異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

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スナゴと憶測

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「あー、スナゴ洗濯ものするならこれも追加―!」

誰が言ったか。スナゴが洗濯桶片手に、共有の井戸に近付くや否や、子供たちが汚れまみれの衣類をそこで堂々脱ぎ始める。

「ちび助たち、お着替えは家の中でしてって言ったでしょう!」

この、森狼族はなぜか……なぜか人目を気にしないで服を脱ぎだす悪癖があった。
大人になると多少落ち着くのだが、やっぱり浮かれ騒ぐと脱ぎだす空気がある。
成人前の子狼たちは特に、所かまわず服を脱いで、ぱっと獣化してしまうのだ。
そして目指されたのは……

「珍しいー!」

トリトンが受け入れた事で、ほかの村人の獣化してほしいというお願いを聞いて、首白狸もどきになったアシュレイである。
どこかころころとしたフォルムは、子狼たちの転がしたいものとして標的になってしまったらしい。
スナゴを見ると所かまわず抱っこをせがむような、小さい子なんて特に。
大きくても、スナゴが頑張って抱っこするため、結構大きくなるまで抱っこしてほしがるのも多い。余談だが。
そして大概トリトンが、そんな歳じゃないだろう、といさめて諦めるわけだが。

「わーっ!?」

転がそうと体当たりを仕掛けてくる複数の子狼に、一匹の狸もどきがかなうわけもなかった。
コロコロ転がるように走ったり、実際に転がされたりと、散々な目に遭っている。
しかし嫌なら獣化を解けばいいのに、解かないのだから楽しいのだろうか。
スナゴが入念にちびどもの分まで洗濯を続けていると、いつの間にか手が伸びて、隣にはトリトンの母がいた。
洗濯を手伝うらしい。

「あ、いつもありがとうございます」

「いいのよ、ちびの洗濯物は皆で洗うのがこの村のやりかただもの。ほかの奴らは、あの転がって遊ぶのを見るのに、夢中だけれどね。うちの子は村長に、事の次第を話しに行っているし。スナゴも後で来るように言われるわね。しかし……うちの子が言った通り、きれいに傷が治ったものだわ、よかった」

彼女はにっこりと笑って、スナゴの傷が完治した事を喜んでいた。
そういう人なのだから。

「しかし……体格の小さな種族ね、このあたりの種族じゃないわ、完全によそ者。でも身なりはいいし結構お金持ちの家の出身みたいだしね、どこから流れてきたのやら。……スナゴに気があるのは確かみたいよ、あなたの言った事だけを手掛かりに、近くの村にスナゴの居場所を聞き続けたらしいから」

スナゴは、現在進行形で転がされている狸もどきの、ふくふくした胴体に甘噛みを始めたちびたちを見て、言う。

「私はよくわからないです。番とか結婚とかそう言うの、まだ」

日本で彼女の年齢で、結婚を考える事は滅多にないのだから。彼女の感覚は仕方がなかった。
まだわからないのだ、初恋すらまだなのだから、その先の事なんて余計に分からない。
憧れる部分はあるのだが……いままで相手になる存在がいなかった事も大きいだろう。

「それでいいのよ、そのうち気になったり、夫婦になりたいって思ったら言えば」

にやりと笑った彼女はそして立ち上がり、その場で一喝した。

「ちびども! お客人に噛みつくんじゃないよ! お客人が優しいからってふざける度合いがすぎるよ!」

聞いた噛みついているちびたちが、ぱっとアシュレイから離れ、ごめんなさいと口々に謝り始める。
ちょっと興奮の度合いが強くなりすぎたのだろう。
そして彼女は見ながら笑っていた大人たちにも一喝する。

「あんたたちもほどほどで、止めなさい! お客人が穏やかな人だからって、やっていい事と悪い事があるのくらい区別がつくでしょうが!」

大人たちも、事実過ぎて首をすくめていた。

「あ、あまり気にしないで欲しい、子供の頃もこうして誰かと遊んだ事が無いから、おれも十分面白いと思っていたし」

アシュレイがしゅんとうなだれた子供たちに言う。それを見てスナゴは、この人はもしかして虐げられて生きてきたのかな、と感じた。
何とない空気でしかなかったのだが。
しかし本人がそう言ってくれた事で、子供たちは相手が怒っていないとわかり、嬉しそうな顔になった。

