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四章 ミコがやれること

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 どっちにしようか迷ったけど、私は静かに言った。
「そう。お前は私の神託をしりぞけ、ナコクへの備えなど無用と言うのですね」
 どっちかというのは、静かに言うか、怒鳴るか、だ。
 怒鳴るほうに凄味すごみが出るか、自信なかった。

 これだけ馬鹿にされてるの感じると、怒ったほうが負けって気がする。冷静に考えたほうが良い。
 オサは私が記憶喪失だって知ってる。タバナがそう説明したって聞いてるし、そもそも洞窟でのやり取りで、私の様子がおかしいってバレてる。前のカラナが、どれだけ信用されてたか恐れられてたか分かんないけど、今の私が全然相手にされてないのは分かる。
 きっとタバナを連れ戻せとか守れとか言っても、やってくれない。
 しかも、
「そうですね」
 なんて、しれっと言いやがるし。

「不要と存じます」
 ムッカつくわ~。オサにだけ豪雨とか降らせられないかな。
 タンスの角に小指ぶつけて悶絶する呪いとか、かけてやりたい。
 そもそも、それならオサはどうして私と話そうと思ったんだ?
「それならば、今日お前が私に謁見を求めたのは、どういう訳ですか」
 オサがまたお辞儀した。
「恐れながら。ミコ様のお力が、弱くなっておられるのではと懸念いたしております」
 え。そっち?
「以前のミコ様であれば、もっと多くご神託を下され、しかも天気や稲の刈り時など示して下さいました。もうすぐ秋になりますのに、今年はそうしたお言葉を賜われませんのでしょうか」
 そんなこと言ったって。
 だって、そういうのは自然に降ってくるモンなんじゃないの? 見たくて見られる予言じゃないとか言わなかったっけ? 見ようと思ったら見れるの? 占うとか何かするの?
 タバナ、そんなこと言ってなかったよね?
「久方ぶりに受託なされたとお言葉を賜りましたが、そのようなお言葉でしたので、これは成らぬと、急ぎ参上した次第にございます」
 つまり、もっとマシなこと言えってことか。
 戦争とかって、つまらんこと言ってないで。ってか?
 逆に言えば、カラナは日々の天気や作物のことさえ気にしてれば良かったって感じなのかな。
「そうした言葉でないものは受け入れぬ、という訳ですか」
「理屈が通っていれば、お受けして対応いたします」
 って声を小さくしたけど、全然反省とかしてないよね。理屈が通ってないって言ってるよね。

 私は無意識に、オサに向かって手を伸ばしていた。
 すぅっと自分の血の気が引いたのが分かった。貧血で倒れる前みたいな、アレだ。心が冷えていく。反比例して、身体が熱くなってきた。
「ミコ様……」
 オサの顔が、歪んだ。恐怖の顔だ。ああ、良かった、いい気味。こういう顔が見たかった。
 手も熱い。心がふわふわして、ちょっと眠い時みたいになってる。
「私の力が弱くなっている、と言ったね」
「ミコ様! ミコ様!」
 あっ、なんかオサが必死になってきた。足を崩して……っていうか、もう尻込みしてるじゃん。めっちゃ逃げ腰だし。いやもう逃げるよね、これ。
「ミコ様!!」
 悲鳴。
「!」
 やっと、ハッとした。息をついたら、息を止めてたみたいだと分かった。
 深呼吸する。空気を、世界を、自分と遮断してた。
 視線を手元に戻す。良かった、私がちゃんと在る……。
 ってか私は今、どこ見てた? 
 指先からの血が引いていく。反動で冷たくなったけど、それより熱くなってた指先のほうが怖かった。私は何かを出そうとしていた。
 空気の塊? 衝撃? 気? よく分からない。分からないけど見えない、怖いものを打ち出そうとした。
 多分、キヒリと同じヤツ。

 私にも出来るんだ……っていうか、出来るかも知れないんだ、と、分かっただけだけど。でも、これやらない方が良い気がする。集中してただけでも、すごく疲れてる。
「よく、分かりました……」
 オサの声が震えてる。
 カラナはこんなこと、しなかったのかな。こうやって会うこと自体がイレギュラーだから、カラナが出来るって知らなかった可能性もあるよな。
 いっつも偉そうだったもんね。
 でも。
「しかしながら、お力があることと戦の備えは、別の話にございます」
 はぁ? まだ言うか?
 震えてる、消え入りそうな声だったけど、なるだけゆっくり、はっきりとオサは意思表示してきた。
「ナコクがどのように攻めてくるか等が分からないことには、クニの者たちを闇雲に働かせる訳には参りませぬ」
「備えって、だって」
 戦える人たち集めて、武器を揃えてあげれば良いんじゃないの?
「ミコ様。先だっての日照りで作物が育たっていないのは、ヤマタイも同じでございます。充分な収穫がなければ、冬は飢饉で人が死にましょう」
 オサは少し落ち着いてきたみたいで、声に籠もる必死さが倍増されてきた。

 ただの嫌味男なだけじゃない、オサっていう役職ついてるだけのことがある人ってことなのかな。
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