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第七章 駆落ち

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すべての役割を終えたレイフとともにスピア国の都にあるマクガ伯爵の屋敷に戻った。
一緒に連れてきたジェナは屋敷のメイドとして働き始める。

働きぶりを確認するという名目で、俺はしばしば彼女元を訪ねた。
周囲もそんな俺の好き勝手を許してくれている。

時々、軽口を叩ける関係にはなっているが、世間話をする程度の距離感は保っていた。あくまで、拾って来た俺と、使用人の女という関係は変わっていない。





国家魔導士としての役職は残っていても、俺は放置状態。魔導士をどうあつかっていいのか分からないというのが国のありようだった。

戻ってからも、忙しいのはレイフばかり。
あとは公爵と伯爵。王家、文官たち。
統一後のかじ取りでてんやわんやだ。

俺は権力には近づかないと決めているので、距離をとり、伯爵の屋敷で魔導の研究をしているふりをして遊んでいた。

暇つぶしにジェナをからかいに行くと、最近は「仕事の邪魔をしないでください」とぴしゃりと言われることも増えた。関係が少しづつ近づきつつあり、距離感が狭まっていくことをじれじれと楽しんでいた。



そんな遊び惚けている俺の耳にもレイフの婚姻話が入ってくる。

お相手は、公爵家のゾーラ嬢。

その話を聞いた時、俺は拳をにぎりしめ、ほくそ笑んだ。
運命に俺は勝った。
暗殺が遠のいた俺は、心から「おめでとう」と喜ぶ。

同時に、ゾーラの妹ガーラ嬢と王太子ルーガロ・スピアの婚姻も決まった。




そこで、問題が起きる。

結婚は姉妹の順番を守りたいとガーラ嬢が言い出したからだ。
別にどちらでもいいとは思うが、レイフからしてみれば、まずは王太子の結婚という一大行事をこなしたいところだった。

ゾーラもその点は分かっている。



苦肉の策として、レイフとゾーラの婚約披露の祝宴を開くことで、お茶を濁し、ガーラ嬢に納得させたのだった。

それから、王太子の婚約と結婚を統一の祝賀として最初に行い、それを見届けてから、レイフとゾーラの結婚を執り行う流れとなった。そこまでは、レイフも落ち着かないから、仕方ないだろう。





レイフとゾーラの婚約披露の祝宴は公爵家で開かれた。
俺も祝辞を述べ、心から二人を祝う。
二十四家の当主たちからも贈り物があり、国中から招待客が訪れ、それなりの規模の祝宴となった。

公爵はレイフにスピア国の政治の中枢を任そうとしている。
このイベントには、顔合わせ、表の世界でのレイフの紹介も兼ねていた。




平和な世で、長生きする。
俺の最初の目的を達成するための土壌が作られて行く。
後は俺の存在を表舞台から消すだけである。





俺はイベント途中で抜け出した。
王都にある伯爵家の屋敷に飛んで戻る。

自室に戻った俺は仮面を外した。
『探さないでくれ、後年は静かに暮らしたい』という内容の置手紙に仮面とローブと杖を添え、長かった髪をバッサリと切った。

事前に用意していた平民風の衣装に着替える。
それから俺はジェナを探した。

いつものように井戸の水くみをしている彼女を見つけた俺は、「これから俺は屋敷を出る。ジェナを拾ったのは俺だからな、一緒に連れて行くことにした」と告げた。

目を白黒させているジェナは、仮面を外した俺が誰なのか、何を言っているのか分からない様子だったが、有無を言わさず、抱きかかえた。小さな悲鳴を上げるジェナを連れて、俺は再び空を飛んだ。





今後俺は、ジェナとともに平民としてつつましやかに暮し長生きするのだ。


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