「じゃあまた遊んでね」

「あそんでね!」

狸姿に子供狼が群がってねだる。
きっとアシュレイは拒否したりしないだろう、とどこかでスナゴはわかってしまった。
彼は結構人がいいようだから。

「またな」

狸姿でも笑ったのが分かったのだろう。子狼たちが尻尾をはたはたと振っていた。
その微笑ましい光景を見ながら洗濯物を干していると、村長が慌てた顔で現れる。

「スナゴ、災難だったな、衝撃を受けているかもしれない今、聞くのは申し訳ないのだが、大事な話だから家で、襲われた詳細を聞かせてくれないだろうか」

それを聞いた村人たちが、ざわめいた。

「スナゴ襲われたのか!?」

「どこの奴らに?」

「大丈夫だったの! だからトリトン血まみれだったの」

ざわめいた人々に囲まれながら、スナゴは言う。

「トリトン先輩が助けてくれたからこうして、無事。村長にちゃんと説明しに行くから、ごめん通して」

「村長、後でしっかり私たちにも聞かせてちょうだいね」

「事の次第によっては、領主さまに言わなければいけないかもしれないからな」

村長は重々しく頷いた。
子供たちは、一気に物々しくなった大人たちに不安を感じたらしい。
きょろきょろと周囲を見回し、先に獣化を解いたアシュレイが言う。

「大事な話だったら、皆にも話してくれるだろう」

「そうだよね」

邪険にせず相手してくれる雄という事で、子供たちの信頼を勝ち取ったらしい彼だった。
スナゴは彼の相手を村人に任せる事にして、急ぎ村長の家に入った。
仲には不機嫌をあらわにしたトリトンがいる、おそらく説明しながら苛立ちや怒りが戻ってきたのだろう。
牙をむき出しに唸る姿が、容易に想像される表情だった。

「で、スナゴ、怖い事を思い出させてしまうかもしれないんだが、詳細を教えてくれないだろうか」

村長が難しい顔で言う、そして隣のサンドラの母とサンドラも真顔だ。
重要な話に違いないので、スナゴは出来る限り細かく説明した。
あいつらが言っていた事も言う。
実際には大した長さにならない説明だったが、村長たちはかなり情報を手に入れたようだ。

「このあたりに来るという事は、平地の狼だろうな。今回の歌垣に来たやからの中で、多いのはふもとの狗族だった。な、サンドラ」

「そうね、山中の狗族はあまりいなかったわ。衣類の染め抜きが正しければ」

「……平地でそこまで収穫が落ちたという話は聞かないんだが……どこか知っているか。リエレッタ」

リエレッタ……サンドラの母が腕を組む。

「この前の女の集まりで聞いたのは、いつもとても豊作の村の税が大幅に上がって、そんな時に狂犬病が流行って人手が足りなくなったという話ね。病気が病気だからほかの村からも手伝いが来なくて、収穫が激減したとか」

「それもあって今年、税を払えずに村人を売らなければならない事態に? だが一年だけだったら待ってくれそうなものだが」

「収穫の激減が始まったのは、二年ほど前からだと聞くわ。とても豊かな村だった分、お金の使い方も激しくて、あっという間に貧しくなったとも聞くわ」

「だからだろうな」

鼻を鳴らして呆れたのがトリトンだった。周囲の視線を受け、彼が言う。

「あいつらはすでに何人も娘を売っているような発言をしていた。たぶんこれ以上娘を売れない位外に出してるんだ。んで儲けで贅沢して、だからって人手不足は変わらないから、収穫高も落ちる。……連鎖してることをしてそうだったな、あいつらの身なりを見るに。あいつら上等の綿の衣類だった」

アシュレイなんて目じゃない位の上等さだったぜ、と色々見えていたらしいトリトンが言う。
スナゴは布地の違いなんて気付かなかったのだが、トリトンは気付いていたらしい、すごいなと感心してしまった。

「……村長、可能性の話をしていいか」

「可能性?」

「あいつらは切羽詰まってる、もしかしたらこの村の情報を売るかもしれない。異世界族を抱えてる村ってな。役人は上昇志向があるものだろ、いつも来る奴らの言い方を考えるに。今までスナゴが栗を拾ったり魚とりしてたりして、わざとじゃねえけど隠れていたから、役人様は気付いてなかっただけだけれど。いるって分かれば、自分の地位をあげるためにスナゴを狙いに来る。十中八九。どんな種族の子供も産める異世界族を、ほったらかしにするほどお人よし役人が、このあたりにいるわけがない」

「だが今まで、隣村に行って騒ぎになった事はないぞ」

「隣村程度だったからすんでたんだろうよ。お互いの信頼を失うわけにはいかないし、たぶん隣村もスナゴがそんな重要だなんて思わない。……厄介な事になりやがった」

聞いているスナゴも、厄介だと思うのだから、村の事を考える村長は余計に、厄介な事になったと気付いたらしい。顔がやや青ざめた。

「だからって隠せば、村が潰される。微妙な所だな」

トリトンは吐き捨て、頬杖をついた。

「一番いいのはスナゴが誰かと婚姻を結んでいるって事で、すでに番がいるってことにする事だろうよ。まさか番もちを売り飛ばそうっていう魂胆の奴だったら、旦那が制裁を加えても罰せられないはずだしな」

「だがお前はそれでいいのか」

妙な事を聞く、と思ったスナゴの怪訝な表情を置いてけぼりにして、トリトンが言う。

「スナゴが愛も情もない輩と結ばされるよりゃましだ」

「先輩、手から血がにじんでますよ!?」

スナゴはそこで気付いたのだ、先ほどからトリトンは手を握り締め、自分の爪で手のひらを傷つけていると。
手から漏れてきた血の色で気付いた彼女が慌てると、トリトンは手のひらをべろりと舐めた。

「おれはな、スナゴ。お前が幸せそうに笑ってくれればそれで、ほかに心を傾ける隙間なんてねえんだ」

同年代だったら口説かれている、と思うほど情熱的な発言に、サンドラが頭を抱えていた。

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