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スナゴと出発
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ただし言われた方はたまったものではなかったのだろう。
愕然とした顔になり、ひれ伏したまま訴えてきたのだ。
「そこを何卒、なにとぞ! 都にお戻りください! 貴方様を皆が待っているのです!」
「不思議な事を言う、いらないのだ、追い出せと石を投げつけてきたのは都の奴らだっただろう」
アシュレイの言葉に、都の兵士たちが顔を見合わせた。
覚えがあるらしい。
その覚えがある事を理由にするのか、アシュレイが続けた。
「おれはもう、巫子長ではないのだし、皇子でもない。お前たちがただの村人として強引に連れて行くのだとしても、抵抗する事くらいはするだけの狗族だ。大体なんでおれを必要とする、新しい巫子長はナリエに決まったから、追い出されたのだろう」
「……ナリエさまは巫子長としてふさわしくない振る舞いを重ね……みかどがその座から降ろしました。今巫子長は空位の状態、この安定しない状態を長く続けている事は出来ません、いくつ神事があるか、ご存知でしょう」
「ナリエにしたのはお前たちだ。ナリエの方がふさわしいのだと決めてかかっておれをいらない物にしたのはお前たちだ、行くわけがないだろう、虫が良すぎる」
アシュレイのきっぱりとした言葉に、都の兵士たちは顔を見合わせた。
その時だったのだ。
このあたりの役人が声を発したのは。
「ただのアシュレイ! 都の兵士様たちのいう事を聞かないなら、この村の狗族を皆殺しにするぞ!」
「おまえっ!?」
役人からすれば、巫子長でも皇子でもないと本人が言い切ったのだから、ただの下々と同じ扱いと脅しでいいと思ったのだろう。
だが都の役人たちは血相を変えた。
アシュレイが鼻で笑ったのだ。
「それならば言う事を聞いても聞かなくても、この村の住人に危害を加える予定なのだろう、お前たち。ならば助けられる近い距離にいた方がいい」
都の兵士たちは役人を抑え込み、これ以上余計な事を言わないようにしている。
村の住人達も、これをどうするのか決められないらしい。
アシュレイは行きたくないのだから、それを尊重したいのだろう。
だがここでそれを言っていいものなのかどうなのか、と言った所か。
スナゴがどうするのだろう、と困っていると、そこで言い出したのはサンドラだった。
「一回行った方がいいわよアシュレイ。それで自分はそんな物にならない! って堂々宣言した方が早くないかしら」
「まあそれもそうかもしれないが、行くや否やなあなあで元に戻されそうな気がしてしまって」
「そういう時は逃げ出せばいいんじゃない。あなたの意志はあなただけの物なんだから、あなたがやりたいように動くべきだわ、このままここの面倒くさい連中を長居させればさせるだけ、もめるだろうし」
一理ある。サンドラはさすが頭がよかったのだ。
「あなた方は、アシュレイを連れて来るように言われただけなんでしょ? 詳しい事は聞かないで」
サンドラが茶目っ気たっぷりな顔で言い出す。その顔を見て、スナゴはにやりとした。隣のトリトンもにやりとしたし、村人の表情なんて似たような物だ。
村の住人は、サンドラが言いたい事が分かったのだ。
「まあ、それはそうなのですが」
「だったら連れて行けばあなた方に御咎めとかはないんでしょ、アシュレイ、この狗族たちの人生を終わらせない程度のやさしさだけは、持ってほしいわ」
そこまで言えば、アシュレイも何かに感づいたらしい。
非常に不承不承と言った調子で、言った。
「村の物に言われてしまっては仕方がない、行くだけ行く事にする」
そして意外な事を言いだし始めた。
「スナゴも連れて行っていいだろうか、ただ婚約者までできたと言っても、都の連中は方便だと言って信じてくれないだろうから」
「スナゴが行きたいならね。スナゴどうする?」
「都に行くだけなら、ちょっとは興味があるから」
「じゃあ決まりね、トリトンあんた一緒に行きなさい。どうせあんたがアシュレイとスナゴの手綱を握ってるんだから」
こうしてとんとん拍子に決めてしまったサンドラは、村長の娘として申し分なかった。何しろ誰の反論の隙も許さなかったのだから。
