君と暮らす事になる365日

家具付

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美容院でのヘアセット、それから化粧。あとは柳川からもらった形になる盛装一式。
それらを時間内に仕上げた依里は、いよいよ会場に足を運んだ。親会社との合同ということらしく、会場はかなり大きく、豪華なものだった。
なるほどこれに参加するべく意欲を燃やす人の多い事は納得できる。もっとも、依里は今までそんなものと無縁と考えてきた割り切った性格だったので、思った事は、

「こんな規模でクリスマスパーティーする企業って実在していたのか……」

という単純な驚きだった。
中に入ると、丁寧な飾りつけなどは写真映えするもので、これは記念に写真でも撮っておこうかな、という気分にさせられる。依里はスマホを構えてシャッターを切った。
あまり写真を撮ることは得意ではないが、これは記念撮影で見る人は自分だけと思っているので、多少画像が残念でも問題ない。
そしてそんな事をしている人は、なにも依里だけではない。ほかの部署の人や、他社の人だろうか、誰かと楽しげに会話しながら、やはりスマホを使っている。
周囲を見回して、装飾を楽しみながら少し歩いて時間を潰していくと、いよいよパーティーの開始時刻になった。こういう時には必ず偉い人の温度なんかがあるようで、そのあたりはありふれたものであった。
それが終わると、人々は各々のやりたい事を始めていく。
ドリンクのグラスを片手に同僚と談笑する人、料理を小皿に取り分けて楽しむ人、今日この日に、より良い出会いを求めて活発に活動する人、いろいろな行動を人々は取っている。
依里は食事の方に関心があり、行儀の悪い事にならないように、少ない量を小皿に取り分けて楽しんだ。だが自宅でいつも食べさせてもらっているものと、つい、比べてしまうのは仕方なかった。こういった場所のものはやはり特別で美味しいのだが、晴美の家庭的でありながらも、絶対に美味しいと本能で思うようなものとは違う。
あれを食べ慣れてしまうと、ほかのところのものが少し物足りない。
……やれやれ、贅沢な味覚になったものだ、と依里は自分を反省した。
食べて、ステージの演目を楽しみ、それなりの時間が経過すると、今度はどこでもこういった事をするのだろうか? 秒数当てゲームというものが始まった。
いわゆる、何秒きっかりに手を上げた人に商品が与えられるゲームである。
景品が、関係会社の商品券というところに、使いやすさを考えているな、と思わせるものがある。
「それでは、時計を使わずに、30秒測ってください!スタート!」

商品券が魅力的なのは何も依里だけではない。ややぎらついた視線の人もちらほらいるのは、関係会社の商品がインスタ映えというものを持っていることも理由だろう。
流行を追いかけるために、こういった事で資金を手に入れるのは、何も恥ずかしいことではない。依里も心拍数を頼りに測り……

「おめでとうございます!!」

手を上げた瞬間に、司会の女性が声を発した。壇上に誘導されたのは、依里とあと二人だ。
彼女達もぐっと拳を握って喜んでいる。司会に向けられたマイクに

「この商品のファンなんです!!もうこればっかり買うんです!!」

などという印象のいい事を言っている。依里にもマイクは向けられたため、彼女は

「これから何を買おうかとてもわくわくしています!」

と無難な事を口にした。
その後もそれなりに盛り上がった後で、パーティーはお開きとなり、依里は鞄の中に、しっかりと商品券をしまい込んで会場の出入り口から外に出た。その時だ。

「なんであんたなんかが!!」

依里の前に現れたのは、井上だった。彼女はパーティーに参加したのだろうか?着飾っているが、目を血走らせた顔は、どんなに化粧をしても戸惑ってしまう形相だ。

「私は入れてもらえなかったのに、なんであんたみたいな役立たずが入れてもらえるのよ!!」

それは会社が決めることであり、依里がどうこうできる話ではない。そういう事を、オブラートに包みながら伝えようとした時だ。
井上はよほど頭に血が登ったのか、手を振り上げてきたのだ。無論依里はそれを避けられるし、なんなら足を払って転ばせる事も余裕だ。
だがそうするとドレスの都合で足がむき出しになり行儀が悪い。とりあえず被害者になるために受け止めるか、と打算が働いたのは、仕方がなかっただろう。
受け身を取って、衝撃は最低限にしようと足の位置を少し変えた時だ。

