6 / 21
(5)
しおりを挟む
それが始まった時、その世界はゆっくりと音を立てて動き始めた。
止まり続けていた歯車は軋む音を立てながら回りはじめ、枯れる事も朽ちる事も止められた植物たちも、静かに水分を吸い上げていく。
開かれる事のなかった窓が次々と開き、その中に強く凍える、しかし清涼な風が吹き抜けて回廊を駆け抜け、階段をめぐり、呼吸すら忘れた世界が、徐々に、徐々に、色と形を取り戻していく。
そしてその中で体を休ませていたそこの主は、ゆっくりと目を開いた。
女王の妹は、自分が目を覚ました事によって、まだ自分が生きている事を知った。
「雪の中で眠ったら、死んでしまうと聞いていたのだけれど」
どうして自分はまだ、きちんと生きているのだろう。そう思いながら目を開けたため、彼女は自分が、何かしらの建物の中に運ばれていた、という事実を知った。
扉の外で意識を失った自分、と言う物を彼女はよく理解しており、自分が無意識に扉の中に入る事もまた、あり得ないとわかってた。
彼女は寝ころんだまま、ぼうっと周囲を見回していく。建物はかなりしっかりと建設された造りをしているようで、隙間風などまったく感じ取れない。
取りあえず、誰かが哀れんで、自分を何かしらの建物の中に入れてくれたに違いない。
そう結論付けた彼女は、森を走り続け、薮にひっかけられ、さらには茨の棘で作られたたくさんの傷の痛みを感じながら、ゆっくりと起き上がった。
起き上がってから気が付いたのだが、自分は何かの毛皮の上に寝かされていたのだ。
そして、何かの毛皮を何枚もつなぎ合わせた……これはマントだろうか? 一枚の布のように仕立てられたものが、上からそっとかけられていた。
どうやらこれのおかげで、凍える事無くすんだらしい。
「毛皮をこんなに使った物を、どこの誰ともわからない女に被せてくれるなんて……ここに住んでいらっしゃる人は、よほどの大富豪なのかしら」
大富豪と言う物は、ケチだともよく言われるものだが。
彼女は、指どおりの滑らかな毛皮を、何度か手で撫でた。撫でるほどにその柔らかい感触は、こんな状況でもうっとりしてしまうような素晴らしさだ。
こんな素晴らしい毛皮を、簡単に貸してくれる、それは一体どんな人なのだろうか。
彼女はそうやって考えながら、周りをゆっくりと見回した。
ゆっくりとしか見まわせなかったのだ。
彼女の疲れ果てていた肉体は、いきなり動くと、途端にぐらりとよろめきそうになるのだから。
彼女が寝かされていたのは、どうやら、玄関ホールと呼ばれるだろう、外に続く扉から最初に入るだろう、広い空間のようだ。
その空間には、寒さをしのぐための暖炉もつけられていた物の、その暖炉が働いていた形跡はない。
それと同時に、この玄関ホールが、自分の倒れていた扉の中である、と彼女は気付かされた。
倒れた時に見た扉と、外に続くであろう扉の形は、全く同じアーチ状の造りをしていた。
玄関ホールの正面には、大きな階段が二股に別れて、二階の空間へと続いている。
二階の空間に至るまで、そして二階のどこかに続く出入り口に至るまでの間には、採光のための窓がいくつかつけられていた。
ガラスもないその窓は、普通ならば外の天気に左右され、そして外のほこりなどを入れてしまいそうな物なのだが、不思議と、そう言った気配は感じ取れなかった。
まるで外界と遮断された空間のように、建物の中は、息をひそめたように静かだ。
外の光により、周囲がきちんと見渡せるようになった女王の妹は、床の石材は様々な色を使って模様が描かれている事や、階段の素材が、きちんとした石材である事から、この城はやはり最初に思った通り、かなり手の込んだ作り方をされている城である、としった。
普通そんな城は、もっとたくさんの人が出入りしているし、召使たちが常にせわしなく行き来しているものだったが……ここはそうではないようだ。
彼女はそのまま立ち上がろうとして、そこで本当に驚いてしまった。
「足の怪我に手当がされている……」
彼女の散々傷ついた足は、誰かが何かしらの手当をしたとしか思えない状態になっていた。
