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五章 ミコたる力

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 ナコクの使者にくっついてたキヒリがナコクにいても、おかしくない。……かも知れない。
 でも。
 誰も憶えてない、キヒリという存在。
 使者は私たちのクニで、首をはねたというのに。奴隷だと紹介されてたキヒリが、なんで、のうのうとナコクにいるの?
 しかも何か、偉い人たちがいそうな建物の一室から気配が感じられるのは、どうしてなの?
 一言、話しかけてきたっきり動かない、キヒリの気配。私を攻撃するわけじゃないのかな。誘われているようにも思える。
 来いってか?

 上等だ。
 こっちは今、身体を置いてきてる。簡単には殺されない……と思う。殺されないと良いな。
 慎重に身体を下ろす。浮き上がったのも簡単だったけど、下りるのも力加減しないと、一気に下りすぎて部屋の中の人を蹴り飛ばしたら大変だ。蹴っても踏んでも気付かれないかも知れないけど。
 なんなら、キヒリを蹴り飛ばしてみたいけど。
 でも、返り討ちに遭いそうだしな。

『日神子、面白いね。殺すのが惜しいほど面白いとは思わなかった』

 クスクスと笑うイメージ。

 そうっと屋根をすり抜けて、部屋の天井あたりに身体を置くと、中には5~6人の偉そうなおじさんが円陣を組んで座っている。木造の、立派な部屋だ。切り出した床板が綺麗に揃ってるし、そこに敷かれてる毛皮もなめらかで、座り心地が良さそう。心なしか部屋がひんやり涼しいのは、風が通ってるから?
 部屋の隅に壺がいくつか。
 そこにキヒリは……いない。見当たらない。
『こっちだよ』
 という声は、から聴こえた。

 それと同時に飛んできた、殺気。

『?!』

 ヒュッと音が聴こえた気がした。
 ひるがえした身体の側を、鋭い空気が通っていった。まさか生身じゃない幽体が、襲われそうになるなんて。幽体なのに……触ってたら切れただろうなって思えた。
 良かった、警戒してて。あのキヒリだもん、どこからどう来るか分からない。
『なかなか機敏じゃん。よく使いこなしてるね』
 感心した風な、からかい混じりの声。使いこなしてるってのは、身体を? 幽体を?

 背後に、キヒリも宙に浮いていた。謁見に来てヒタオを殺した、あの時と一緒の姿だ。まるで生身が浮いてるみたいに見える。
 ……そうか。
 謁見の時も、あれは、幽体だったんだ。多分。
 ただし今の私と違って、全員が、その姿が見えていたほどの力だったけど。だから、すぐに消えることが出来たんじゃないかな。しかも、みんなに忘れられるように出来た。ような気がする。
 ひょっとしたら、みんなから見えてたキヒリの姿も違うものだったのかも知れないな。私が見てるキヒリは、この世界にそぐわないほど現代的だ。今も。
 タバナの見てたキヒリも、私と同じみたいだったけど……共通項「茶髪」ってだけじゃ、答え合わせにならないな。

 茶髪。ショート。アシンメトリー。あり得ない。
 服は、この時代の着物なのに。でも体格や顔の形も、なんか違う気がする。敷いて言えば、私と同じ。
 とかって考え事してる暇なく、キヒリがまた私に手を差し伸べてきた。
 来る!
 今度は私も、「力」を出せた。
 彼と私の間で爆ぜる、力。どうしてだろう、ちょっとだけ押せてた気がする。とか、私のが力が弱い気がするのに。
『くっ』
 と、キヒリが顔を歪める。表情までハッキリ見えてることに、ふと疑問が湧いた。
 私の姿は、キヒリにどう見えてるんだ?
 いや、タバナが幽体になって私と会ってるのも2回はあった。あの時タバナには、私がどう見えてた?
 ヒタオだって。最後の、あの言葉……。

『余裕じゃん』

『!』

 いやいやいや人が考え事してるの妨げないで頂きたい! 不意打ちばっかり! 余裕なんかないっての!
 間一髪で避けた力が、失速して……消えるのかと思いきや、室内に激突した。
 ドカン! という破壊音。
「わぁあぁ?!」
「何だ、何が起こった!」
「壁が!」
「敵襲か?!」
 さっきまで円陣組んで議論してたっぽいオジさんたちが、わたわたと慌てている。そりゃそうだろう、から、いきなり襲われたのだ。石みたいな空気の塊が降ってきた、だなんて、分かる訳ないよな。

 敵襲という言葉を使われて、ハッとした。
 そろそろタバナが着いちゃうんじゃないか?!
 なんとかしないと!

『っていうか、ちょっと待ってよ、キヒリは私を殺したいの?!』
 すっごい今さらだけど。
 私はキヒリを殺したいけどさ。
 でもキヒリは、あの時は私に「日神子、来い!」って言ったんだよ。なのに殺そうとしてきた。どっちよ。
『どっちって……』
 と、キヒリが呆れてる。
『君、君がどういう存在なのか分かってないのかい?』

『……え?』
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