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五章 ミコたる力

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 なんなんだ、この「ふりだしに戻る」みたいな展開は。
 ここ完全に、あの洞窟じゃん?
 人が身体を離れてる間に、なに移動させてくれちゃってんのよ。
 手と胴体だけじゃなく足まで全部ぐるぐる巻きにされてるから、痛いし暑いし動けないし。これだけされてても気づかない私も迂闊うかつだけど、それどころじゃなかったしな。

 最初ふんわり甘いと感じたはずの空気に、悪臭が混じった。身体に感覚が戻ってきたみたい。
 あの時よりも臭いがキツい。夏だからだ、洞窟の奥から腐った臭いがする。
 猿ぐつわされてて鼻呼吸しか出来ないから、余計に辛い。
 何だろう、虫の死骸とか、水溜りが腐ったとか、そんなのかな。
 木造住宅の快適な生活に慣れちゃったからか、地面が硬くて辛い。背中が痛い、何か当たってる。身をよじったけど、他の何かが肩に当たった。

 で、頭の側には、見たくない人間の靴がある。いつ私の頭に振り下ろされるかと思うと身がすくむけど、そんなの絶対、表に出したくない。
 私は顔を上げて、オサを睨んだ。
 私の渾身の怒り顔に向かって、オサは、気の毒そうに見下ろしてきた。

「哀れなミコ様」

 芝居がかってる、歌うような嘆き。また洞窟の外に、何人かが控えてんのかな。
「昨今のおかしな神託を心配しておりましたら、まさか物の怪に憑かれてらっしゃったとは! これは儀式を設けて、ミコ様の御身体から物の怪を引き剥がす他にないと、決意した次第にございます」
 外に向かって大声で話してるから、外にいるムラの皆に説明してるんだろう。そりゃそうだな、オサからしたら、今の私は物の怪だってんだから。
 でも言葉は明らかに、私に向かって説明している内容だ。
 オサが振り返って私をさげすんで、笑っている。

「ミコ様の御身体から、すぐに物の怪を取り除いてしんぜましょう。ミコ様の御力が戻れば、炎の中からよみがえるなど、容易たやすきこと!」

 ちょっと待てーっ!!
 そんな芸当できるの?!
 いや多分、出来ないだろ!
 めっちゃ公開処刑じゃん!

 それで死んだら、こいつ「ミコ様ではない、物の怪だったのだ」とか言うんかしら。代わりの人間とかまで用意してそう。
 オサがナコクと取り引きしてるかも知れない線も、残ったままだし。ってかキヒリはどこ行ったよ、あんちくしょう。タバナだって戻ってきてないし。
 ……。
 そう。
 タバナをナコクに追いやった、今がチャンスだと思ったんだろうな。オサは。
 しかもミコ様、瞑想中。意識がないどころか、意識、お外に出てたからね。そりゃ捕まえるのも容易たやすかったろうね。
 フツやトワダたちは無事かな。私をかばって、酷いことされてなきゃ良いんだけど。様子を見たくても、今は幽体離脱したら多分、そのまま昇天するヤツだ。力を使いすぎた。もう、いつぞやの、中身がお空に飛んでってた、あの時ぐらい気が遠くなってるし。
 洞窟の出口は頭の位置より上にあって、光は差し込んでくるものの、外が見えない。

「では明日の夜に、」
 と続けるオサに、誰かが「お待ちを!」と声を上げるのが聴こえた。でも男の人の声だ。
 私が知ってる男の人は、タバナとオサだけだ。
 もちろん、キヒリでもない。
 誰?
 声の主が続ける。
「今はまだ月が満ちておりません。満月の3日後を待たれたほうがよろしいかと存じます!」
治佐チサごときがワシに意見するか?」
 治佐か!
 いたな、そんな人!
 フツと連絡とってくれてた役職の人だ。
「ミコ様の御神託は、大事を月の満ちたる時に成せと、仰せになられていたかと」
 治佐は堂々と言いきって、迷いのない声をしている。私そんなこと言ったっけ、言ったかな、みたいな、こっちのほうが戸惑う自信だ。
 もしくは前ミコ様が言ったことかも知れない。

 抵抗するかと思ったオサは、意外にあっさり「うむ」って呑んだ。
「だがミコ様の身を解き放つことは、まかりならぬ。このまま洞窟にて時を待ち、3日の後に儀式を執り行なう。それまでの間に、やぐらと焚き木の用意を整えよ」
「……はっ……」
 何か言いたそうな治佐の声が小さくなって、承諾に変わった。助けようとしてくれたんだろうな。でも物の怪憑いてるとか言われたら、そりゃ、そこまでは無理が言えないってところか。
 ありがとう、治佐。
 まだ顔も見たことない人だけど。
 タバナ以外にも味方がいるって分かるのは、ものすごく心強い。
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