「彼女に何をするつもりだ!!」

大声を出して間に割って入ったのは、沢山の人に囲まれていたはずの柳川だった。彼はずっと女性にも男性にも囲まれており、流石親会社の御曹司、といった具合だったのだ。
そんな彼が、怒りも顕に割って入るのは、想定外の事だった。
彼の背中を見る形になり、目を丸くしていた依里とは違い、井上はさらに怒り狂った顔をする。

「柳川さんはその女に騙されているんです!!人の功績を横取りして、いい思いをしているだけなんです!!」

「彼女は優秀な社員だよ」

柳川が断言する。

「彼女の仕事ぶりはとても評判がいい。悪いのは君のほうだろう、井上さん。ほかの総務課の社員からも苦情が上がり始めているよ」

「そ、そんな……」

井上はどうやら依里がいなくなったあとも、総務課で好き勝手を繰り返していた様子だった。それが人事部に回ったのだろう。

「仕事を押し付けられる、と言った事以外にも、色々」

ほとんどの事はすっかり知られているのだろう。わなわなと震えた井上は、目に涙を浮かべて、柳川にすり寄ろうとする。

「皆さんが私に意地悪をするんです。私は一生懸命に仕事をしています……!!」

泣き落としも、そういった物を見慣れている柳川には効果がない様子だ。柳川の視線は冷たい。

「こういう場所で、あまりにもきちんとしない振る舞いをするのであれば、今後の事を考えなければなりませんよ」

ここで罰を与えないだけまだ恩情だ。自重しろと言う意味なのだろう。依里は背中に守られる形でそんな事を思った。守られなくとも、依里は自分で決着をつけても良かったのだが。そうだ、ここで、お弁当を作れないと云ったらどうなるだろう。
……やめておこう。恥をかかせた、と逆恨みされてはかなわない。依里は黙っておいた。井上はというと、柳川という狙っていた男性に冷たく睨まれて、暴れる気力もなくなったらしい。
うつむいて震えながら去っていった。

「環さん、大丈夫でしょうか?」

「はい。なにかある前に来ていただいたので。本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ、あなたのためなら、これくらい安いものですよ。あなたが見ず知らずの祖母と妹にしてくれた事は、もっとすごいんですから」

あれはただのおせっかいに似た事と思った依里だが、相手がどう思うから話は別というわけだ。
恩を感じるのも人次第。否定しなくてもいいだろう。もう一度お礼をいい、依里は帰宅したのだった。





翌日のネットニュースを開くと、そこには何故か大鷺が満面の笑みを浮かべた写真が載せられており、見出しには

「料理の天才、六年ぶりのイギリスの大会で圧倒的優勝!!」

と書かれていた。奴はイギリスに行ってなにかの大会に出たようだ。クリスマスなのにご苦労さまと言いたくなる。
気になったので、見出しからスクロールしていくと、イギリスで行われた今大会は、とある何年も行われている大会での歴代優勝者を、開始から十年を記念して呼び集めて競わせた、豪華なものであった様で、晴美は六年前にイギリスに留学していた時に、ホームステイ先の人が応募したという経緯で参加したらしい。
その時にも、相当な実力差を見せつけて優勝したようだ。
料理や製菓に、関しては、あいつに死角はないのだろう。才能だけは有り余っている男で、でも才能に溺れる事無く、修行も勉強も余念がないに違いない。探究心は人一倍あるのだと、幼馴染人生の中でよく知っていた。
ぶうぶうと手のひらの中で、スマホが鳴り始めた。それを手に取ると、晴美から連絡が来ており、言っていたとおりの事が書かれていた。
どうやら大会の映像を見せたいらしい。楽しい事は共有したいのたろう。きっとあいつは、大会のプレッシャーなどまるで存在せず、楽しいイベントだという頭で臨んだに違いない。
……まずは腹ごしらえだ。依里は冷凍庫に入っていた、晴美がフードロスなんたらでもらってきたパンをレンジで温めてふわふわにして、お湯を沸かしてお茶を入れた。
実は、昨日のパーティーで思ったよりしっかり食べてしまったからか、胃がまだ重いような気がするのだ。
そのためこれくらいでいい。
ゆっくりと食べた後に、部屋の掃除をして洗濯をし、家のことを大体終わらせてから、依里はパソコンを立ち上げて、指定のURLを開き、晴美が見せたいものを見ることにした。





