君と暮らす事になる365日

家具付

文字の大きさ
51 / 52

51

しおりを挟む

一月の大きな行事である元旦はすぎさり、その後七日の七草がゆも十日の小豆がゆも非常においしい物を晴美が作ってしまった。
依里の方は、そんな行事はすっかり忘却の彼方にあったので、帰宅したら普段帰りの遅い晴美が鼻歌交じりにおかゆを煮ている現場というものに二度も出会ってびっくりした。
だが年始の仕事という物は休み明けと言う現実のため、仕事はなかなか忙しく、元旦その他で暴飲暴食をしている人間の方が多い世界に生きている依里も、晴美お手製の餅がとろりととろけて、七草が丁寧に煮込まれた七草がゆは非常に心がほっとする味だったし、鏡開きだと用意された小豆がゆは、実家を思い出させる味で、肩の力が抜ける物だった。

「おれ二月のバレンタインイベントのためにめちゃくちゃ忙しくなる予定なんだ、ヨリちゃんも無理しないでね! あ、必要だったらお迎えに行ってあげるから!」

「お前の帰宅時間の方が遙かに遅そうなんだけど」

「えー? 大丈夫だよ。おれ仕事帰りに飲酒しないし」

多分考えていることのベクトルが違うんだよなあ、と依里の方は思った物の、実家に帰省してたっぷり悪友達と遊び倒し、悪友の娘もかわいがり、ご近所さん相手に大量作成の趣味を披露した晴美が、しばらくご機嫌で生活するだろう事は明らかだった。
晴美がご機嫌な方が、おいしいご飯にありつけるので、ちょっとの意見の相違ならば自分が引いた方が利益がある、と言うのも幼なじみ経験から明白な事だった。

「お前が交通事故に遭っても困るから、夜中にお前の大事な原付二種を走らせなくていい。私には定期券だってあるんだから」

「そっか。そうそう、お弁当の代金どうなってる?」

「これ」

「ありがとう。やっぱり予算内で、いかにおいしくお腹を膨らませられて、健康的なお弁当を作るかが、こう言うのやってるとやめられない趣味だよね」

依里からすれば面倒くさい以外の何者にもならない、他人様あてのお弁当作成も、料理大好き料理が趣味で生きがいで食べるのはもっと大好き、を地で行く男にとっては楽しいお遊びの時間の一つなのだろう。
お遊びというと軽そうだが、真剣な遊びというものもこの世に存在しているので、晴美のこれは真剣な方面である。
晴美はとりあえずの二週間分の徴収したお弁当代を数えて、腕を組んで、便利道具の筆頭であるスマホを見て、ネット上に出回る無数のチラシを確認しだした。
こうなると話が聞こえない人間になるので、依里はそれ以上の会話をしないでさっさと寝るのが通常の行動だ。

「ハル、洗濯物は出しておけよ」

「はあい

返事はしたが聞いてないかもしれないな、と思いつつも、依里はその日も就寝したのであった。




一月の晴美は二月以降のイベントのために帰りは日をまたぐ事が非常に多く、一緒に食事をとるなんていう余裕はなさそうであった。
だが休みの日になると、趣味が炸裂しているのであろう作り置きの保存容器が露骨に増えて、付箋などで足が速い物の順番なども記されているので、依里は食べられるものを作ってもらっているだけありがたい精神で、それらをチンしておいしく食べていた。
お弁当は毎日作られており、それを同僚達に渡していた依里だったが……二月に入ってからの同僚達はどこか距離を置いた態度で、自分は何か不手際をしただろうかと気になってはいた。
だが繁忙期前というぴりぴりした空気が周囲に漂っている以上、余計な会話は時間が惜しいので、何かしていて不愉快ならば、大人なのだから相手が言ってくれるだろうと判断し、依里は日常を送っていた。
そしてやっと三月の繁忙期が落ち着いた頃。

