経験値として生きていく~やられるだけの異世界バトル~

誇高悠登

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三章 〈統一杯〉の亡霊

21話 少年の暴挙

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『コトリ』

 真夜中。
 眠りについていた俺の耳に、かすかに物音が響いた。俺が住んでいる場所は、にんぎょう達が働いている畑の近くに作られた小さな平家である。
 鍵の掛かっていない扉なので、防犯性は皆無だけれど、そもそも、俺の部屋には盗まれるモノなど置いていない。
 だからこそ、部屋に入ってきた人間が何を狙っているのか分からない。起きたことを気付かれないよう、薄目で闇に眼を慣らす。

 真夜中、人が眠っている間に強盗を試みる相手だ。相当ヤバいヤツだろう。最悪、顔さえわかれば後々、カナツさんに探して貰おうと、狸寝入りを決め込んだ。

 このまま、無事に物色が終わってくれれば良いのだが――、

「うっ!」

 あろうことか、侵入者は俺の首を両手で掴んだ。力強く首を絞めてくる。
 こいつの目的はモノを盗むことじゃなく俺だったのか?
 だけど、一体、何のために?
 カラマリ領に住む兵士ならば、俺を殺せば経験値が多く貰えることは知っている。でも、俺は最近は週2のペースで兵士たちのレベルを上げているのだ。
 わざわざ、殺しにこなくてもいいのではないか?

 もし、経験値が欲しくて、殺したいのであれば、夜に来なければいくらでも相手になるのに。
 そのことを俺は優しく言おうとする。
 真夜中に家に忍び込んだ相手を優しく諭すなんて中々できないぜ?
 ちょっと、俺ってば優しすぎるんじゃないか?
 土通さんと会うことでまた、俺の心は成長したなと格好つけて笑おうとしたが、首を絞められた状況ではろくに声すらでなかった。

 俺は年相応の男の子。
 レベルもないし、特殊な環境で育ったこともない。
 だから、この世界で襲われたらなにも出来ずに殺されるのを待つのみなのだ。
 首を絞められ、呼吸と血液の流れを塞がれた。
 脳に残された少ない血液を使い、俺は最後の力を振り絞って視界をクリアにする。

 その結果――一瞬だけ、犯人の顔が見えた。
 俺を襲った犯人はケイン。
 カラマリ領、最年少の主力であった。 





「……よぉ。悪いな夜中にこんな場所に送り込んでさ」

 こんな場所というのは俺の分身が働いている畑である。最近は畑の面積を増やして働き甲斐のある環境を整えてくれているが、俺の分身には意思がないので、感謝も不満も言うことはない。
 眠りも食事も――全ての欲求がない俺の分身は、今やカラマリ領にとって、俺以上に必要な存在だろう。
 いや、俺なんだけども
 意思のある俺の存在価値が『経験値』であることに対して、分身たちは『労働力』。最近は分身の方が必要だという風潮が流れ始めている。

 なお、そのことをアイリさんとサキヒデさんの頭脳はコンビに相談したところ、二人は声を揃えて俺に言った。

「性格の問題じゃないかな?」

 と。
 ちょっと、待てと。
 性格の問題ってどういうことだと俺は食って掛かったのだが、再度声を揃え、

「そういうとこ」

 面倒くさそうに去っていた。
 ……。
 俺も意思のない人形になろうかな……。
 その後、数日間、密かに分身たちに紛れて畑仕事に精を出したことは内緒である。もっとも、俺には普通に体力があるので、直ぐにバテて、アイリさんに捕まったのだけど。

 ああ。
 今はそんな「俺(オリジナル)より、分身の方が優れているんじゃないか説」を唱えている場合じゃないか。
 夜通し畑仕事をしている俺の前に、今しがた俺を殺したケインが立っていたのだから。
 俺が死ねば分身の畑で蘇る。
 まさかとは思うけど、また、殺しに来たんじゃなうだろうな?

