君と暮らす事になる365日

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一月の大きな行事である元旦はすぎさり、その後七日の七草がゆも十日の小豆がゆも非常においしい物を晴美が作ってしまった。
依里の方は、そんな行事はすっかり忘却の彼方にあったので、帰宅したら普段帰りの遅い晴美が鼻歌交じりにおかゆを煮ている現場というものに二度も出会ってびっくりした。
だが年始の仕事という物は休み明けと言う現実のため、仕事はなかなか忙しく、元旦その他で暴飲暴食をしている人間の方が多い世界に生きている依里も、晴美お手製の餅がとろりととろけて、七草が丁寧に煮込まれた七草がゆは非常に心がほっとする味だったし、鏡開きだと用意された小豆がゆは、実家を思い出させる味で、肩の力が抜ける物だった。

「おれ二月のバレンタインイベントのためにめちゃくちゃ忙しくなる予定なんだ、ヨリちゃんも無理しないでね! あ、必要だったらお迎えに行ってあげるから!」

「お前の帰宅時間の方が遙かに遅そうなんだけど」

「えー? 大丈夫だよ。おれ仕事帰りに飲酒しないし」

多分考えていることのベクトルが違うんだよなあ、と依里の方は思った物の、実家に帰省してたっぷり悪友達と遊び倒し、悪友の娘もかわいがり、ご近所さん相手に大量作成の趣味を披露した晴美が、しばらくご機嫌で生活するだろう事は明らかだった。
晴美がご機嫌な方が、おいしいご飯にありつけるので、ちょっとの意見の相違ならば自分が引いた方が利益がある、と言うのも幼なじみ経験から明白な事だった。

「お前が交通事故に遭っても困るから、夜中にお前の大事な原付二種を走らせなくていい。私には定期券だってあるんだから」

「そっか。そうそう、お弁当の代金どうなってる?」

「これ」

「ありがとう。やっぱり予算内で、いかにおいしくお腹を膨らませられて、健康的なお弁当を作るかが、こう言うのやってるとやめられない趣味だよね」

依里からすれば面倒くさい以外の何者にもならない、他人様あてのお弁当作成も、料理大好き料理が趣味で生きがいで食べるのはもっと大好き、を地で行く男にとっては楽しいお遊びの時間の一つなのだろう。
お遊びというと軽そうだが、真剣な遊びというものもこの世に存在しているので、晴美のこれは真剣な方面である。
晴美はとりあえずの二週間分の徴収したお弁当代を数えて、腕を組んで、便利道具の筆頭であるスマホを見て、ネット上に出回る無数のチラシを確認しだした。
こうなると話が聞こえない人間になるので、依里はそれ以上の会話をしないでさっさと寝るのが通常の行動だ。

「ハル、洗濯物は出しておけよ」

「はあい

返事はしたが聞いてないかもしれないな、と思いつつも、依里はその日も就寝したのであった。




一月の晴美は二月以降のイベントのために帰りは日をまたぐ事が非常に多く、一緒に食事をとるなんていう余裕はなさそうであった。
だが休みの日になると、趣味が炸裂しているのであろう作り置きの保存容器が露骨に増えて、付箋などで足が速い物の順番なども記されているので、依里は食べられるものを作ってもらっているだけありがたい精神で、それらをチンしておいしく食べていた。
お弁当は毎日作られており、それを同僚達に渡していた依里だったが……二月に入ってからの同僚達はどこか距離を置いた態度で、自分は何か不手際をしただろうかと気になってはいた。
だが繁忙期前というぴりぴりした空気が周囲に漂っている以上、余計な会話は時間が惜しいので、何かしていて不愉快ならば、大人なのだから相手が言ってくれるだろうと判断し、依里は日常を送っていた。
そしてやっと三月の繁忙期が落ち着いた頃。