「人事異動……」

依里は全社員に通達される人事移動の記載がされた掲示板を確認して、目を疑った。

「私が移動になっている……ってこの支社は通称倉庫番……そんな不手際何かしたかな……?」

そこには移動する社員の行き先なども書かれていたわけだが、掲示板には依里の名前もくっきりはっきり書かれていて、行き先は皆が出世街道から外れた僻地だと言っている、倉庫番と言われる遠方である。
ここに送られる社員は相当な不手際をした人間と言われるわけだが、依里は何かそう言った問題行動を起こした覚えがまるで無かった。
この前のプレゼンの資料の出来が良いと、営業の人に言われたばかりだ。
だが何かしらの事情があるのだろう。
これに不服を訴えて会社を退職する、と言う選択肢が頭になかった彼女は、とりあえず異動先で社員寮があるのか新たに自分で家を借りなければならないのか、その場合の住宅費は出るのか、異動なのだから周りへの引き継ぎはいつまでに行わなければならないのかと言う、面倒くさい作業あれこれを考える事になったわけだった。




「環さん、会長の孫娘の恋人を寝取ったって噂があるの知ってます?」

引き継ぎもあらかた終わり、営業の同僚が

「環さんが異動したらまた人不足だ!」

と叫ぶのも見る事になった三月のある日、依里は総務課でそれなりに会話をしていた同僚が、小声で言ってきた言葉の中身に目を見開いた。

「え? 会長の孫娘さんってここでおつとめでしたっけ? まったその前に私みたいなのが誰かの恋人を寝取るって……土台無理では?」

「あなたの事を知ってる前の部署の人達は、あの芋がありえないって言ってるんだけど……」

「芋ですか」

「……ごめんなさい」

「いや、芋なのは事実ですし、綺羅の女性では無いのも間違いの無い現実ですから不愉快に思う事もないですが。それにしても私そんなに人様の恋人寝取る性悪に思われたんですか」

「井上さんが何かの写真を上に提出したって噂よ」

逆恨みじゃねえか、と依里は内心で思ったわけだが、井上がどのような写真を出したのかわからないので何も言わなかった。
ただし。

「私、人様の恋人寝取る悪い趣味は持ってませんから。事実無根の話です」

それだけは主張せねば、と依里は力強く言い、総務課の同僚はこっくりと頷いて同意したのだった。






「忘れ物は無い? 置いていきたくない物は残ってない? ちゃんとその日から生活できる準備はしてある? おれは心配だよ、ヨリちゃんはご飯を無精する時があるから。体が資本なんだから、ご飯はちゃんと食べて、ちゃんとお布団で寝て……」

四月から遠方に転勤となる依里は、引っ越し前日に晴美に、いつまでたってもぐだぐだと言われ続けていた。
この二人でルームシェアをしていた物件は、晴美が

「依里ちゃんがここに帰ってこられるように、おれが暮らし続けるから!」

と宣言したので、色々な契約を作り直して、晴美が家主となった。晴美は適度に狭く、だがキッチンが独立して比較的広いこの物件を相当に気に入っていた様子で、

「ヨリちゃんが帰ってきたらいつだっておいしいご飯があるんだからね!」

と胸を張った。そうかお前はもう、光熱費を支払い忘れて滞納し、電気も水道も止められる事が無くなったんだなと思うと、過去のやらかし大百科を知っている依里からすれば、成長したなと思う現実である。

「おれさみしがりだから、しょっちゅう部下と子分の皆をここに呼んでご飯食べさせるだろうけど、それは許してね?」

「お前がお前の自宅で人をもてなすのに、なんで私の許可が要る」

「だってここはヨリちゃんが帰ってくる場所の一つだから」

晴美にとってはいつまでたっても、ここは自分と依里の家であるらしい。
それでは彼女も出来なさそうだが、本人がそれに対して不自由を感じて初めて、物事は動くというわけで、突っ込めなかった依里だった。
そうして引っ越しが翌日に行われて、依里は遙か遠方の、実家の方が近い土地に都心から引っ越しをしたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...