フィール・ザ・タイム ~ハッカあめ~

ときしろ めぐみ

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 結論から話すと、高校で時河と再会することはなかった。入学式でも姿を見かけなかったし、クラス発表の掲示も隅々まで探したけど、「川上時河」という名前を探し出すことは出来なかった。
 時河は嘘をついていたのだろうか? 加奈は少しショックを受けた。

 しかし、現実はそんなことを気にしている間もなく、すぐに日常生活に飲み込まれていく。

 高校生になっても、加奈は自分からクラスメイトに話しかけたりすることはなかなか出来なかった。たとえメガネという仮面を付けていても、そう簡単に変われるものではない。そのことを知ってちょっと落ち込んだりもした。

 そして、二週間ほど経ったある日。

 昼休み、お弁当を終えた加奈は、学校の中庭にあるベンチに腰かけ、静かに本を読んでいた。ヴィーナスの小さな像が中央に立っている噴水が涼しげな音を立てている。花壇には赤いチューリップが植えられ、その上をモンシロチョウが一匹、ふわふわと漂っていた。最近、加奈はこの場所がお気に入りだった。

「ねぇ、あなた」

 その時、突如頭上から声が降ってきた。加奈は本から目を離し、見上げる。背中の半分くらいまで伸びたロングヘアーに、白いカチューシャをつけた女子生徒が、加奈をにらみつけるように立っている。学年章の色から、どうやら二年生の先輩のようだ。
「ちょっと話があるんだけど」


 加奈はいきなりのことで、ちょっとこわばった。

 どうしよう。私、何かまずいことしちゃったのかな……?

 するとロングヘアーの先輩は、次の瞬間ニッと笑って「ねぇ、あなた。演劇やってみない?」と、思いがけない言葉を投げかけてきた。
「……え?」
 すると、今度はロングヘアーの先輩の後ろから、もう一人の先輩が、ひょっこり顔を出してきた。こちらは、くせっ毛を肩まで伸ばした髪型で、まあるいメガネをかけている。
「お願い。その切れ長の瞳に、そのメガネ。今作ってる脚本の登場人物のイメージにすごくピッタリで、あなたを廊下で見かけた時からずっと気になってたの」
 いきなりの展開に途惑う加奈。
「あ……あの、でも私、お芝居なんて……全くやったことないし……だから……」
「そんなのは関係ないよ。誰だって最初は初心者さっ! ……ちなみに男性役なんだけどね」
 ロングヘアーの先輩がちょっと申し訳なさそうに頬を指でかきながら言う。
「別に今すぐ返事をくれなくてもいいから。もしよかったら放課後に練習を見学しに来て。旧館の二階に私らの部室があるからさ。じゃあね、待ってるよ!」
 そう言って、加奈に部員募集のビラを手渡すと、先輩たちは去っていった。その後姿が見えなくなってから、加奈はポツリとつぶやく

「演劇かぁ……」

 その時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。教室に戻る道すがら、加奈は、放課後になったら、さっそく見学に行ってみようかな、と思った。

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