どうなっていたかというと簡単で、彼女の泥や汚れにまみれていた足は洗われており、さらにはしっかりと何かの布地を引き裂いた細布が巻かれていたのだ。
そして、彼女は自分が寝かされていた毛皮の敷物の周囲を見回した後、本当に誰かが来るわけでもないため、ますます訳が分からなくなった。
おそろしくなかったとは言わない。奇妙だ、恐ろしい、と感じて当然の事が立て続けに起きているのだから。
しかし、自分に危害を加えようと考えている誰かだったならば、まず、手当てもしないで外で凍死させているはずだ。
それに、どこかに売り飛ばそうというのなら、いつでも逃げ出せそうなほど、人の行き来がない場所に、足の治療をしてまで寝かせておくわけがない。
ここに入れてくれた誰かの目的は、全く分からないが、そこに、悪意だけは感じ取れなかった。
彼女は敷物からそっと足を踏み出した。
ぞっとするほど冷える足元に、悲鳴を飲み込んだ娘は、そこで、美しい模様を描く石の床に、点々と、赤い何かが垂れた跡がある事にも気付いた。
その赤い何かは、病に倒れた婚約者の看病をしている際に、とても見慣れた赤い色だった。
「血の跡だわ……誰かが怪我をしているの? それとも、……何かの獣を、捕まえてきたから、血の跡が垂れてしまったのかしら」
血はあまりにも見慣れ過ぎていて、彼女はそれだけをおそろしいとは思わなかった。
「……誰かはわからないけれど……お礼も言わないで、ここから出て行くのはあまりにも無礼だわ。……ここがどこなのかわからないのだから、ここに暮らしている人に、ここから一番近い、姉上の国ではない人里を教えてもらわなければ」
ここに長くとどまる事はないだろう、と彼女は考えていた。
この城はおそらく魔王の国のはずれにある城だし、ならば自分のようなぼろぼろの見た目の女が、身を寄せるような、例えば修道院のようなところがあるかもしれない、と期待したのだ。
そのため、彼女は、お礼を言うためと、ここの外の地理を聞くために、ゆっくりと、血の跡を追いかけ始めた。
止まり続けていた歯車は軋む音を立てながら回りはじめ、枯れる事も朽ちる事も止められた植物たちも、静かに水分を吸い上げていく。
開かれる事のなかった窓が次々と開き、その中に強く凍える、しかし清涼な風が吹き抜けて回廊を駆け抜け、階段をめぐり、呼吸すら忘れた世界が、徐々に、徐々に、色と形を取り戻していく。
そしてその中で体を休ませていたそこの主は、ゆっくりと目を開いた。
女王の妹は、自分が目を覚ました事によって、まだ自分が生きている事を知った。
「雪の中で眠ったら、死んでしまうと聞いていたのだけれど」
どうして自分はまだ、きちんと生きているのだろう。そう思いながら目を開けたため、彼女は自分が、何かしらの建物の中に運ばれていた、という事実を知った。
扉の外で意識を失った自分、と言う物を彼女はよく理解しており、自分が無意識に扉の中に入る事もまた、あり得ないとわかってた。
彼女は寝ころんだまま、ぼうっと周囲を見回していく。建物はかなりしっかりと建設された造りをしているようで、隙間風などまったく感じ取れない。
取りあえず、誰かが哀れんで、自分を何かしらの建物の中に入れてくれたに違いない。
そう結論付けた彼女は、森を走り続け、薮にひっかけられ、さらには茨の棘で作られたたくさんの傷の痛みを感じながら、ゆっくりと起き上がった。
起き上がってから気が付いたのだが、自分は何かの毛皮の上に寝かされていたのだ。
そして、何かの毛皮を何枚もつなぎ合わせた……これはマントだろうか? 一枚の布のように仕立てられたものが、上からそっとかけられていた。
どうやらこれのおかげで、凍える事無くすんだらしい。
「毛皮をこんなに使った物を、どこの誰ともわからない女に被せてくれるなんて……ここに住んでいらっしゃる人は、よほどの大富豪なのかしら」
大富豪と言う物は、ケチだともよく言われるものだが。
彼女は、指どおりの滑らかな毛皮を、何度か手で撫でた。撫でるほどにその柔らかい感触は、こんな状況でもうっとりしてしまうような素晴らしさだ。