野営に慣れ切ったスナゴやトリトンは、そのまますぐに身支度が整ったのだが、役人たちはそうもいかなかったらしい。
何しろ武器のことごとくをトリトンに無力化されてしまったからだ。
しかしこの村に、それと同じだけの物があるわけがない。
役人たちはその弁償を求めようとしたのだが。
「あんたたちが先に手を出したのがいけないんだろ? 普通に話し合いで済ませればそんな物いらなかったのに、いらないもので相手を傷つけて思うように従えようとしたんだから」
とトリトンに言い負かされて、どうしようもない。
結局彼等は丸腰の状態で、不平不満を言いながら旅支度をした。
スナゴは不思議だったのだが、都の住人は獣化しないで旅をするのだろうか。
物の多さからそんな事を思うわけだ。
何しろ獣化が出来ないスナゴ以上の物を持っているのだ。
重たそうだし面倒くさそうとしか、言いようがなかった。
そして彼らは……なにやらトリトンを過剰なまでに恐れているらしい。
音だけで鉄の刃物を壊した相手を、相当恐れているのだ。
もしかしたら皇子であるアシュレイ以上に、怖いものだと思っているのかもしれない。
そんな事はさておき、出立は早い方がいいだろうという結果、スナゴ達は日の高いうちに、村を後にする事になった。
外に出るや否や、獣化して巨体になったトリトンはスナゴを乗せ、アシュレイは散間っとした姿に変わる。
そして藪のような道を進み始めたのだが。
「待ってくれなんであなたたちはそんなにすいすい進むんだ!」
役人たちは獣化せず、重い荷物にひいひい言いながら後を追うのだ。
「獣化すりゃいいだろ、運べるだろそれ位のもの」
「獣化なんて野蛮な事をするわけないだろう!」
「都じゃ獣化が野蛮なのか、しらねえなそんなの、アシュレイ見習えよ、このあたりでのっぺらぼうのまま歩いてりゃ、進める道も進めない」
「この体の方が何かと便利だぞ?」
喚く役人たちは、楽だと断言するアシュレイに頭を抱えてしまっていた。
獣の姿は、都では嫌われるのだろうか、獣化できる生き物だというのに。
それは人口が多いから起きる事なのか、種族のるつぼだから嫌われる事なのか。
背に乗っているスナゴは、そんな事をぼんやりと考える事になった。
愕然とした顔になり、ひれ伏したまま訴えてきたのだ。
「そこを何卒、なにとぞ! 都にお戻りください! 貴方様を皆が待っているのです!」
「不思議な事を言う、いらないのだ、追い出せと石を投げつけてきたのは都の奴らだっただろう」
アシュレイの言葉に、都の兵士たちが顔を見合わせた。
覚えがあるらしい。
その覚えがある事を理由にするのか、アシュレイが続けた。
「おれはもう、巫子長ではないのだし、皇子でもない。お前たちがただの村人として強引に連れて行くのだとしても、抵抗する事くらいはするだけの狗族だ。大体なんでおれを必要とする、新しい巫子長はナリエに決まったから、追い出されたのだろう」
「……ナリエさまは巫子長としてふさわしくない振る舞いを重ね……みかどがその座から降ろしました。今巫子長は空位の状態、この安定しない状態を長く続けている事は出来ません、いくつ神事があるか、ご存知でしょう」
「ナリエにしたのはお前たちだ。ナリエの方がふさわしいのだと決めてかかっておれをいらない物にしたのはお前たちだ、行くわけがないだろう、虫が良すぎる」
アシュレイのきっぱりとした言葉に、都の兵士たちは顔を見合わせた。
その時だったのだ。
このあたりの役人が声を発したのは。
「ただのアシュレイ! 都の兵士様たちのいう事を聞かないなら、この村の狗族を皆殺しにするぞ!」
「おまえっ!?」
役人からすれば、巫子長でも皇子でもないと本人が言い切ったのだから、ただの下々と同じ扱いと脅しでいいと思ったのだろう。
だが都の役人たちは血相を変えた。
アシュレイが鼻で笑ったのだ。
「それならば言う事を聞いても聞かなくても、この村の住人に危害を加える予定なのだろう、お前たち。ならば助けられる近い距離にいた方がいい」
都の兵士たちは役人を抑え込み、これ以上余計な事を言わないようにしている。
村の住人達も、これをどうするのか決められないらしい。
アシュレイは行きたくないのだから、それを尊重したいのだろう。
