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六章 ミコである意味

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 思考が流れ込んで来る。
 いや思考だけじゃない、が私の中に押し入って来てる。
 くっそ、この死にかけのくせに!
『出て行きなさいよ!』
『残念、もう出る力もないから、君の片隅で眠らせてよ』
 弱々しい笑みを感じる。
 ってことは何、私の中に入って来たけど出られない、乗っ取りも出来ないってこと? いやいや力が回復したら、やらかすんだろコイツは。
『そのつもりだけど、これ多分、無理だね。君の力に押し負ける』
 オサの中に留まっていたほうがマシだったな……という諦め、自虐、自嘲の念が心に渦巻く。色んな人を渡り歩いて、どうにか自我を保って来たってのに、とうとうここで尽きるのだ。
 もう何年、彷徨ってきたのか。
 終わるとなったら、それはそれで心地好い。

 駄目だ、引きずられるな。
 同調しすぎたら、コイツに心を奪われる。
 死にかけてるコイツに身体を渡しちゃったら、きっと私まで廃人になるわ。
「ミコ様、危ない!」
 生の声が、すぐ側で響いた。タバナだ。
 いつの間にかオサにしがみつくみたいに崩れ落ちてた私を引っ掴んで、オサから引き剥がしてた。
「あっ、待って、まだ……!」
 と言いかけて、気付いた。
 待って。
 オサの思考も、私の中にある。
 オサも一緒に、コイツが連れて来ちゃってる……!

 オサの身体が、倒れた。
 糸が切れたように……って表現が、ばっちり合う。そりゃそうだ、本当に中身が入ってないんだから。いやいやオサは戻さないと!
『オサ! あなたは自分の身体に戻らなきゃ!』
 呼びかけたけど、思考はあったのに、オサの自我が感じられない。カラナと同じだ。記憶はあるのに、本人の意識がない。
 まさか……消えた?
『オサは、さっき僕が操った時点で、入れ換わりを完了してたからね。巻き返されたのにはビックリしたけど、とっくに消えてるよ』
 嘲りながらも感心してる、複雑な気持ちが伝わって来る。そう話すコイツの自我も、もう消えそうだ。
 私の……というか、カラナの中に、4人もひきめきあってるの、どう考えたって定員オーバーだもんね。普通はせいぜい2人じゃん。
 って、そんな普通があるのか知らないけど。
『やめてよ、アンタ戻ってオサやりなさいよ、勝手に入ってきて勝手にリタイヤすんな、責任取れ!』
 やれやれ元気なお姫様だとか何とか感じたけど、誰のせいだと思ってんだよ! アンタが最初から、ずっとカラナを付け狙ってたせいでしょうが!
『君が、希望だったから……』
 という呟きは、耳をすまさないと聴こえないほど、弱い。
 限界が来てたキヒリという身体を捨てて、カラナに乗り移るつもりだった。上手く接触して騙して、カラナをヤマタイから出したまでは良かったが、乗っ取ろうとしたカラナが拒んで、放心したのだ。
 その隙をついて、どこからともなく飛んできた女子高生なる生き物が、カラナを乗っ取ってしまった……。

 ……それが、私。

『責任取れは、そっくり君にお返しするよ。僕の記憶が入ったなら、もう分かるよね……』
 コイツの意識が消えて行く。
 どこからともなくって表現されたのが気に入らないけど、その通りだ。私は、私が分からない。薄々はカラナに呼ばれたのかと思ってたんだけど、今となっては確定がない。
 コイツに呼ばれたのでもなかった。むしろ邪魔。そりゃそーだ、初っ端から殺されるトコだったし、はっきり邪魔って言われたもんね。
 嘘偽りなく本当に邪魔だったんだとは、あの時は分からなかったけど。

 中身が入ってない身体は、ただの肉だ。雨上がりの夕暮れで、もう秋も近いとはいえ、肉はすぐに腐る。しかも、まだ治してる最中だったし。
 砕かれた肩からは、まだ血が流れている。骨も見えている。
 ヒタオに続いて、オサのことも救えなかった、なんて。
「タバナ……オサを」
「御意」
 タバナにも見えているはずだ。
 オサの身体に、オサがいないことが。
 エセオサもいないと。
 私の中に在ると。
 いや。
 在った。と。

 タバナがその場にいた皆を取りまとめて、指示を出す。幸い、怪我はトサの腕の傷だけで済んだ。大きな怪我をした人はいない。
 倒れたオサの身体を整えて葬る手際を眺めながら、私は肩の力が抜けるのを感じていた。ただただ、ゴメンねという言葉だけが、心を埋めていた。
 ゴメンね。
 誰が思ったものなのか。
 もしくは、全員が思っている気持ちかも知れない。

 勘違いと色んな欲が、多くの人を傷付けた。カラナの、ヒタオの、オサの命を奪った。
 一端を担ったのは……私だ。不可抗力とはいえ、知らなかったとはいえ、やったのは私だ。謝っても今さらだし、自分が楽になりたいだけの、独りよがりな謝罪でしかないけど。

 ゴメンね。
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