上 下
32 / 63
四章 ミコがやれること

4-5

しおりを挟む
 それからのオサは懸命に、私に説いて聞かせた。

 戦場いくさばの確保、下調べ、迎え討つ罠、道具、武器、何よりも食糧。
 それらの量、時期、配分。何日以内に攻略するか、攻め時は、引き際は。もちろんナコクの情報も重要で、だから作戦会議は重要なのであって、今のヤマタイには、そこまでの国力が、云々……。
 私は戦争ゲームやらないタチだったから、色々聞かされて目が回ってきた。戦争始める前に、そんなに準備しとくモンなの?!
 なんか準備の時点で、すでに勝敗ついてそう。それでも、やってみないと分からないモンなのかねぇ。こっちの世界にだって、戦争は溢れてるもんね。

「分かった。よく分かりました」
 思わず、また手を上げてしまい、オサをギクリとさせてしまった。オサがシュンと口を閉じる。あ、いや、今のはそんなつもりじゃなかったんだわ。
「オサの言い分は分かりました。ですが、だから戦争できません、で、済む話ではない」
 本当に攻めてくるかは分からないんだけど。でも、あり得ない話じゃない。
 タバナが持ってった使者の首が、戦争勃発になるかも知れないし。私を暗殺するつもりだったなら、それが失敗したとなったら、今度は戦争だって思ってるかも知れないんだし。
「攻め入られたら? 降参してナコクの言うこと聞くのですか?」
「そうするしかないかと……」
 また消え入りそうな声になっちゃった。
 けど今度の声には、何か含みが感じられた気がした。
 さっき考えてた陰謀説が頭をよぎる。せっかく忘れかけてたけど、オサが手引きしたんじゃない? ってぇ疑問が湧く、この態度。

 とはいえ、ナコクが攻めてくる想定はしてないよね。きっと。
 それはない、って、ハッキリ言うぐらいだもん。何かの密約交わしてんじゃない?

 分かりましたと打ち切って、私は社に引っ込んだ。神託を受けたら、すぐに伝えますと言って。
 オサも帰っていったのが、気配で感じられた。やっぱり、まったく分からない訳じゃない。ヒタオがこの世にいないことだって、感じるんだし。
 テラスを後にして奥に引きこもった私は、ある決意をしていた。
 タバナに会おう、と。
 ヒタオが亡くなってから一度も会っていない、タバナ。会えなかったのか会わなかったのかは、分からない。私は会いたかったけど、ヒタオのこと考えたら、呼びつけるなんて出来なかった。
 それに望まれてもないのに無理に会っても、どんな顔されるかと思ったら、怖くて会えない。タバナだけは私を憎む権利がある。と、思う。
 ヒタオは、私のせいで死んだんだから。
 自分の奥さんだったんだもん。
 でも。

 そんなこと言ってられない事態になってきたのだ。会わなきゃ、取り返しのつかないことになったら、それこそヒタオに合わせる顔がない。
 ナコクに行ってしまったタバナ。
 ナコクの使者の首を持って。
 まだ、オサの立ち位置が分からないけれど。
 でも、敵国に敵の首を届けるなんて、現代じゃ考えられないから、私は、私が出来ることをする。タバナを殺される訳には行かないのだ。
「フツ、今から瞑想するわ」
 オサとの謁見は午後からだったので、終わったら日暮れ近かった。私は正装を脱がせてもらいながら、意識を集中しはじめる。
 時間がない。ナコクがどれほど離れているのか分からないけど、もうタバナは着いただろうか。手前のムラに泊まったり、野宿になってたりするかな。
 捕まえられたら、良いけれど。
 タバナの意識を。

「お食事はいかがなさいますか」
 いらない……と言いかけて、ハッとする。この時代のご飯って、レンジでチンじゃないんだし。炊飯器もないし。作るの、どれぐらいかかるの?
「もう……作ってあるよね?」
「それは、はい」
 フツが素直な子で良かった、というべきか。ヒタオだったら、こういうの察して「まだですよ」って言いそう。
「フツたち皆で分けて、食べておいてくれる? 私は食べられないから」
 食べても行けそうな気はするけど、もし失敗したら嫌だし。まだツウリキに慣れてないんだから、万全にしておきたい。
 フツが目を丸くして慌てた。
「そんなこと! 出来る訳がございません! ミコ様のお食事は、ミコ様のものです。召し上がらないのであれば、お持ちしないだけですから!」
「で? 捨てるの?」
 保存、効かなさそうじゃんね。
 フツが、ウッと詰まった。だよね。
「食べて。これは命令よ」
 そう言われても、困り顔。
 ミコと同じもの食べたら、バチが当たるとか思ってる? 思ってそうだなぁ。
「大丈夫。フツたちの身体に合うよう、変わりなく美味しく食べられるようにしておくから」
「それであれば……でも、そんな、恐れ多いことを」
「私の都合なんだから良いよ。これからは、フツたちにも力をつけてもらわないと困るからなの」
「承知いたしました。謹しんで頂戴いたします」
 深々とお辞儀されると、ちょっと罪悪感がわくけど、でも、元気でいて欲しい気持ちは嘘じゃないしな。ご飯もったいないし。
 口からでまかせだけど、まさかの、そんな言葉で納得してくれるとはビックリだ。ツウリキ恐るべし。
 とりあえず、これで部屋には一人。静かになった。

 ロウソクが揺れて、室内の影を踊らせる。もう、かなり暗い。
 フツには、明け方に見に来てと頼んだ。ひょっとして私の身体に何かあったら、証人になってもらわなきゃいけないし。
 精神をだけ飛ばすつもりだけど、肉体も飛んでったり、逆に精神が殺されたりとか、戻って来れなかったりとか、そんなことになっても困る。
 おぼろげに覚えてる、最初の頃に出会った声。
 私を殺そうとしてきた、白い影。
 あれが、また現れるかも知れないのだ。

 壇上に座り、肩を上げ下げした。
 さぁ、かな?
しおりを挟む

処理中です...