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六章 ミコである意味

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「タバナ!」
「ミコ様、ご無事ですか!」

 ザッ!と土を蹴って駈けてきて、私をかばって立ちはだかってくれたタバナ、カッコ良すぎ!
 めちゃくちゃ急いで来たのが分かる、ツーテール外れちゃって、ボサボサだけど長髪をおろしてるんだもん。絶対そっちのが良いって! あとは髭を剃れば!
 落ち着いたら、ミコ命令で髭を剃れって言ってみよっと。
 一緒に遠征してた兵士は、まだ誰も来ていない。タバナだけが戻って来たのだ。だって昨日の今日だしね。
 タバナが言う。
稲佐イナサらを交渉役として、ナコクに向かわせました。私はミコ様がナコクに行かれた後、考えを改め、すぐさま戻って参った次第です」
 なるほど、それなら納得が行く。幽体離脱した私を追うより、事を成した私がヤマタイの身体に戻る時に間に合ったほうが良いと判断した、ってことだ。
 私を止められないって判断されたのは、喜ぶところなのか微妙だけど。

 戻って来てくれたことが、タバナの姿が、めちゃくちゃ心強い。不安が吹き飛ぶ。代わりに、気持ちがたかぶる。
 勝てる。

「おのれ、タバナ!」
 タバナのツウリキに阻まれて動きを封じられたオサが、剣を抜いた。実力行使ってか。
「トサ!」
 タバナが叫ぶ。トサも短く応じて走り込み、二人でオサを囲うように立った。連携ピッタリだな!
「オサ、降伏なさい。逃げることも叶いませんよ」
 ここぞとばかりに私もツウリキを放って、中のヤツの力を封じる。中身にも逃げられる訳には行かない。
 戦いながら感じてたことだけど、オサの中に入った人の名前を私、忘れてきてる。こんな簡単に短時間で忘れちゃうなんて変なのに、どこか納得もしてる。だって私が、そうだから。
 顔はまだ、何となく分かる。ボンヤリとだけど見えてるから。
 でも明らかオサの力が足りてないから、はっきりとは見えないし、ツウリキも弱いのだ。
 どうしようかな、便宜上、エセオサとでも呼ぶか。

「あいにくだったね。入れる、操れる身体オサにツウリキが少なかったばっかりに」
「おのれ……!」
 エセオサが吼える。身体を選り好みしてる暇じゃなかったんだろうな。昨日、死にかけてたし。
 きっと幽体のまま、消えちゃう怖さにおののきながら、誰かの身体に入れる機会を狙ってたに違いない。
 けど、その身体乗っ取りを自国ナコクじゃなくヤマタイでやったって辺りが、どんだけ私の身体に執着してんだよ! って思う。私の身体……って言い方も、どうかとは思うけど。でもカラナの気配ないからなぁ。
 速攻で乗っ取れるつもりだったのかなぁ。
「身体をよこせ!」
 そう言われましても。

「俺のほうが、その身体を上手く使える! ヤマタイも豊かになる!」
「どうだか」
 エセオサが、カッとなってる。

「貴様、歴史を知らんだろう! 早く遣唐使を向かわせねば手遅れになる!」

「え……」

 遣唐使?

 いや、さすがにそれは知ってるよ。
 小学校で習ったじゃん。
 遣唐使、遣隋使。どっちがどうだったかとかは、忘れちゃったけど。あれって聖徳太子じゃなかった? 卑弥呼なの? エセオサも現代人ってことだよね?
 ってか、やっぱり……。

「……え?」

 オサの叫びに私が固まり、私が固まった表情を見て、オサも固まった。

「ミコ様!」
「!!」

 固まったオサの動きに油断したタバナたちの隙をついて、
「うがぁっ!」
 とオサが剣を振りかぶったのだ!
 嘘、私に向かって投げるの?!
 物理攻撃はマズいわ!
 トサも剣を振りかぶった。タバナが私を、とっさにかばう。トサが間に合わない! 待って、これタバナが斬られる! 嫌だ、ヒタオの二の舞は嫌!
「タバナ!」
 悲鳴を上げた。

 が。

 剣は、違うほうを向いていた。私たちを斬らなかったのだ。そしてそこへ、トサの剣が振り下ろされた。
「!!」
 トサ、慌てて切っ先の向きを換えたけど、間に合わなかった。オサの肩を砕いた後、地面をガチンと叩いた音が、やけに響いた。それを聴きながら私は、この時代の剣って鉄じゃないし斬れ味悪いから、スパッとは行かないんだな……と、明後日なことを思った。
 表面だけとかお腹だと、柔らかいから斬れるし刺さるんだ。

 オサの剣は、オサのお腹に、深々と埋まっていた。
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