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導く答え (春馬 莉子)
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「あれ? 莉子ちゃん、こんな遅くにどうしたの?」
「あ……」
夜遅くの訪問なのに、気軽に挨拶をする正大 継之介と違い私は身体を硬直させていた。
……まさか、一人で呟いていたこと聞かれちゃったわけじゃないよね?
色々と聞かれてはマズいことを呟いていた気がするんだけど……。
昔から、独り言が大きいと注意されていたんだけど、もっと早く治せば良かった。
……背中の体温が一気に冷える。
「こ、こんばんは。た、偶々(たまたま)近くを通りかかったのですけど、電気が付いていたので、昼間の話の続きをと思ったんですけど……」
私の言葉に正大 継之介は「まいったな……」と頭を掻き、明神 公人は無表情のまま動かない。これはどっちの反応なんだ? 白々しい嘘に呆れているのか、それとも、信じてくれたのか?
だが、すぐにその答えを正大 継之介が口にした。
「夜遅くに来てくれたのは嬉しいんだけど、ごめん。また、ちょっと、用事が入ってさ。また、今度にしてくれないか?」
良かった。
どうやら聞かれていたわけじゃなかったみたいだ。
私の言葉を信じてくれたようだ。
セーフ、セーフだよ!
私は、いい子ぶって「事前に連絡しなかった私が悪い」と頭を下げた。
「本当、ごめん! この埋め合わせは絶対するから!」
正大 継之介が私に大きく手を振りながら上に続く階段を登っていく。
……。
だが、その相棒である明神 公人は沈黙を保ったまま、じっと私を見つめていた。行くなら、この人も連れて行って欲しいんだけど。
これは、なに?
どういう時間なのかな?
「あ、あの……? 私になにか用でしょうか?」
静かな空間に耐えきれなくなった私は明神 公人に話しかける。
ずっと私を見ているのは、私に惚れたからって訳じゃないのは確かだ。
「いや、なんでもないよ。ただ、女の子が夜遅くに一人で出歩くのは危ないと思っただけさ」
「そ、そうですよね! 心配かけてごめんなさい」
「でも、こんな時間に何をしようとしていたのかな?」
「あ、それは……」
出歩くには理由がある。
……現代の女子高生はこの時間は普通に遊ぶ歩いているんじゃないのかな?
私は早寝早起きの規則正しい生活を送っている女子高生なので、そんな経験はないのだけども。取りあえず、駅前で遊んでましたとでも答えようか。
適当な言葉を私が投げるよりも先に、
「おい! 公人、何してる! 早く牛岩(うしいわ) 縁(えにし)の元に行こうぜ!」
正大 継之介が階段の陰から顔を覗かして相棒を呼んだ。
「分かっている! ……本当は送ってあげたいが、僕も忙しいからね。気を付けて帰ってくれ」
「は、はい!」
あれ?
明神 公人って意外にいい人なのか?
最後まで心配してくれているし……。
私を見ていたのは実は、一目ぼれしたという可能性が濃厚になってきたな。
「モテる女は辛いぜ……!」
「どこをどう考えたらそうなるんだよ。今の明らかに怪しまれてたでしょ!」
「く、黒執!?」
私って罪な女だと髪を掻き上げる私の後ろから、黒執が階段を上がってきた。
「ま、まさか、黒執も私が心配で来てくれたの! これってまさか、モテ期到来!?」
「ある意味、心配したよ。て、いうか、直ぐに行動に移す癖と独り言が大きい癖は治した方がいいと思うけど……?」
「それは分かってるけど……。でも、「善は急げ」って言ったのは黒執じゃん!」
「急ぐのは急ぐけど時間は考えた方がいい――」
私の横をすり抜けながらため息を吐く黒執。
「そんなことより、早く二人を追うよ。牛岩 縁は昼間の〈悪魔〉の名前だからさ」
「え、〈悪魔〉!! それは急がないと!」
二人の後を追って屋上に行くと、正大 継之介は宙に浮かび、明神 公人は蝙蝠のような生物に掴まって空中を飛行しているところだった。
月光を隠す雲で二人の影しか見えない。
それでも姿を捉えることは出来た。
「じゃ、バレないように後を追いますか……!」
黒執の身体を鱗が覆う。
竜人となった黒執の身体能力は格段に跳ね上がる。屋上を伝いながら後を追う。
私もそれに習って『高速移動』を発動する。
本当は直線的な動きの方が効果を発揮できるんだけど、でも、直線にしか移動できない訳じゃない。
二人を追って数分。
動きが止まったのはとあるアパートの上だった。
4階建ての見るからに古そうな外観。
アパートの名前を示すペイントは剥がれて読めない。
「ここに〈悪魔〉が……?」
正大 継之介たちは地面に降りて、一階の角部屋の扉を叩いた。
中からは大学生くらいの男が姿をみせた。
男は面倒くさそうに扉から出てきたが、やってきたのが明神 公人たちだと知ると、直ぐに真の姿に変化した。
牛のような角を両手に付けた、見るからに凶暴なフォルムをした〈悪魔〉。
私と黒執は直ぐに横取りを出来るように、すこしだけ近づく。
「やっぱり、現れやがったか。昼間はよくも気味が悪いもんを浴びさせてくれたなぁ! なんかいシャワー浴びても中々匂いが取れなくてイライラしてたんだよ!」
〈悪魔〉が二人に向けて言う。
うん?
どうやら、明神 公人たちは既にこの〈悪魔〉と一戦交えているらしい。
「倒されてなくて、良かったね!」
私は危なかったと胸を撫でおろして黒執に言う。
「……良かったねじゃないよ。莉子ちゃんが追い返された後に二人は戦ってるんだから。なんで後を追わなかったんだか」
「え……? 黒執、なんで昼間のこと知ってるの?」
「全部見てたからだよ。入るまでに4時間も時間を使ったこともね」
「……」
わあ、全部見られていたらしい。
黒執は、やっぱりストーカなのかな?
好きになったら粘着して束縛しそうだもんなー。
絶対、彼女いないタイプだな。
可哀そうに……。
「え、なんで僕が憐れみの視線を向けられてるのかな……?」
「いいから、ほら、戦いに集中しないと! 目の前にいる〈悪魔〉から視線を反らすなんて、集中力が足りない証拠だよ!!」
「それを莉子ちゃんに言われるのか……」
昼間、明神 公人たちと戦った〈悪魔〉――牛岩(うしいわ) 縁(えにし)が高らかに笑う。
真夜中。
アパートの前でそんな騒いだら近所迷惑ではないか。
まあ、〈悪魔〉がご近所関係に気を使う必要はないんだろうけどさ。
「お前、昼間、殺したと思ってたけど生きてたんだなぁ。ま、あんな目にあったにも関わらずにまた、姿を見せたことは褒めてやるよ」
私は牛岩 縁の言葉に耳を疑う。
殺したと思っていた?
昼間、戦った〈悪魔〉が生きている?
それって、つまり、この2人を倒すところまで追いつめたってこと!?
黒執に真意を確認しようと視線を移すと、こくりと小さく頷いた。
マジか!
じゃあ、この〈悪魔〉、強いんじゃん!
それは高らかに笑いたくもなるよ。
牛岩 縁の言葉を受けて正大 継之介は静かに笑う。
「そうかよ。だったらもっと褒めて貰わなきゃな。なんせ、次はお前を倒すんだからな!」
二人はその言葉を合図に、アパートの裏側に移動した。
そこはアパートに住む人々が利用している駐車場。夜中だから、殆どの住人は帰ってきてはいるのだろうけど、駐車場には数台の車しか停まっていない。
もしかしたら、このアパートで生活している人たちは少ないのかも知れない。
見た目が見た目だし。
〈悪魔〉――牛岩 縁が両手についた角で自動車を突き差す。
一台を片手で持ち上げる腕力。
どうやら、〈悪魔〉としてのムキムキの身体は飾りではないらしい。
まあ、筋力と角だけの武器ならば――私の相手じゃないんだけどね!
しかし、私の相手じゃなくても、既に正大 継之介たちを倒しているのであれば、ここは〈悪魔〉に倒して貰った方がいいな。
そうすれば、私も黒執も人を手に掛けなくて済む。
それならば――そっちの方が助かるもんね。
〈悪魔〉が右、左と順番に手に刺した自動車を投げつけた。二台とも見当違いな方向に飛んでいく。
ノーコンめ!
投げるならしっかり狙えよな!
「なるほど。狙いはそこか」
「え……?」
自動車が飛んでいく軌道は、灯りが付いている部屋を狙ったものだった。
〈悪魔〉は正大 継之介を殺すよりも先に住人を殺すことを狙った。
「継之介! ここは僕に任せてくれ!」
明神 公人は〈悪魔〉が自分達に向かって投げてこないことを予想していたのか。
手を合わせて、新たな合成獣(キメラ)を創り出す。
蜘蛛と蓑虫を合わせたような姿。
尻尾と口からそれぞれ糸を吐き出し、二方向に放られた車を絡めて引き寄せる。
二台の車は、部屋にぶつかる直前で、巻きとられ地面に落ちる。
「やれやれ。やっぱり同じことをしてきたね。でも、残念だ。僕も継之介も同じ思いを二度するのはあまり好きじゃないんだ。 そうだろ、継之介!!」
「ああ。だから、教えてやるよ。正々堂々、真正面からなぁ!!」
言うや否や正大 継之介は身体に属性を纏った。
美しい水流が一本の線となって周囲を渦巻く――って、水!?
「なんで、風と火だけじゃないの!? どれだけ属性持ってるの!?」
新たな属性の登場に驚くのは、私だけじゃない。
黒執も〈悪魔〉も驚いていた。
炎、風、水。
三つの属性を自在に操る能力なんて――羨ましい!
単純に羨ましい!!
なに、その主人公感!
時と場合に置いて使い分けますみたいな、TPOを意識した能力!
私は一つしか持ってないんですけど!
渦巻く水流の中心に立つ正大 継之介が「喰らえ!!」と地面に拳を突き立てた。
すると、地面から巨大な『波』が噴き出し〈悪魔〉に流れていく。
「くっ……。炎を操り肉体を強化するんじゃないのかよ!!」
「ああ、そうだ。俺的には身体を強化する炎が一番好きなんだが、たまにはこれも悪くねぇな」
「なっ!?」
自身で作った波に乗って移動する正大 継之介。
この移動方法は――同じく水流を操る力を持った〈悪魔〉――飯田 宇美が扱っていた技だ。一度見ただけで、自身のモノとして吸収してしまったらしい。
波の勢いを使い牛岩 縁を殴り飛ばす。
そして、自身が操る水流で〈悪魔〉の周辺を渦巻く正大 継之介。波は巨大な渦となって空に登っていく。
数十メートルの水柱を作った正大 継之介はその勢いのままに空中に跳ねた。
それは、まるでイルカが跳ねるかのように優雅さ。
三日月を背に宙へと浮かぶ正大 継之介は、一度敗北した〈悪魔〉に宣言する。
「これで――決める!」
掌から水球を作り上げる。
宙に撥ねた状態から、更に水球を頭上に蹴り上げた。
弾けるようにして飛んだ水滴は――地上に降り注ぐ。
一本一本が鋭い針となって〈悪魔〉の身体を貫いていく。
渦で動きを封じられた〈悪魔〉に降り注ぐ水の針。
避ける術なく体に突き刺さっていく。
「マズいな……。このままじゃ、〈悪魔〉を倒される!!」
「だね!」
私と黒執は正大 継之介に〈悪魔〉を倒される前に、横取りしようと動き出す。
だが――、
「俺は皆の笑顔を守りたいんだよ!!」
正大 継之介の言葉に、私の脚は動かなかった。
だから――そういうことを言うのはやめてくれってば。
黒執の手を握り〈悪魔〉の元に行くのを止めていた。
「莉子ちゃん! なにしてるんだ!」
「あ、ご、ごめん……。でも……今回だけは、あの二人に譲ってあげられないかな? これが最後だから」
そうだ。
私が倒すのは正大 継之介たちをじゃない――〈悪魔〉だ。
そのことに気付いた私は、〈悪魔〉を〈ポイント〉譲ろうとしていた。
でも、それは今回だけだ。
次からは容赦しない。
これは、自分のために人を犠牲にすることを決めた――私の訣別の儀式だ。
覚悟だ。
「これは、私の意思を通すための――湯気通しだから」
まだ、ハリガネまでは遠いけどね。
「……ごめん。全然、何言ってるか分からない」
口ではそう言いながらも、黒執は能力を解除し、その場に座った。
なに言ってるか分からなくても、私の意思はなんとなく通じたのかな……?
今回の〈ポイント〉を見送った私達の前で、巨大な水柱は消えた。
そこに〈悪魔〉はいない。
正大 継之介が倒したのだ。
「俺が本気出せばこんなもんだ! 今回はノーダメージだったからな。ま、昼間の分は取り返せただろ」
「それは……残念だ、継之介。〈ポイント〉は4Pt。『回復』に使った分は取り返せていない」
「あー、もう! 数字の話してるんじゃねぇよ! 気持ちの話だっつーの、それくらい分かるだろうが!」
〈悪魔〉に勝利し、楽しそうに話す二人に私は背を向ける。
大丈夫。
今回だけだ。
次からはどんな状況だろうとも私は横から奪ってみせる。
正大 継之介たちを倒すのでもなく利用して。
「じゃ、帰ろうか、黒執!」
私の胸には、黒執が立てた策とは違う答えを抱いていた。
「あ……」
夜遅くの訪問なのに、気軽に挨拶をする正大 継之介と違い私は身体を硬直させていた。
……まさか、一人で呟いていたこと聞かれちゃったわけじゃないよね?
色々と聞かれてはマズいことを呟いていた気がするんだけど……。
昔から、独り言が大きいと注意されていたんだけど、もっと早く治せば良かった。
……背中の体温が一気に冷える。
「こ、こんばんは。た、偶々(たまたま)近くを通りかかったのですけど、電気が付いていたので、昼間の話の続きをと思ったんですけど……」
私の言葉に正大 継之介は「まいったな……」と頭を掻き、明神 公人は無表情のまま動かない。これはどっちの反応なんだ? 白々しい嘘に呆れているのか、それとも、信じてくれたのか?
だが、すぐにその答えを正大 継之介が口にした。
「夜遅くに来てくれたのは嬉しいんだけど、ごめん。また、ちょっと、用事が入ってさ。また、今度にしてくれないか?」
良かった。
どうやら聞かれていたわけじゃなかったみたいだ。
私の言葉を信じてくれたようだ。
セーフ、セーフだよ!
私は、いい子ぶって「事前に連絡しなかった私が悪い」と頭を下げた。
「本当、ごめん! この埋め合わせは絶対するから!」
正大 継之介が私に大きく手を振りながら上に続く階段を登っていく。
……。
だが、その相棒である明神 公人は沈黙を保ったまま、じっと私を見つめていた。行くなら、この人も連れて行って欲しいんだけど。
これは、なに?
どういう時間なのかな?
「あ、あの……? 私になにか用でしょうか?」
静かな空間に耐えきれなくなった私は明神 公人に話しかける。
ずっと私を見ているのは、私に惚れたからって訳じゃないのは確かだ。
「いや、なんでもないよ。ただ、女の子が夜遅くに一人で出歩くのは危ないと思っただけさ」
「そ、そうですよね! 心配かけてごめんなさい」
「でも、こんな時間に何をしようとしていたのかな?」
「あ、それは……」
出歩くには理由がある。
……現代の女子高生はこの時間は普通に遊ぶ歩いているんじゃないのかな?
私は早寝早起きの規則正しい生活を送っている女子高生なので、そんな経験はないのだけども。取りあえず、駅前で遊んでましたとでも答えようか。
適当な言葉を私が投げるよりも先に、
「おい! 公人、何してる! 早く牛岩(うしいわ) 縁(えにし)の元に行こうぜ!」
正大 継之介が階段の陰から顔を覗かして相棒を呼んだ。
「分かっている! ……本当は送ってあげたいが、僕も忙しいからね。気を付けて帰ってくれ」
「は、はい!」
あれ?
明神 公人って意外にいい人なのか?
最後まで心配してくれているし……。
私を見ていたのは実は、一目ぼれしたという可能性が濃厚になってきたな。
「モテる女は辛いぜ……!」
「どこをどう考えたらそうなるんだよ。今の明らかに怪しまれてたでしょ!」
「く、黒執!?」
私って罪な女だと髪を掻き上げる私の後ろから、黒執が階段を上がってきた。
「ま、まさか、黒執も私が心配で来てくれたの! これってまさか、モテ期到来!?」
「ある意味、心配したよ。て、いうか、直ぐに行動に移す癖と独り言が大きい癖は治した方がいいと思うけど……?」
「それは分かってるけど……。でも、「善は急げ」って言ったのは黒執じゃん!」
「急ぐのは急ぐけど時間は考えた方がいい――」
私の横をすり抜けながらため息を吐く黒執。
「そんなことより、早く二人を追うよ。牛岩 縁は昼間の〈悪魔〉の名前だからさ」
「え、〈悪魔〉!! それは急がないと!」
二人の後を追って屋上に行くと、正大 継之介は宙に浮かび、明神 公人は蝙蝠のような生物に掴まって空中を飛行しているところだった。
月光を隠す雲で二人の影しか見えない。
それでも姿を捉えることは出来た。
「じゃ、バレないように後を追いますか……!」
黒執の身体を鱗が覆う。
竜人となった黒執の身体能力は格段に跳ね上がる。屋上を伝いながら後を追う。
私もそれに習って『高速移動』を発動する。
本当は直線的な動きの方が効果を発揮できるんだけど、でも、直線にしか移動できない訳じゃない。
二人を追って数分。
動きが止まったのはとあるアパートの上だった。
4階建ての見るからに古そうな外観。
アパートの名前を示すペイントは剥がれて読めない。
「ここに〈悪魔〉が……?」
正大 継之介たちは地面に降りて、一階の角部屋の扉を叩いた。
中からは大学生くらいの男が姿をみせた。
男は面倒くさそうに扉から出てきたが、やってきたのが明神 公人たちだと知ると、直ぐに真の姿に変化した。
牛のような角を両手に付けた、見るからに凶暴なフォルムをした〈悪魔〉。
私と黒執は直ぐに横取りを出来るように、すこしだけ近づく。
「やっぱり、現れやがったか。昼間はよくも気味が悪いもんを浴びさせてくれたなぁ! なんかいシャワー浴びても中々匂いが取れなくてイライラしてたんだよ!」
〈悪魔〉が二人に向けて言う。
うん?
どうやら、明神 公人たちは既にこの〈悪魔〉と一戦交えているらしい。
「倒されてなくて、良かったね!」
私は危なかったと胸を撫でおろして黒執に言う。
「……良かったねじゃないよ。莉子ちゃんが追い返された後に二人は戦ってるんだから。なんで後を追わなかったんだか」
「え……? 黒執、なんで昼間のこと知ってるの?」
「全部見てたからだよ。入るまでに4時間も時間を使ったこともね」
「……」
わあ、全部見られていたらしい。
黒執は、やっぱりストーカなのかな?
好きになったら粘着して束縛しそうだもんなー。
絶対、彼女いないタイプだな。
可哀そうに……。
「え、なんで僕が憐れみの視線を向けられてるのかな……?」
「いいから、ほら、戦いに集中しないと! 目の前にいる〈悪魔〉から視線を反らすなんて、集中力が足りない証拠だよ!!」
「それを莉子ちゃんに言われるのか……」
昼間、明神 公人たちと戦った〈悪魔〉――牛岩(うしいわ) 縁(えにし)が高らかに笑う。
真夜中。
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まあ、〈悪魔〉がご近所関係に気を使う必要はないんだろうけどさ。
「お前、昼間、殺したと思ってたけど生きてたんだなぁ。ま、あんな目にあったにも関わらずにまた、姿を見せたことは褒めてやるよ」
私は牛岩 縁の言葉に耳を疑う。
殺したと思っていた?
昼間、戦った〈悪魔〉が生きている?
それって、つまり、この2人を倒すところまで追いつめたってこと!?
黒執に真意を確認しようと視線を移すと、こくりと小さく頷いた。
マジか!
じゃあ、この〈悪魔〉、強いんじゃん!
それは高らかに笑いたくもなるよ。
牛岩 縁の言葉を受けて正大 継之介は静かに笑う。
「そうかよ。だったらもっと褒めて貰わなきゃな。なんせ、次はお前を倒すんだからな!」
二人はその言葉を合図に、アパートの裏側に移動した。
そこはアパートに住む人々が利用している駐車場。夜中だから、殆どの住人は帰ってきてはいるのだろうけど、駐車場には数台の車しか停まっていない。
もしかしたら、このアパートで生活している人たちは少ないのかも知れない。
見た目が見た目だし。
〈悪魔〉――牛岩 縁が両手についた角で自動車を突き差す。
一台を片手で持ち上げる腕力。
どうやら、〈悪魔〉としてのムキムキの身体は飾りではないらしい。
まあ、筋力と角だけの武器ならば――私の相手じゃないんだけどね!
しかし、私の相手じゃなくても、既に正大 継之介たちを倒しているのであれば、ここは〈悪魔〉に倒して貰った方がいいな。
そうすれば、私も黒執も人を手に掛けなくて済む。
それならば――そっちの方が助かるもんね。
〈悪魔〉が右、左と順番に手に刺した自動車を投げつけた。二台とも見当違いな方向に飛んでいく。
ノーコンめ!
投げるならしっかり狙えよな!
「なるほど。狙いはそこか」
「え……?」
自動車が飛んでいく軌道は、灯りが付いている部屋を狙ったものだった。
〈悪魔〉は正大 継之介を殺すよりも先に住人を殺すことを狙った。
「継之介! ここは僕に任せてくれ!」
明神 公人は〈悪魔〉が自分達に向かって投げてこないことを予想していたのか。
手を合わせて、新たな合成獣(キメラ)を創り出す。
蜘蛛と蓑虫を合わせたような姿。
尻尾と口からそれぞれ糸を吐き出し、二方向に放られた車を絡めて引き寄せる。
二台の車は、部屋にぶつかる直前で、巻きとられ地面に落ちる。
「やれやれ。やっぱり同じことをしてきたね。でも、残念だ。僕も継之介も同じ思いを二度するのはあまり好きじゃないんだ。 そうだろ、継之介!!」
「ああ。だから、教えてやるよ。正々堂々、真正面からなぁ!!」
言うや否や正大 継之介は身体に属性を纏った。
美しい水流が一本の線となって周囲を渦巻く――って、水!?
「なんで、風と火だけじゃないの!? どれだけ属性持ってるの!?」
新たな属性の登場に驚くのは、私だけじゃない。
黒執も〈悪魔〉も驚いていた。
炎、風、水。
三つの属性を自在に操る能力なんて――羨ましい!
単純に羨ましい!!
なに、その主人公感!
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私は一つしか持ってないんですけど!
渦巻く水流の中心に立つ正大 継之介が「喰らえ!!」と地面に拳を突き立てた。
すると、地面から巨大な『波』が噴き出し〈悪魔〉に流れていく。
「くっ……。炎を操り肉体を強化するんじゃないのかよ!!」
「ああ、そうだ。俺的には身体を強化する炎が一番好きなんだが、たまにはこれも悪くねぇな」
「なっ!?」
自身で作った波に乗って移動する正大 継之介。
この移動方法は――同じく水流を操る力を持った〈悪魔〉――飯田 宇美が扱っていた技だ。一度見ただけで、自身のモノとして吸収してしまったらしい。
波の勢いを使い牛岩 縁を殴り飛ばす。
そして、自身が操る水流で〈悪魔〉の周辺を渦巻く正大 継之介。波は巨大な渦となって空に登っていく。
数十メートルの水柱を作った正大 継之介はその勢いのままに空中に跳ねた。
それは、まるでイルカが跳ねるかのように優雅さ。
三日月を背に宙へと浮かぶ正大 継之介は、一度敗北した〈悪魔〉に宣言する。
「これで――決める!」
掌から水球を作り上げる。
宙に撥ねた状態から、更に水球を頭上に蹴り上げた。
弾けるようにして飛んだ水滴は――地上に降り注ぐ。
一本一本が鋭い針となって〈悪魔〉の身体を貫いていく。
渦で動きを封じられた〈悪魔〉に降り注ぐ水の針。
避ける術なく体に突き刺さっていく。
「マズいな……。このままじゃ、〈悪魔〉を倒される!!」
「だね!」
私と黒執は正大 継之介に〈悪魔〉を倒される前に、横取りしようと動き出す。
だが――、
「俺は皆の笑顔を守りたいんだよ!!」
正大 継之介の言葉に、私の脚は動かなかった。
だから――そういうことを言うのはやめてくれってば。
黒執の手を握り〈悪魔〉の元に行くのを止めていた。
「莉子ちゃん! なにしてるんだ!」
「あ、ご、ごめん……。でも……今回だけは、あの二人に譲ってあげられないかな? これが最後だから」
そうだ。
私が倒すのは正大 継之介たちをじゃない――〈悪魔〉だ。
そのことに気付いた私は、〈悪魔〉を〈ポイント〉譲ろうとしていた。
でも、それは今回だけだ。
次からは容赦しない。
これは、自分のために人を犠牲にすることを決めた――私の訣別の儀式だ。
覚悟だ。
「これは、私の意思を通すための――湯気通しだから」
まだ、ハリガネまでは遠いけどね。
「……ごめん。全然、何言ってるか分からない」
口ではそう言いながらも、黒執は能力を解除し、その場に座った。
なに言ってるか分からなくても、私の意思はなんとなく通じたのかな……?
今回の〈ポイント〉を見送った私達の前で、巨大な水柱は消えた。
そこに〈悪魔〉はいない。
正大 継之介が倒したのだ。
「俺が本気出せばこんなもんだ! 今回はノーダメージだったからな。ま、昼間の分は取り返せただろ」
「それは……残念だ、継之介。〈ポイント〉は4Pt。『回復』に使った分は取り返せていない」
「あー、もう! 数字の話してるんじゃねぇよ! 気持ちの話だっつーの、それくらい分かるだろうが!」
〈悪魔〉に勝利し、楽しそうに話す二人に私は背を向ける。
大丈夫。
今回だけだ。
次からはどんな状況だろうとも私は横から奪ってみせる。
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「じゃ、帰ろうか、黒執!」
私の胸には、黒執が立てた策とは違う答えを抱いていた。
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「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様
あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。
死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。
「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」
だが、その世界はダークファンタジーばりばり。
人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。
こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。
あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。
ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。
死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ!
タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。
様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。
世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。
地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。
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