経験値として生きていく~やられるだけの異世界バトル~

誇高悠登

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三章 〈統一杯〉の亡霊

34話 真っ直ぐな成長と歪む正義

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 大将と最年少の戦力がいなくなった分、アイリさんも、クロタカさんも、サキヒデさんも、戻ってこない二人の分まで必死に働いていた。

「一週間でカラマリをここまで成長させたって、大将に見せつけるんだから!」

 と、帰ってくることを信じているようだった。
 だが、一週間という月日は、大将を失ったカラマリ領には長すぎるようで、『大将とケインは死んだのではないか』などと言う、在り得もしない噂が流れるには十分だった。

 勿論、俺もそんな噂を信じてない。
 気持ちはアイリさんと同じだ。
 少しでも皆を強くしようと、朝から職場である城内にいこうとした所だった。現実世界でもこんなにやる気を出して、仕事に望んだことはなかった。
 そんな俺に、

「たっだいまー!」

 両手を上げて扉の前に立つぼさぼさ頭の二人組。
 こうやって並んでいると姉弟みたいである。

「カナツさん!? それにケインも!」

 何食わぬ顔で明るく笑うカナツさんとケイン。
 その笑顔に俺も釣られて笑う。

「生きてたんですね! これは皆に報告しないと!」

 急いで城に行きましょうと二人の背中を押す。

「いやー、別にそんなこと報告しなくていいって。って、いうか、私達は死んだと思われてるの!?」

「まあ、二日で戻ってこれる距離なのに、一週間は不安になりますって」

「だろうな。大将が、私を役立たず扱いしたから、少しくらい心配かけてやろうって、変に悪戯心をだしたんだよ」

 俺の言葉を受けてケインが言った。
 ケラケラと笑う少年の姿は、それこそ――憑物(ぼうれい)が落ちた用だった。

「ケイン! それは言わない約束でしょ!?」

「……それ知ったら、皆、怒りますよ?」

 なんとまあ、子供じみたことを考える。
 でも、生きていて良かった。
 それに――ケインの表情を見ると目的は達したようだ。
 俺は二人の背中から手を放して、祝いの言葉を述べる。

「おめでとう。……いや、復讐におめでとうって言うのも、なんかおかしいけどさ……」

「うん? リョータ、なにか勘違いしてないか? 俺は〈紫骨の亡霊〉は倒せなかったぜ?」

「へ?」

「レベルを上げて回復したのは、その場から逃げるためだ。ま、ようするに、俺は諦めたんだな、〈紫骨の亡霊〉を倒す事をさ」

 ケインはそう言って肩を竦めた。
 あれ?
 なんか、一週間で凄い大人になってるんじゃないか? 〈紫骨の亡霊〉が現れたことを知ってから、一気に成長したようだ。
 ケインを導いてきた俺としては嬉しい限りである。

「……そっか」

「私もびっくりしたよー。ケインがさ、逃げるから力を貸してくれって。手を出すなって言ってたのにね!」

 あの状況でケインが出した答えは、復讐すべき相手に背を向けて、カナツさんの手を借りて逃げることだった。

「俺一人じゃ、逃げる事すら厳しかったはずだ。大将の力なら余裕で逃げれるかなって」

「余裕ではなかったけどねー。結局、リョータの先輩の力を使わして貰ったしね」

「そうなんですか……」

 怪我を負わせた相手に、助けを求めるなんて、なんと自由な発想だと感心するが――まあ、先輩なら怪我を負わされても力を貸すか。

 ともかく、先輩の力があって、ここに戻ってきたようだ。
 今度会ったらお礼を言おう。

 こうして二人の笑顔を見れたのだから。
 俺はそう思って前に出た。

「……ケイン」

 笑っていたケインは強く、強く歯を食いしばっていた。

「あのままじゃ、二人共負けてた。それが一番駄目なことだって……」

 ケインは放していくたびに笑顔が剥がれて涙を流す。
 清々しい笑みは作り笑い。敵前逃亡した自分を笑って欲しくて、あえて明るく話していたようだ。
だが、最後まで感情をコントロールできなかったようで、ボロボロと大粒の涙を零す。

 親の仇を取りたいと涙を流し、仇討ちできずに泣く。
 全く――まだ、そんなに成長なんてしてなかったか。
 諦めることが大人になることだって、俺なんかはよく言われたけど、大人になって分かる。それは成長じゃない。
 