だがここでそれを言っていいものなのかどうなのか、と言った所か。
スナゴがどうするのだろう、と困っていると、そこで言い出したのはサンドラだった。
「一回行った方がいいわよアシュレイ。それで自分はそんな物にならない! って堂々宣言した方が早くないかしら」
「まあそれもそうかもしれないが、行くや否やなあなあで元に戻されそうな気がしてしまって」
「そういう時は逃げ出せばいいんじゃない。あなたの意志はあなただけの物なんだから、あなたがやりたいように動くべきだわ、このままここの面倒くさい連中を長居させればさせるだけ、もめるだろうし」
一理ある。サンドラはさすが頭がよかったのだ。
「あなた方は、アシュレイを連れて来るように言われただけなんでしょ? 詳しい事は聞かないで」
サンドラが茶目っ気たっぷりな顔で言い出す。その顔を見て、スナゴはにやりとした。隣のトリトンもにやりとしたし、村人の表情なんて似たような物だ。
村の住人は、サンドラが言いたい事が分かったのだ。
「まあ、それはそうなのですが」
「だったら連れて行けばあなた方に御咎めとかはないんでしょ、アシュレイ、この狗族たちの人生を終わらせない程度のやさしさだけは、持ってほしいわ」
そこまで言えば、アシュレイも何かに感づいたらしい。
非常に不承不承と言った調子で、言った。
「村の物に言われてしまっては仕方がない、行くだけ行く事にする」
そして意外な事を言いだし始めた。
「スナゴも連れて行っていいだろうか、ただ婚約者までできたと言っても、都の連中は方便だと言って信じてくれないだろうから」
「スナゴが行きたいならね。スナゴどうする?」
「都に行くだけなら、ちょっとは興味があるから」
「じゃあ決まりね、トリトンあんた一緒に行きなさい。どうせあんたがアシュレイとスナゴの手綱を握ってるんだから」
こうしてとんとん拍子に決めてしまったサンドラは、村長の娘として申し分なかった。何しろ誰の反論の隙も許さなかったのだから。
野営に慣れ切ったスナゴやトリトンは、そのまますぐに身支度が整ったのだが、役人たちはそうもいかなかったらしい。
何しろ武器のことごとくをトリトンに無力化されてしまったからだ。
しかしこの村に、それと同じだけの物があるわけがない。
役人たちはその弁償を求めようとしたのだが。
「あんたたちが先に手を出したのがいけないんだろ? 普通に話し合いで済ませればそんな物いらなかったのに、いらないもので相手を傷つけて思うように従えようとしたんだから」
とトリトンに言い負かされて、どうしようもない。
結局彼等は丸腰の状態で、不平不満を言いながら旅支度をした。
スナゴは不思議だったのだが、都の住人は獣化しないで旅をするのだろうか。
物の多さからそんな事を思うわけだ。
何しろ獣化が出来ないスナゴ以上の物を持っているのだ。
重たそうだし面倒くさそうとしか、言いようがなかった。
そして彼らは……なにやらトリトンを過剰なまでに恐れているらしい。
音だけで鉄の刃物を壊した相手を、相当恐れているのだ。
もしかしたら皇子であるアシュレイ以上に、怖いものだと思っているのかもしれない。
そんな事はさておき、出立は早い方がいいだろうという結果、スナゴ達は日の高いうちに、村を後にする事になった。
外に出るや否や、獣化して巨体になったトリトンはスナゴを乗せ、アシュレイは散間っとした姿に変わる。
そして藪のような道を進み始めたのだが。
「待ってくれなんであなたたちはそんなにすいすい進むんだ!」
役人たちは獣化せず、重い荷物にひいひい言いながら後を追うのだ。
「獣化すりゃいいだろ、運べるだろそれ位のもの」
「獣化なんて野蛮な事をするわけないだろう!」
「都じゃ獣化が野蛮なのか、しらねえなそんなの、アシュレイ見習えよ、このあたりでのっぺらぼうのまま歩いてりゃ、進める道も進めない」
「この体の方が何かと便利だぞ?」
喚く役人たちは、楽だと断言するアシュレイに頭を抱えてしまっていた。
獣の姿は、都では嫌われるのだろうか、獣化できる生き物だというのに。
それは人口が多いから起きる事なのか、種族のるつぼだから嫌われる事なのか。
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