「本気出してんな」

映像を全て見た後の感想は第一にそれだった。イギリスの試合会場では、仕事に挑む時のように、コックコートに髪をまとめて帽子にしっかりしまい込んだ晴美が、異彩を放っていた。
何しろほかの優勝者達が、家庭的なエプロンをしているからこそ、仕事人と言った具合の晴美はなにか違う。大会ではどうやら、技術的試合、お題にあわせた創作菓子のあとには、三十人分のティーセットを完璧に作らなければならないらしい。
どれもかなり時間の余裕がないものばかりだし、技術的試合では、指定のものを最低限の指定の手順にそう形で作るのだ。
そしてティーセットに、至っては、失敗したら時間配分的に後が無い。ほかの優勝者達が厳しい顔になったりする中で!晴美は鼻歌まで歌っていた。
どう見ても立ち振舞などからも、余裕が滲んでいる。時折わー、きゃーと、はしゃいだ声まで上げている人間は他にはいない。

「あの人は凄すぎる」

そうコメントした他の優勝者がいる。

「ものすごい余裕があって、それだけで、挫けそう」

と青い顔の人もいた。事実、お菓子を焼いている間に、晴美は、お茶を淹れて飲んでいたりするのだ。

「ものすごく緊張してるんで、喉が乾くんですよ」

と言っているが、ほかの人はそんなお茶の余裕もないわけで、ある意味圧倒的な実力差が、そこにはあった。
果ては創作菓子と技術的試合で、審査員が一様に

「こんなにレベルの高いものを用意されるとは思わなかった」

「見本よりも出来がいいなんて信じられない」

などのコメントを出している。ティーセットの完成形は、ホームメイドの世界のものではない。完璧にして、洗練された、高級ホテルでしか見られないような完成度で仕上げてきたのだ。
最初から最後まで、晴美の無双状態といっても過言ではなかっただろう。事実ほかの誰もが当然という顔で、トロフィーを受け取る晴美に拍手を送っている。

「これからイギリスのグランマの所で、ディナー作るんです!!材料はグランマ用意してくれてるんです!!」

と明るさしか見つからない笑顔で言った晴美に対して、どうしたって不愉快な感情は抱けない。
ちゃっかり自分の働くホテルの宣伝までした優勝者が、カメラに満面の笑みで手を振っている。
子供がごきげんです! とでもいうかのような振り方だが、そこがいいという人は多いだろう。人畜無害を、絵に書いたような笑顔は、裏がない分の受け取りやすい。
落ちとしては、最後のテロップで、優勝者達の現在の事が記されており、晴美は

「有名ホテルで副料理長に就任」

と記載されていた。





そんな事があってから数日が経過し、仕事納めも終わり、依里は電車と新幹線を乗り継いで、実家を目指していた。お土産は都会らしいもので、重さがあまりない事が大事だ。
長距離移動の時に、重さは厄介なものになりかねない。それでもキャリーケースひとつ分の荷物はあったので、晴海のフットワークの軽さは、本当にすごいと改めて思う。旅行鞄一つだけでどこにでもあいつは行ってしまうだろう。行動力だけは、昔とあまりかわらなさそうだ。
夏休みに突如、仲間とともに自転車爆走列島縦断をやりやがった事は、知っている人間の間では語り草だった。
そんな事を思い出しているうちに、窓の外の景色は変わっていき、都会らしさは失せていく。そうして新幹線から快速線、鈍行と乗り継ぎ、ようやく依里は実家の最寄り駅に到着した。
やっとここまでたどり着いたのだと思っていると、何やら改札の向こうの、つまり前方が騒がしい。
野郎の声がぎゃあぎゃあと騒いでいる。何なのだと視線を向けると、そこはなかなかに混沌としていた。一人の男に、誰かが飛びついていたのだ。
迎えに来た人達だったのか、仲間と思わしき人達が腹を抱えて笑っている。その中で、誰かの娘だろうか、目をまんまるにして呆気にとられている少女もいた。
彼等は何か動画撮影をしていたのか、撮影用の折りたたみ三脚で機材をセットして、撮影をしている人も驚いた様子でいた。