「……いや、少年だから夜、寂しくなるのは分かるけど、襲うんだったら、アイリさんとかカナツさんにしない?」

 殺気だてるケインに俺はお道化る。なぜ、主力であるケインが俺を殺しに来たのか、少しでも考える時間を作ろうと、あえて挑発するように言ってみせたのだ。
 普段であれば、面倒くさそうにしても、俺の言葉に付き合ってくれるだろう。
 だが、今晩は違う。
 無言で俺を睨み、手に持っていた薙刀の切っ先を俺に向けた。
 ああ、「コトリ」と音がしたのは、実は扉が開いた音じゃなくて武器を置いた音だったのかななどと考える余裕が戻ってきたのは喜ばしい。

 無言の相手に俺は更に言葉を紡ぐ。

「あ、そっか。俺を襲ってきたってことはそういうことか……。だったら、サキヒデさんの所に行けばいいのに。サキヒデさんって多分、そっちでしょ?」

 あの人、冷静ぶってるけど乙女なところあるもんなー。
 カナツさんよりも女々しく感じる所あるもん。前回、自分が役に立たないと拗ねる所とか! 大体、サキヒデさんとケインは仲が良いんだから、夜這いの一つくらいしたって可笑しくない。
 俺はそのことを熱弁する。
 すると、

「んなわけあるか!」

 無言を貫くのは諦めたのか、延々と話し続ける俺に向かって叫んだ。

「ようやく口を開いてくれた」

「ったく。俺がこんなことするんだから、少しは察してくれよ。空気読めって」

「それだけはケインに言われたくない言葉なんだけどな……」

 俺が土通さんに傷をつけられたとき、ケインは一人だけ空気を読まずに場違いな発言をしていた。むしろ、その台詞は俺のものだ。

「まあ、でも、一応聞かせて貰おうかな? ケインはなんで俺を殺しに来たのかな?」

「おいおい。そんなの決まってるだろ? お前を殺して俺は強くなるんだよ!」

 ケインは叫ぶとともに俺に向かって大きく跳ねる。足にバネでも仕込んであるのではないかという速さと高さを備えた跳躍。
「マジかよっ!」

 昼間殺された分をカウントすれば、本日三回目の死を味わうことになる。
 その日のうちに三回は初めてだぞ!?
 いくら、生き返るとはいえども、メンタル的にはキツイ!

 ケインに背を向けて俺は全力で駆けだす。
 俺が立っていた場所に、大きな衝撃が着撃する。ああ、分身が必死に整備した畑が!?
 クレーターのように凹んだ地面を見つけると分身たちがワラワラと整えに戻る。いやー、マジで優秀だな。
 俺は俺に迷惑をかけないように畑から出て、森の中に身を潜める。

「くそっ。なんで仲間から逃げ回らなくちゃいけないんだ? せめて話くらい聞かせてくれよ!」

 自分がふざけたことで、ケインの怒りが高まったことを棚に上げて俺は責める。
 だって、ほら、元はと言えば、夜中に殺しに来なきゃよかったじゃん。昼間の内に殺したいって説明してくれれば、協力はしたかもしれないのに。
 うん。
 やっぱり、悪いのはケインだな!

「おい! 逃げてんじゃねぇよ!」

 森は身を隠す場所が多いとはいえ、相手はケインだ。
 茂み飛び込み、腰を落として移動はしているが、俺がどの方角に隠れたのかケインは見てるはず。それに、森での戦闘はケインにとって十八番である。
 素人の痕跡など容易く見つける。
 森に入って一分も経たずに俺は捕まった。
 情けなっ!

「余計な手間かけさせんなって。俺だってこんなことはしたくないんだからよ」

「……まさかとは思うけど、最近、報酬でご馳走しなくなったから怒ってる?」

 愛馬を買ってからその生活環境を整えるべく、経験値の仕事の報酬は全てそちらにつぎ込んでいる。その甲斐あって、一か月で愛馬――ローズランバスの小屋が完成した。
 我が家の隣に立つ小屋は、俺が暮らす平家よりも贅沢な作りだ。
 そこは、カラマリ領の匠と俺が持つ異世界の知識を合わせた。
 やれやれ。
 建築に詳しくはないが、一般人である俺でも知ってる知識は、この世界では貴重なようだ。職人たちは技術が上がったと喜んでいた。

 だが、人が喜んだ分、やはり、不幸になる人がいるのか。
 神様はそうやってバランスを取るのかよ。
 個人じゃなくて人類全部を天秤に掛けているのか。器が多すぎるだろ! 神様よ!
 ……。
 ケインにご馳走しなかった俺が悪いんだろうけども。

「んな理由じゃねぇよ!」

「じゃあ、なんでだよ!」

「だー。お前は五月蠅いんだよ! 黙って俺に殺されろ!」

 俺に向かって薙刀が振られた。
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