「人事異動……」

依里は全社員に通達される人事移動の記載がされた掲示板を確認して、目を疑った。

「私が移動になっている……ってこの支社は通称倉庫番……そんな不手際何かしたかな……?」

そこには移動する社員の行き先なども書かれていたわけだが、掲示板には依里の名前もくっきりはっきり書かれていて、行き先は皆が出世街道から外れた僻地だと言っている、倉庫番と言われる遠方である。
ここに送られる社員は相当な不手際をした人間と言われるわけだが、依里は何かそう言った問題行動を起こした覚えがまるで無かった。
この前のプレゼンの資料の出来が良いと、営業の人に言われたばかりだ。
だが何かしらの事情があるのだろう。
これに不服を訴えて会社を退職する、と言う選択肢が頭になかった彼女は、とりあえず異動先で社員寮があるのか新たに自分で家を借りなければならないのか、その場合の住宅費は出るのか、異動なのだから周りへの引き継ぎはいつまでに行わなければならないのかと言う、面倒くさい作業あれこれを考える事になったわけだった。




「環さん、会長の孫娘の恋人を寝取ったって噂があるの知ってます?」

引き継ぎもあらかた終わり、営業の同僚が

「環さんが異動したらまた人不足だ!」

と叫ぶのも見る事になった三月のある日、依里は総務課でそれなりに会話をしていた同僚が、小声で言ってきた言葉の中身に目を見開いた。

「え? 会長の孫娘さんってここでおつとめでしたっけ? まったその前に私みたいなのが誰かの恋人を寝取るって……土台無理では?」

「あなたの事を知ってる前の部署の人達は、あの芋がありえないって言ってるんだけど……」

「芋ですか」

「……ごめんなさい」

「いや、芋なのは事実ですし、綺羅の女性では無いのも間違いの無い現実ですから不愉快に思う事もないですが。それにしても私そんなに人様の恋人寝取る性悪に思われたんですか」

「井上さんが何かの写真を上に提出したって噂よ」

逆恨みじゃねえか、と依里は内心で思ったわけだが、井上がどのような写真を出したのかわからないので何も言わなかった。
ただし。

「私、人様の恋人寝取る悪い趣味は持ってませんから。事実無根の話です」

それだけは主張せねば、と依里は力強く言い、総務課の同僚はこっくりと頷いて同意したのだった。






「忘れ物は無い? 置いていきたくない物は残ってない? ちゃんとその日から生活できる準備はしてある? おれは心配だよ、ヨリちゃんはご飯を無精する時があるから。体が資本なんだから、ご飯はちゃんと食べて、ちゃんとお布団で寝て……」

四月から遠方に転勤となる依里は、引っ越し前日に晴美に、いつまでたってもぐだぐだと言われ続けていた。
この二人でルームシェアをしていた物件は、晴美が

「依里ちゃんがここに帰ってこられるように、おれが暮らし続けるから!」

と宣言したので、色々な契約を作り直して、晴美が家主となった。晴美は適度に狭く、だがキッチンが独立して比較的広いこの物件を相当に気に入っていた様子で、

「ヨリちゃんが帰ってきたらいつだっておいしいご飯があるんだからね!」

と胸を張った。そうかお前はもう、光熱費を支払い忘れて滞納し、電気も水道も止められる事が無くなったんだなと思うと、過去のやらかし大百科を知っている依里からすれば、成長したなと思う現実である。

「おれさみしがりだから、しょっちゅう部下と子分の皆をここに呼んでご飯食べさせるだろうけど、それは許してね?」

「お前がお前の自宅で人をもてなすのに、なんで私の許可が要る」

「だってここはヨリちゃんが帰ってくる場所の一つだから」

晴美にとってはいつまでたっても、ここは自分と依里の家であるらしい。
それでは彼女も出来なさそうだが、本人がそれに対して不自由を感じて初めて、物事は動くというわけで、突っ込めなかった依里だった。
そうして引っ越しが翌日に行われて、依里は遙か遠方の、実家の方が近い土地に都心から引っ越しをしたのであった。
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