私に触れて良いのはあの人だけよ」

 直人は腕を離した。

 「あの子は旧姓佐藤芽依。今は橘芽依ね。あの子が2年前、二十歳で橘と籍を入れたのは、特殊な体質を持っているからよ」
 「二十歳⁈特殊?」
 「信じられないかもしれないけど、あの子の血液は病気や怪我を治す万能薬なの。橘はあの子の血液を海外に高く売り付け、がっぽり稼いでるのよ」
 「だから、千代…芽依はあの家に閉じ込められているのか?好きなものも食べられず、自由を奪われて、芽依は命が尽きるまで、そんな事されなきゃいけないのか?」
 「仕方ないわよ。それは、あの子の父親のせいだから」
 「父親?」
 「あの子の父親、仕事やプライベートでも色々トラブルをおかして、橘ともやり合ったそうよ。その謝罪に、あの子を嫁がせたらしいわ」
 「何をやらかしたんだ?」
 「さぁ?本当は私が嫁ぐはずだったのに。あんなブスを嫁にするなんて」
 
 焼田の顔が醜く歪んだ。

 「もう一度言うわ。組に入ってほしい」

 焼田は、直人に顔を近づけた。

 「芽依、あなたといるようになったら、顔色が良くなったと思うの。橘を説得させれば、条件付きで外出もさせられるし、夜のお世話もできるかもよ」
 「ふざけるな!」
 「このままでは、いずれ捕まると思うわ。捕まったら、今まで以上に自由はない。むしろ、早死にするか病院送りにされ、寝たきりのまま血液を絞り取られるかね。できれば、早いうちに返事がほしいわ」

 焼田は立ち上がり、玄関に向かった。
 その姿を凝視していると、芽依が心配そうな顔で直人の元へ歩み寄る。
 
 「直人さん」
 「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」

 直人達が玄関を出ると、直人の携帯が突然鳴り出した。

 「ごめん。出てくる」

 直人は芽依から少し離れ、電話を出た。

 「もしもし」
 「もしもし。工藤直人さんの携帯でしょうか?埼玉警察の高橋という者です。捜索願出されてた、橘千代さんの件でお電話しました」
 「埼玉警察の方ですか。一体何でしょう?」
 「工藤さんが提供して頂いた、ストーカーについて調べたら所、疑わしい事が発覚しまして」

 直人の心臓が爆音を上げていた。自分が橘の秘書ではない事。ましてや、自分が橘邸に侵入したコソ泥だということがバレたのかもしれないと。

 「調べていたストーカー達は、反社会〇〇組に出入りをしていました。もしかしたら、千代さんは、〇〇組に捉えられているのでわないかと」
 「その事なんですが。昨日社長夫人が見つかりまして」
 「えぇ⁈見つかった⁈」
 「自宅に荷物を取りに来てまして。今ホテルで匿っていました。社長に嫌気が刺し、家を出たようです」
 「貸して」

 千代は直人の携帯を取り上げた。

 「もしもし。お巡りさん?私、橘浩一の妻です。橘は、裏社会の人間と繋がっています。目的は、ある商品の高額売買です。私は北海道に向かいます。橘は、私を追って北海道に来ると思います」
 「え⁈奥様でしたか。高額売買とは一体なんですか?」
 「私と関わりがあります。とにかく、あいつを捕まえてください!」

 芽依がそう伝えると、勢いよく電話を切った。

 「よし!じゃあ、直人さんの実家に行こう」

 スッキリした笑顔で、直人に携帯を返した。二人は直人の実家に走り出した。
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