 やれやれ。

 俺も口うるさい大人の仲間になるところだったぜ。……いや、社会に出たんだから、いつまでも子供じみたことを言ってられないとは思うけど。
 まあ、異世界だから大丈夫か。

 それに、俺は悔しくて泣く子供は大好きだ。
 涙を流すことが『悪』だと育てられた俺は、こうしてヘラヘラその場をしのぐ大人になった。 
 ケインにはそうなって欲しくない。

 悔しくて涙を流し、次こそは勝つ・・・・・・と誰に誓うでもなく声を漏らすケイン。
 うん。
 その方が絶対良いって。

「次は……、か、勝てるよう、努力するから……」

 ケインは、また一つ強くなった。
 これからも、まだ、伸びるだろう。カラマリ領の未来が楽しみだな。

「ああ、ケインはまだまだ、強くなるさ」

 ケインの頭に手を置いて俺は言った。
 ……そんな俺の頭にも手が乗せられる。
 カナツさんだった。

「なんでそれは、リョータが言うのかな? 普通、大将の私が言うよね?」

 自分の台詞を取られたことにお冠のようだった。
 ま、俺は殺されるしかしてないから当たり前ではあるのだけれど。





「はあ、はあ……。まさか、沙我くんが殺されるなんて……。彼らは仲間じゃなかったのか? くっ。所詮、戦が大好きな人殺し集団と言う訳だ」

 自身の力で空を飛ぶ男――真崎 誠はカナツによって傷つけられた肩を抑えていた。出血はしていないようだが、まだ、痛みは残っているようだ。

 領を追い出された真崎 誠に帰るべき場所はない。
 当てもなく宙を漂うだけだ。

 思い出すのは一週間前のあの日。

「私達は逃げるから、お前も逃げろよ! 怪我してるけど、まあ、その、大丈夫でしょ……?」

 怪我した真崎に向かってカナツはそう言った。
 自分で怪我を負わせたくせに白々しい。
 
 それに、彼らは後輩を殺した。
 目の前で後輩を殺され、何もしないなんて――そんな正義があるものか。真崎は――『仇は僕が討たねばならない』という復讐心に憑りつかれ、カナツとケインと戦おうとした。
 
 だが、二人を狙っていたはずの〈紫骨の亡霊〉が邪魔をする。
 追ってきた〈紫骨の亡霊〉を、二人は真崎に押し付けたのだ。

「なにが、お前も逃げろだ……僕を利用しただけではないか」

 怪我した体で、三人の〈紫骨の亡霊〉を相手にすることはできる。『風』を操り吹き飛ばせばいいだけだ。だが、属性を生み出し操るには意識を集中させる必要があった。

 その僅かな時間を狙って、カナツとケインは距離を稼いだ。

 真崎が〈紫骨の亡霊〉を吹き飛ばした時には、もう、二人の姿は視界から消えていた。
 後輩を殺した相手を逃がしてしまったことに顔を歪める真崎。

「くっ……。沙我くんも僕と同じ思いだっただろうに」

 願いを叶えるために〈統一杯〉に参加なんてしないはずだと願いを果たせなかったリョータの無念。

「皆で元の世界に帰れないなんて……」

 六人の異世界人で生き残れるのは一人だけ。この世界に来る前に〈戦柱(モノリス)〉からそう告げられていた。
 土通はその言葉を信じて、愛する人を生かすために兵士を殺した。 
 だが、真崎はその言葉に従う気はなく、六人で生きて帰れると信じていた。

 そして、厄介なことに、他の異世界人も同じ思いだと勝手に決めているのだ。
 だから、今回、カラマリと一緒にいたのは、リョータの策であり、なにか情報を探っているのだと、解釈していた。

 例え、理不尽なデスゲームに巻き込まれようと、自分の正義を貫く。
 それこそが、真崎 誠という男だった。

 しかし、本人は今まさに、正義という道からそれたことに気付かない。
 今回の一件で、真崎は、リョータの恨みを晴らそうと、復讐をしようとした。それは、〈マスターヒーロー〉が絶対にしないことだ。

 あの時、ケインとカナツを倒すことができていれば、自分の過ちに気付いて、正義の道を修正できたのかも知れないが――逃げられた。
 
 真崎の正義は、小さなズレが生じたまま、先に進んでしまっている。
 その小さなズレが、いずれ大きな亀裂となることを――まだ、誰も知らない。
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