君と暮らす事になる365日

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「そうだ、同居だけど家賃以外の必要経費どうする」

「食費はおれが払うよ、だっておれが作りたいもののための材料買って来るんだもの」

「じゃあ日用品は折半だな、歯ブラシとか洗剤とか」

「おれお気に入りのスポンジとかたわしとかあるから、それ買ってきてね」

「お前、こだわりいっぱいあるやつだもんな」

「大人になって、なんでもこだわっていいって幸せだな、って思うようになった」

亀の子たわしでしょ、スポンジはこのメーカーのこのブランドでしょ、と楽しそうに話す幼馴染は、それだけ色々試してきたんだろうな、と察してしまう物があった。
好奇心の赴くままに、あらゆるメーカーを試してきたに違いない。

「好奇心旺盛すぎて、止め所を知らないって、お前その歳になっても治らなかったんだな」

「料理人は探求心が必要なんだよ!」

胸を張った晴美が、ただ、と声を落した。

「掃除機は、おれがいない時にかけてね……? こればっかりは大きくなっても苦手なんだ」

「それはわかった」

「ほんと、うれしい! 掃除機の音で逃げ出すって、あんまり皆に理解されないからさ」

はしゃぐ晴美は、立ち上がって目を輝かせる。

「ヨリちゃん、ここから一番コスパのいいスーパーに行こう!」

「一人で行け」

「ヨリちゃんだってスーパーの位置を覚えていて損はないよ?」

「お前と一緒で、まっすぐそこに到着した過去が一度もないんだが」

「大丈夫! スマホアプリっていう味方がここにあるから!」

晴美は高々とスマホを掲げた。




「スマホアプリがあるって胸張ったのどこの誰だ」

「はい、おれです!」

「肝心のスマホの充電を切らしてどうするんだ!」

手をあげて言い切った幼馴染に、依里は突っ込んだ。このおバカは、突っ込みどころが満載な事ばかりするのだ。
スーパーまでの道を検索した、と言っていたくせに、道案内に重要なスマホの充電を切らしてしまったため、晴美のスマホはただの四角い物体になり果てている。
依里は溜息をついてから、自分のスマホを起動させた。

「で?」

「でって?」

「そのスーパーの名前。調べれば今どき分かるだろうが」

「そっか、スマホは一つじゃなくて二つだった」

「その考え方はやめておけ、いざって時役に立たなくなるから」

「はあい」

頬をかいた晴美が、そのスーパーの名前を言う。依里はそれを検索にかけると、そこはすぐに見つかった。
徒歩でもそこそこ楽に行けそうなスーパーだ、値段は知らないが。

「鶏肉が今日は特売なんだよ、だからそこがいいかなって思って」

「有名料理人になっても、特売は気にするんだな」

「やだなあ、料理人だって特売は大好きだし、見切り品はもっと好きだよ」

言い切った晴美である。そんな物だろうか。もっとこだわりの何とか、とかないのだろうか。

「でもおれ、お醤油とお味噌はネットなんだよね」

「なんで」

「一回食べて、お気に入りになったものが、お店からなくなっちゃったから」

「まさか高額なのか」

「お醤油はね、1200円くらいする」

「は? 高すぎるだろう!」

「でもね、味が全然違うんだよ、それだけで何でもおいしくなっちゃうお醤油だから、ドレッシングとかポン酢とかいらなくなっちゃうから、便利だよ」

「なんでも醤油味って飽きるだろう」

「そうかな、材料が違えば、お醤油だけでもそんなに飽きないよ? キャベツを香ばしく焼いて、お醤油たらっとかけて食べるの、すごくおいしいし」

「キャベツだろ?」

「ヨリちゃんはまだ、キャベツのポテンシャルを知らないね?」

にやっと笑った晴美が、何か考え付いたらしかった。今日の夕飯は期待できそうだな、と依里はそこで判断した。
そして徒歩十五分、それが遠いのか近いのかは、個々の判断によるだろう。
依里は、元気な時は運動になるが、疲れた時は嫌な距離だな、と思った。
晴美は見るからに元気いっぱいで、新たなスーパーとの出会いに目を輝かせている。

