異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

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スナゴと駕籠

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うわぁ、なんて久しぶりに思った。
この場合のうわぁ、はドン引きしたという意味での言葉だ。
こんなの初めて見た、いいやそれ以上に、この、なんとも言えないへりくだった感じ……

「都の方がアシュレイの勝ちを重んじてるって感じだな」

そうですねトリトン先輩、と内心で思いながら、スナゴは、アシュレイだけを見て平伏する集団を見る羽目になっていた。
ほかの狗族たちの事などまるで無視している。
ほかに目がいかない位だ。
まあ自分のように目立たないし、匂いも薄くて自己主張が少ないのだろう相手では仕方がないのだが。
一緒のトリトンまで放置されているようで、少し気に入らない。
平伏していた集団のなかで、割とえらい身分らしい狗族が言う。

「お待ちしておりました、アシュレイ様。こちらへ」

関係者が恭しく頭を下げ、そこに乗るように勧める。その駕籠を用意してきたのだろう。
やや時間がかかったのはそのためか。
頷くかに思えたアシュレイだったが、それを見て顔をわずかにしかめた。
それは明らかに一人用だった。運び手が二人しかいないのだ。それものっぺらぼうの姿なのだから、三人も乗せられないのは明白な事。

「いやだ」

「は……? この駕籠がどれほどの物か、陛下がどれだけアシュレイ様をお待ちしていたか、お分かりにならないのですか!」

裏返りかけた声で、一人の狗族が言う。アシュレイの嫌だという言葉を、ひっくり返そうと説得しているのだろう。
本人的には。
だがアシュレイは頑として首を縦に振らない。
そしてその駕籠を示して言いきった。

「その駕籠は三人も乗れないからだ」

「は……?」

意味が分からないと、その場の狗族たちの顔が訴えていた。
そりゃそうだ、彼等は自分たちを完全にスルーしているのだから、アシュレイだけしか見えていない。
そのアシュレイが、三人などと言い出すのは、訳が分からないだろう。

「あいつら完全に、俺らの事見てなかったな」

けけけ、と何が楽しいのか笑ったトリトンである。
その皮肉のこもった笑い方に、ある種似たような気分になる。

「でもアシュレイが、一緒って思ってくれてるのがうれしい」

「当たり前だろ、あいつはよその物じゃなくて、うちの狗族になったんだからよ」

二人が、無視されているのをいい事に喋っていると、アシュレイが彼等に告げていた。

「俺は巫子長に戻るために、ここに戻ってきたわけじゃない。陛下にきちんと話さなければならないと思って来ただけだ。巫子長を乗せるための駕籠はいらない」

「しかし、皇子が洛中を移動するのに駕籠もなしとはっ」

この発言に慌てふためいたのは、駕籠を用意した面々だった。
駕籠がいらない、ただの狗族として扱うのは、問題があったのだろう。
元皇子様だからかな、それともこれから巫子長にしたいからかな、どっちだろう。
彼等の考えは、スナゴにはわからない。
トリトンはひどくどうでもよさそうに、空なんかを見始めた。

「日が暮れる前に中に入りたいぜ」

「せっかくそこの崖を短縮してきたんだものね」

「中に入るために短縮したってのに、なんでこんな場所で足止めされんだよ、意味分からねえ」

「まあまあ」

アシュレイと彼らの問答はどうでもいいのだろう、トリトンは日暮れまでに、まだ盗賊の危険のない場所に入りたいだけだ。
それは自分も同じだが、スナゴは彼らの会話に聞き耳を立てていた。
やっぱり気になっちゃうわけである。

「宮殿まで、おれは歩いていくだけだ、おれはもう王位継承権なんてないのだから」

そしてアシュレイは、スナゴとトリトンを見やる。

「そしてこちらの二人は、とても大切な方々だ。命の恩人のような物でもある。そして見届け役として、今住んでいる村からここまで足を運んでくれたんだ。その二人から引き離されて、彼等をないがしろに扱われるかもしれない状態では、とても駕籠なんて乗れない」

「こんなどこの物かもわからない物ですぞ! おまけに片方は匂いがなく、片方は種族不明の匂いがする怪しい奴というのに!」

「トリトン先輩森狼族」

「こっちの奴らは森狼族ってのの匂いを知らねえんだろ、俺らが天狗族の匂いを知らなかったように」

「知らない匂いは怪しいっていうの、もしかして常識ですか」

「スナゴはわからない基準だろうなあ、まあそうだな。今まで教えなくっても平気だったから、教えるのを村一同で忘れてたわ」

しかしいい加減、そこの揉め事が面倒になったのだろう。
トリトンがアシュレイの脇に立ち、駕籠を指で示しながら、背の高い天狗族に言った。

「問答の時間が面倒だ、おいアシュレイ、駕籠っていったって二人がかり程度で歩いて運ぶんだろ、その後歩いて追いかけりゃいい、なあスナゴ」

最後は一緒に後ろを歩く予定の彼女への、問いかけである。
歩くのは別に辛くもなんともないので、スナゴもトリトンの脇に来て、聞いた。

「駕籠ってそんなに早いの?」

駕籠がなんなのかよく分かっていない二人の言葉に、アシュレイが何とも言えない顔になった。無表情は通常なのだが、わずかばかりはあるのである。

「早くはないんだが、村から見届けに来てくれた二人をないがしろにされる場合を考えると」

「お前……、自分の元身内にすげえ不信感抱いてんだな」

うげえ、と思い切り表情に出しながらのトリトンだ。
それに対して真顔で頷くアシュレイ。

「と言われても仕方がない。ある日いきなり、ありもしないでたらめで、仕事を止めさせられて、石を投げられて追い出された身の上だから」

普通信用なんてなくなるな、とよく分かる発言だ。その後、アシュレイが宮殿の関係者を見る。

「彼等を私と同じ部屋にしてもらえるか。私は来訪者という扱いにしてほしい。もう私の部屋なんてなかったと思ったが」

「た、ただちに」

彼の視線に何かあるのか、視線を間近に受けた関係者は平伏し、そこでやっとアシュレイは動く事にしたようだ。

「必ず彼等も一緒に来てもらうんだぞ」

念押しはしっかりとして、アシュレイは非常にしぶしぶと言った調子で駕籠に乗った。
乗らなければ話が進まないし、何も進まないからだ。
そしてトリトンに、面倒だ早くしろ、と視線で叱られた事もあるだろう。
それはスナゴも思っていた事なので、自分もトリトン先輩も後を追えばいいと考えていた。
なにしろ追跡なら、トリトン先輩以上に頼もしい人はいないのだから。
ようやく、絢爛豪華な刺しゅう入りの駕籠が動き出し、その後をずらずらと歩き出す関係者たち。十人を超えたあたりでスナゴは、数えるのをやめた。
果て自分たちは最後尾でいいのだろうか。

「最後に追いかけりゃいいだろ、あんなに目立つ匂いの駕籠だ。なんか香りを炊いてるぜ」

動けなくなった彼女とは裏腹に、淡々と次の行動を決める先輩の頼もしさはすばらしい。
そして確かに、あの駕籠が動き出した時にふわふわと、いい匂いがした。食べ物などとは違う、防虫剤のような匂いだった。
自分でもわかるなら、もっと鼻のいいトリトンは追跡なんて楽勝だろう。
しっかりと手をつないだ頼もしい先輩と、スナゴは都のなかに入った。
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