「しぇんぷぅぁーい!!」

もはや言語が崩壊しているようだが、あれは

「先輩」

と呼んでいる。そしてその声は間違いなく晴美のものだ。あいつは今日地元に戻ってきたのか。先に行っていると考えていた分、意外なところはあった。
まあ、疲れ果てた部下に、休みを与えるべく一日猶予を作ったのかもしれない。年末年始まで、撮影をしている林君の仕事事情はどうなのだろう、とお節介な部分が突っ込んでいた。そして抱きつかれている先輩の方は、べしんべしんと、手加減なしに晴美を引っ叩いて引っ剥がしている。
これも高校時代の通常運転だ。お互いあの頃の距離感なのだろう。まあ、他人に迷惑をかけなければ、子供じみた事をしても問題ない。

「みんな久しぶり!!六年? 五年?」

「お前が留学していた退学してからだろ、大体六年」

「お前二十歳で料理極めるって言ってどっかの外国のシェフに弟子入しただろ、あれから誰とも会ってねえならそのくらい」

晴美の悪友たちがそんな事をいう。

「あ、環もか!お帰り環」

彼らの動向を見守っていると、一人が気づいて声をかけてくる。

「何時、ハルの、帰って来るの知ったの?」

依里の問いかけに、先輩が答えた。

「ハルのばあちゃんから聞いた」

「迎えについでに、買い出ししてこいって家の母ちゃんたちに尻叩かれて来た」

「こいつがおせち作らないと今年のおせちは俺達にはない……」

なるほど。晴美の帰郷の情報は、それなりに地元に回ったらしい。そして、晴美が地元から出ていくまで、楽しく大量のおせち料理を作っていたことから、今年は頼みたいのだろう。

「皆おせち料理食べられないの?大変だ!!早く買い出し行こうよ!!」

悪友たちの真剣な顔に、晴美も大変だと言って先輩から離れる。

「……って、こちらの、かわいい女の子はどなた?」

そこで晴美が小さな女の子に目をやる。女の子は晴美をまじまじと見つめていう。
まさに未知との遭遇であろう、少女にとって晴美はどこまでも規格外だ。

「パパのお友達?」

「俺の娘だ。嫁ちゃんに似てかわいいだろ!」

少女につられて先輩が胸を張る。

「先輩、美人さん捕まえたんだねー!」

確かに。晴美の心からの感想に、依里も頷いた。先輩は過去暴れまくった元ヤンで、高校時代に改心してからは、問題を起こさなくなった人だったはずだ。
でも睨む時の目つきは、その頃の迫力があるため、なかなか彼女は出来なかったと聞いた事がある。しかし、嫁ちゃんに似た娘さんはかなりかわい子ちゃんなので、よっぽど美人と結婚したのだろう。
幸せそうで何よりだ。

「お嫁さん義実家に置いて、迎えにきちゃだめだよ!」

「嫁ちゃんは実家に帰省してる。生まれたての息子連れて」

「良かったの?」

「ゆっくり休ませるには、俺と娘ちゃんと一緒にいるより、実家に赤ちゃんと一緒の方がいいだろ。」

なるほど、嫁をゆっくりさせるために、娘の世話や気遣いがないように、あちらの実家に行かせたらしい。なかなか、嫁思いだ。

「はじめまして、娘ちゃん!おれ晴美ね、ハルでいいよ」

「……ハルちゃん?」

「うんうん、呼びやすいので良いよ! 買い出し一緒に行くの? 荷物すごいことになるでしょ?」

「一旦お前の家に行く。で材料の確認してから買い出し。だから一旦拾って帰ってこいって、お前の父ちゃんに言われてんだ」

「そっかー。あ! 紹介するね! この人林君! いつもお世話になってる部下! 年末年始に、行くとこないって、言って、ついてくるっていうから一緒に来た!」

「……ハルの、部下……」

「同情を禁じえないぜ……」

「あんたもさぞ、苦労してんだろうな………」

「いえ、ある程度が、わかればそこまで苦労はしませんので」

「林君料理上手だよ! 得意分野はエスニック」

ぼろくそに言われても、晴美にとっては怒る事にはならないらしい。まさに友達だから許されている言動だ、お互い様に。

「副料理長に言われるのはちょっと、申し訳無いですね」

「おれ林君の生春巻き大好きだよ?」

「それでもです……すみませんが、よろしくお願いします。」

彼らの方針が決まった時だ。晴美が当たり前の声で依里に言う。

「ヨリちゃん。荷物入れようよ」

「私の分まで乗せて良いのか……?」

「お前無視したら俺達悪いやつだろ」

そういう訳で、依里も車に同乗し、とりあえず晴美の実家を目指したのであった。
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