「わあ、ヨリちゃんここお得スーパーだ!」

「大声を出すな! かごをもって突進するな!」

依里は、今にも店の中に飛び込んでいきそうな相手の着ている、フードを掴んで止めた。
その時だ。

「あれ、もしかして、大鷺シェフですか!?」

依里に止められた晴美に、興奮した顔の女性が話しかけてきた。

「大鷺シェフって名前じゃないけど、料理人はしているよ」

「わ、私ファンなんです! ここで出会えるなんて感激です!」

「え、あの、テレビの特番に出ていた!?」

「私動画配信サイトで見た! 簡単お料理っていうチャンネル!」

「うそ、撮影!?」

その女性だけではない。他のお客さんも、興奮気味にざわつき始める。
だが晴美は、それの意味が分からないらしい。

「今日は買い出しに来たの。お姉さんは?」

と人好きのいい笑顔である。長くなりそうだな、と依里は判断し、そっと上着から手を離した。

「すみません、写真撮っていいですか! インスタにあげても?」

「……」

興奮気味の女性がスマホを取り出したが、晴美はもう興味がなくなったらしい。すっと彼女から離れて、そのまま店の前に広げられた野菜の吟味に入ってしまう。
呆気にとられた顔の彼女に、依里は頭を下げた。

「すいません、こいつ今撮影とかじゃないんで、写真は勘弁してください。特定とか面倒なので」

「あ、はい」

晴美が、全くそれらを気にも留めずに、おばちゃんたちの中で、新鮮な野菜を探している。
その顔は、いつになく真剣なものである。
ジャガイモの重さをはかる手つきや、玉ねぎの皮の艶具合を確かめている視線は、まさしくその道のプロである。
これはしばらく動きそうにないな、と依里は判断し、彼女は周りがどうだろう、と見回した。
周りは、晴美が完全にプライベートだと、カメラがないから気が付いたらしい。
少しざわめいている物の、スマホで隠し撮りという事はなさそうであるため、依里はほっとした。
ここで同居人の自分まで晒されては、たまったものじゃなかったからだ。



「春キャベツはふんわりしてた方がおいしいけど、そうじゃないキャベツはやっぱり重たいものに限るよね」

「違いがよくわからない」

「ヨリちゃんそう言うと事気にしないもんね。品種からして違うんだよ。春キャベツは春だから出てくるわけじゃなくて、品種なの。だからとれる時期だったら春じゃなくても取れる」

「ふうん……」

「甘めの味だから、サラダに少し混ぜるっていうこだわりを持っている人も、いるそうだよ。実際ちょっと味が違う」

そんな事を言いながら、晴美は楽しそうに野菜を選び、精肉コーナーを覗く。
その顔はまさに、好奇心旺盛な幼稚園児の顔である。
この図体でこの見た目で、この表情だよ……と依里は内心で突っ込んだ。
もうこの幼馴染の探求心は、幼稚園児とほぼ同列、そしてその結果周りは時々甚大な被害を受けるわけである。
しかし当人はそれに気付かないため、精肉コーナーの見切り品に歓声を上げているのだ。

「ヨリちゃんすごい! 国産豚ひき肉なのに、グラム88円だ! 買いだよ! 見切り品のコロッケ美味しそう」

「お前料理人としてそこはどうなのよ」

「え? だって時々はお惣菜の味とか味見してみたくならない? おれスーパーのお惣菜も大好きだよ、あんまり買わなかったけど」

「好きなのに買わないのか?」

「だってヨリちゃん、おれの仕事が終わってからスーパーに行っても、見切り品は皆売り切れてて、コロッケのブースなんてすっからかんだったんだからね!」

朗らかなものである。この朗らかさで、邪気のなさで、こいつは自分と同じ歳なのだ。
なんか間違っている気がしないでもない。

「やっぱりスーパーで嬉しいのは、見切り品と割引品でしょ、それから特売コーナーでしょ? それからそれから」

「お前がスーパーに対して熱意があるのは、分かった。少し静かにしろ」

「はーい」

いい子の返事なんかする幼馴染の横で、依里はさっきから、晴美がちらちらとコロッケを見ているのに気がついていた。
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