こんな素晴らしい毛皮を、簡単に貸してくれる、それは一体どんな人なのだろうか。
彼女はそうやって考えながら、周りをゆっくりと見回した。
ゆっくりとしか見まわせなかったのだ。
彼女の疲れ果てていた肉体は、いきなり動くと、途端にぐらりとよろめきそうになるのだから。
彼女が寝かされていたのは、どうやら、玄関ホールと呼ばれるだろう、外に続く扉から最初に入るだろう、広い空間のようだ。
その空間には、寒さをしのぐための暖炉もつけられていた物の、その暖炉が働いていた形跡はない。
それと同時に、この玄関ホールが、自分の倒れていた扉の中である、と彼女は気付かされた。
倒れた時に見た扉と、外に続くであろう扉の形は、全く同じアーチ状の造りをしていた。
玄関ホールの正面には、大きな階段が二股に別れて、二階の空間へと続いている。
二階の空間に至るまで、そして二階のどこかに続く出入り口に至るまでの間には、採光のための窓がいくつかつけられていた。
ガラスもないその窓は、普通ならば外の天気に左右され、そして外のほこりなどを入れてしまいそうな物なのだが、不思議と、そう言った気配は感じ取れなかった。
まるで外界と遮断された空間のように、建物の中は、息をひそめたように静かだ。
外の光により、周囲がきちんと見渡せるようになった女王の妹は、床の石材は様々な色を使って模様が描かれている事や、階段の素材が、きちんとした石材である事から、この城はやはり最初に思った通り、かなり手の込んだ作り方をされている城である、としった。
普通そんな城は、もっとたくさんの人が出入りしているし、召使たちが常にせわしなく行き来しているものだったが……ここはそうではないようだ。
彼女はそのまま立ち上がろうとして、そこで本当に驚いてしまった。
「足の怪我に手当がされている……」
彼女の散々傷ついた足は、誰かが何かしらの手当をしたとしか思えない状態になっていた。
どうなっていたかというと簡単で、彼女の泥や汚れにまみれていた足は洗われており、さらにはしっかりと何かの布地を引き裂いた細布が巻かれていたのだ。
そして、彼女は自分が寝かされていた毛皮の敷物の周囲を見回した後、本当に誰かが来るわけでもないため、ますます訳が分からなくなった。
おそろしくなかったとは言わない。奇妙だ、恐ろしい、と感じて当然の事が立て続けに起きているのだから。
しかし、自分に危害を加えようと考えている誰かだったならば、まず、手当てもしないで外で凍死させているはずだ。
それに、どこかに売り飛ばそうというのなら、いつでも逃げ出せそうなほど、人の行き来がない場所に、足の治療をしてまで寝かせておくわけがない。
ここに入れてくれた誰かの目的は、全く分からないが、そこに、悪意だけは感じ取れなかった。
彼女は敷物からそっと足を踏み出した。
ぞっとするほど冷える足元に、悲鳴を飲み込んだ娘は、そこで、美しい模様を描く石の床に、点々と、赤い何かが垂れた跡がある事にも気付いた。
その赤い何かは、病に倒れた婚約者の看病をしている際に、とても見慣れた赤い色だった。
「血の跡だわ……誰かが怪我をしているの? それとも、……何かの獣を、捕まえてきたから、血の跡が垂れてしまったのかしら」
血はあまりにも見慣れ過ぎていて、彼女はそれだけをおそろしいとは思わなかった。
「……誰かはわからないけれど……お礼も言わないで、ここから出て行くのはあまりにも無礼だわ。……ここがどこなのかわからないのだから、ここに暮らしている人に、ここから一番近い、姉上の国ではない人里を教えてもらわなければ」
ここに長くとどまる事はないだろう、と彼女は考えていた。
この城はおそらく魔王の国のはずれにある城だし、ならば自分のようなぼろぼろの見た目の女が、身を寄せるような、例えば修道院のようなところがあるかもしれない、と期待したのだ。
そのため、彼女は、お礼を言うためと、ここの外の地理を聞くために、ゆっくりと、血の跡を追いかけ始めた。
0
あなたにおすすめの小説
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる