43 / 63
五章 ミコたる力
5-8
しおりを挟む
オサが洞窟から消えて、日も翳ってきた頃。疲れすぎててか眠れない私が、身体痛くてゴロゴロしていたら……洞窟前に見張りの人がいるのかな、ちょっと話し声が聴こえた。足音が近づいてくる。
それと同時に私の鼻に、悪臭以外の良い匂いが漂ってきた。
途端に、お腹が鳴った。
「……」
思わず笑いそうになってしまった。
疲れすぎて寝れないっていうより、お腹空きすぎてて寝れなかったのかよ、私。
幻聴ならぬ幻香とでも言うところかな。幻じゃありませんようにと思いながら、頭上に目を向けたら、人がしゃがみ込んで来るところだった。
両手で、大事そうに椀を包み持っている。
「ミコ様……」
さっきと同じ声だ。
治佐。
呼びかけたかったけど、あいにく猿ぐつわが邪魔だ。
すると治佐が、私の側に椀を置いてから、猿ぐつわを解いてくれた。
「あの時は、お召し上がりになられませんでしたが……」
と、おずおずと話してくれるのを聞いて、やっと、もうひとつ思い出した。最初に、洞窟に縛られてた時に、ご飯持ってきてくれてたのも、治佐だったのか。
あなたが……と言いそうになってから、言葉を変えた。
「治佐。感謝します」
と呟いたら、治佐が膝から崩れて座り込んで、泣き出すじゃないか!
ちょ、ちょっ?!
「ミコ様……やはり、物の怪に憑かれてなどおられないのですね」
「……」
いや。
ある意味、私がカラナに憑いてるとも言えなくはないかも知れない。と思ったら、自信なくなってきた。
私は、自分が物の怪じゃないですって言い切れない。中身は、皆が知ってるミコ様じゃない。それを指して物の怪だと言われるなら、私がそうなんだろう。
「自信はありません」
「ミコ様……?」
治佐がキョトンとして、涙を引っ込める。不可思議な顔を向けてくる彼の目を見て、私はハッキリ言い切った。
「けれど、あなた方を傷つけたりは、決して、しません」
この世界に来て、私が絶対に守らなきゃいけないものだ。他のクニの人たちまでもが守れれば、それに越したことはない。でも、そんな理想はひとまず横に置いておく。
私は、ヤマタイを守るミコだ。
ナコクが、もう攻めてこない保証はない。
もし、まだオサがナコクと通じてヤマタイを乗っ取る気でいるなら、あんな脅しぐらいじゃナコクは退かないかも知れない。
ミコを捕えたから、安心して攻めて来いとか言い出してもおかしくない。
タバナがどんな交渉して来るか、そもそもナコクに到着できたかも分からないけど。でも今は、タバナが無事に帰ってくることを願うしかない。もしくは、もう一度飛べるように、私は体力を取り戻さないといけない。
ムラの皆が、どうなってるかも心配だ。戦の準備とか、させられてないだろうか。
「治佐、フツやトワダたちは無事?」
「ミコ様……!」
って、また泣き出しちゃった。
治佐は結構、年寄りなのかな? 皆さんツーテールみたいな変な髪型と髭で統一されてるスタイルだから、年齢不詳なんだけど、タバナが17歳とかって聞いたから、そんなモンかと思ってたわ。
カラナが19歳だもんね。
オサは、もうちょっと年上だろうけど……そもそも、この世界での寿命って、いくつぐらいなんだろ。50歳ぐらいまでは生きられるのかな。
おいおい泣いてくれる治佐を見てたら、和んできた。ホッコリ。こんな状況だけど。
治佐は『下々の心配をしてくれるミコ様』に感動したんだなとは分かるんだけど、そんなことに感動してくれる治佐に、こっちが感動するというか。私という存在を許してくれてる感じがして、救われる。
治佐が腕で涙を拭いて、力強く頷いてくれた。
「無事です。というか抵抗せぬよう伝えましたので、すんなりとミコ様をお連れ致しまして……誠に申し訳なく……」
「いいえ」
どんな風だったのかは想像するしかないけど、きっとオサたちは、社に上がってきたんだろう。フツたちが私を外に出したとは思えない。触るなんて、近づくことすらも怖がってくれてる子たちなのに。
「よく判断してくれました。皆が無事なら良かったです」
って言ったら、また泣きそうだなと思ったけど、今度はグッと堪らえてくれた。
じゃあ、そろそろ頂こう。
「治佐。椀を」
「え……あっ」
察した治佐が、私の側に椀を寄せてくれると、すぐに立ち上がり、離れた。私が犬食いするしかないのを、見ないように気づかってくれたのだ。
それでも、どこか嬉しそうだったのは、私が「食べる」という選択をしたからだろう。前回の私はハンストして、水一滴すら口にしなかった。
治佐の人柄からすると、食事を運んでも食べようとしなかったミコ様のことが、心配でしょうがなかったんじゃないかな。あの時も話しはしなかったけど、気の毒そうな、どこか尊敬してるような空気をまとっていた。
死にたかった、あの時とは違う。
私はうつ伏せになり頭を上げて、お椀に顔を突っ込んだ。
鼻とか顎とかに、ぐちゃぐちゃにお粥がくっついたけど、構わない。そうしなきゃ口に入らないんだ、汚れたのは、助かってから洗えば良いことだ。排泄だって何だって、生きてりゃ出るんだ、後で洗えば良いことだ。
ほどよく冷ましてくれてあるご飯が、喉を通って胃に入って、熱をくれる。私の身体を作る。活力をくれる。
生きてやる。
それと同時に私の鼻に、悪臭以外の良い匂いが漂ってきた。
途端に、お腹が鳴った。
「……」
思わず笑いそうになってしまった。
疲れすぎて寝れないっていうより、お腹空きすぎてて寝れなかったのかよ、私。
幻聴ならぬ幻香とでも言うところかな。幻じゃありませんようにと思いながら、頭上に目を向けたら、人がしゃがみ込んで来るところだった。
両手で、大事そうに椀を包み持っている。
「ミコ様……」
さっきと同じ声だ。
治佐。
呼びかけたかったけど、あいにく猿ぐつわが邪魔だ。
すると治佐が、私の側に椀を置いてから、猿ぐつわを解いてくれた。
「あの時は、お召し上がりになられませんでしたが……」
と、おずおずと話してくれるのを聞いて、やっと、もうひとつ思い出した。最初に、洞窟に縛られてた時に、ご飯持ってきてくれてたのも、治佐だったのか。
あなたが……と言いそうになってから、言葉を変えた。
「治佐。感謝します」
と呟いたら、治佐が膝から崩れて座り込んで、泣き出すじゃないか!
ちょ、ちょっ?!
「ミコ様……やはり、物の怪に憑かれてなどおられないのですね」
「……」
いや。
ある意味、私がカラナに憑いてるとも言えなくはないかも知れない。と思ったら、自信なくなってきた。
私は、自分が物の怪じゃないですって言い切れない。中身は、皆が知ってるミコ様じゃない。それを指して物の怪だと言われるなら、私がそうなんだろう。
「自信はありません」
「ミコ様……?」
治佐がキョトンとして、涙を引っ込める。不可思議な顔を向けてくる彼の目を見て、私はハッキリ言い切った。
「けれど、あなた方を傷つけたりは、決して、しません」
この世界に来て、私が絶対に守らなきゃいけないものだ。他のクニの人たちまでもが守れれば、それに越したことはない。でも、そんな理想はひとまず横に置いておく。
私は、ヤマタイを守るミコだ。
ナコクが、もう攻めてこない保証はない。
もし、まだオサがナコクと通じてヤマタイを乗っ取る気でいるなら、あんな脅しぐらいじゃナコクは退かないかも知れない。
ミコを捕えたから、安心して攻めて来いとか言い出してもおかしくない。
タバナがどんな交渉して来るか、そもそもナコクに到着できたかも分からないけど。でも今は、タバナが無事に帰ってくることを願うしかない。もしくは、もう一度飛べるように、私は体力を取り戻さないといけない。
ムラの皆が、どうなってるかも心配だ。戦の準備とか、させられてないだろうか。
「治佐、フツやトワダたちは無事?」
「ミコ様……!」
って、また泣き出しちゃった。
治佐は結構、年寄りなのかな? 皆さんツーテールみたいな変な髪型と髭で統一されてるスタイルだから、年齢不詳なんだけど、タバナが17歳とかって聞いたから、そんなモンかと思ってたわ。
カラナが19歳だもんね。
オサは、もうちょっと年上だろうけど……そもそも、この世界での寿命って、いくつぐらいなんだろ。50歳ぐらいまでは生きられるのかな。
おいおい泣いてくれる治佐を見てたら、和んできた。ホッコリ。こんな状況だけど。
治佐は『下々の心配をしてくれるミコ様』に感動したんだなとは分かるんだけど、そんなことに感動してくれる治佐に、こっちが感動するというか。私という存在を許してくれてる感じがして、救われる。
治佐が腕で涙を拭いて、力強く頷いてくれた。
「無事です。というか抵抗せぬよう伝えましたので、すんなりとミコ様をお連れ致しまして……誠に申し訳なく……」
「いいえ」
どんな風だったのかは想像するしかないけど、きっとオサたちは、社に上がってきたんだろう。フツたちが私を外に出したとは思えない。触るなんて、近づくことすらも怖がってくれてる子たちなのに。
「よく判断してくれました。皆が無事なら良かったです」
って言ったら、また泣きそうだなと思ったけど、今度はグッと堪らえてくれた。
じゃあ、そろそろ頂こう。
「治佐。椀を」
「え……あっ」
察した治佐が、私の側に椀を寄せてくれると、すぐに立ち上がり、離れた。私が犬食いするしかないのを、見ないように気づかってくれたのだ。
それでも、どこか嬉しそうだったのは、私が「食べる」という選択をしたからだろう。前回の私はハンストして、水一滴すら口にしなかった。
治佐の人柄からすると、食事を運んでも食べようとしなかったミコ様のことが、心配でしょうがなかったんじゃないかな。あの時も話しはしなかったけど、気の毒そうな、どこか尊敬してるような空気をまとっていた。
死にたかった、あの時とは違う。
私はうつ伏せになり頭を上げて、お椀に顔を突っ込んだ。
鼻とか顎とかに、ぐちゃぐちゃにお粥がくっついたけど、構わない。そうしなきゃ口に入らないんだ、汚れたのは、助かってから洗えば良いことだ。排泄だって何だって、生きてりゃ出るんだ、後で洗えば良いことだ。
ほどよく冷ましてくれてあるご飯が、喉を通って胃に入って、熱をくれる。私の身体を作る。活力をくれる。
生きてやる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる