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七章 おやすみミコ様

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 オサの意識はもう、ない。
 エセオサも……なんだっけ、ちょっと思い出したんだけどな。名前。もう忘れちゃった。
 元々の名前も思い出せない。同じようでいて、違う時代から来てた男の子。最初に入ってた身体が老衰で亡くなり、相性の合う身体を探して、点々とし……カラナの身体に辿り着いた。
 カラナがヤマタイを嫌がり、自分の境遇を嘆き、自由になりたがっていたのを良いことに、心に接触して殺し、身体を乗っ取ろうとした。

 という、そんな記憶も薄れて来てる。
 憶えてることもあるけど、そもそも4人分もの記憶を持っておくなんて出来ないんだろう。ってか自分一人の記憶ですら怪しいし。
 忘れたくても忘れない記憶もあるんだけど。
 強烈な感情とか。
 殺したいほど憎んだ、日神子。という、オサの感情が、取れないシミみたいに脳裏にこびりついている。ちょっと反省したからって簡単に消えたりしない。
 ずうっと……娘をタバナに嫁がせた時から、ずっと、後悔していたんだから。娘の惚れた男がミコ様の弟などでなければ、どんなに幸せだったか分からないのだから。
 ミコ様から受けていたイジメは、それはそれは辛辣で手の込んでいる、分かりにくいものだったから……。

 眠れない夜、暗い天井を眺めながら考える私は、オサの記憶に重ねて、カラナの記憶も掘り起こした。カラナもヒタオを憎んでいた。と同時に、愛してた。
 寝れなくてグダグダしてたら、ヒタオが来て起こしてくれて……2人で、夜空を見上げたっけなぁ。お姉ちゃんがいたら、あんな感じなんだろうなと思ったもんだった。あんなに温かい感情を胸に持ってたカラナが、ただ嫌いだってだけで辛辣なイジメなんてする訳がない。……と思う。
 人の心って、複雑だ。
 ホントにやっちゃった時も、あったのかも知れないしな。でも、その記憶はない。無意識かも知れないけど、カラナの中ではなかったことになってるんだろう。
 元気になったら、また星を見よう。
 そう思う私は、まだ寝たきりだ。

 なかなか回復しない。
 幽体離脱から戦争して戻ってきたら監禁されてて……というトリプルコンボで、心身ともにガッタガタ。
 トリプルどころじゃないな。処刑されかけて雨を降らせたツウリキも、我ながらよく出せたなって感じだったし、それに加えて、オサとエセオサの魂まで背負わされるし。
 考えてみたら私、死んでてもおかしくないことやってね?
 まぁ、それだけ死にたくなかった、死にたくなくなったってことだな。
 この身体、ミコ様に架せられてる使命を知って、全うしようと決意しちゃうぐらいには気力もある。
 身体がついてきてないだけで。

「ミコ様。お加減は」

 フツが、心配げに朝ご飯を持ってきてくれる。
 うわぁ、朝になっちゃったか。ちょっとは寝れたのか。でも、まだ寝たいよう。
 自力では起きられないので、フツが起こしてくれる。
 背中を支えられながらお粥を口に含むと、ここでも、ヒタオとの思い出が蘇る。もう食べ慣れたご飯だけど、あの時も本当に美味しいと思った。

 それから身体を拭いてくれて、着替えて、また寝床へ。もう寒くなってきたから、掛け布団が登場している。毛皮の布じゃない、布と布を袋状に縫って、その中に綿毛を詰めたものだ。
 こんな布団が、この時代に存在したなんて。
 この時代。
 弥生時代の、邪馬台国。

 アイツの記憶が入ったおかげで、憶測が、揺るぎないものに変わったのだ。と同時に、私のやるべきことも見えた。
 けど今は、その前に、身体を治さないとね。
 と思う私の思いつきには、ある一つの行き先が浮かんでいる。

「ミコ様。お呼びですか」
 応じて来てくれたのは、タバナだ。
 オサの葬儀や騒動の鎮圧、ナコクとの会談、ムラの平定とやることは山積みだろうに、私との時間も割いてくれている。今は何も考えたくなくて用事を詰め込んでいる……というのも、あるかも知れない。
 タバナも、やつれていた。どっしりと座り威厳を出してはいるものの、以前の肩幅からはかなり細くなっている。それこそ、タバナこそちゃんと食べれているのか、心配だ。
 以前のように私を避けることは、なくなったけれど。むしろ何かにつけ顔を出してくれてて、私が元気か生きているかを確認してるように感じる。目が合って笑いかければ、笑い返してくれる、そんな距離感になっている。
 オサが亡くなったのは辛かっただろうけど、それと同時に、何かの鎖が切れたのかも。

 フツたちも部屋の隅に控えてくれている中、私はタバナに命令を出したのだった。

「温泉を探してちょうだい」
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