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帰省
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次の日の朝、お隣の御主人に車で送ってもらい、田舎へ向かった。出張する夫とは途中の東京駅まで一緒で、別の方向に別れる。ここから新幹線と在来線特急を乗り継いで7時間。
昨日までいた平成の世なら、飛行機利用が普通で空港までのアクセス時間を含めても3時間程度だが、この時代はまだプロペラ機で、大して時間短縮にならない。
国鉄の料金は毎年のように上がっているから、いずれは飛行機利用が主になるのだろうが、それがいつ頃なのかは平成にいるときには特に興味も無かったので調べたりはしなかった。
それでも、新幹線が開通して随分と時間が短縮した。慶子が結婚したのは新幹線が開通する直前で、ほとんど一日がかりだったことを思い出す。
新幹線は冷房が効いている。平成で暮らしている間は有難みを忘れていたけど、改めて思い知らされる。
まだ2歳の保は落ち着いて座っていない。しかも一人分の席ではなく、慶子の膝の上だから、なおさら。
在来線特急を乗り継いで、最寄り駅に降りた時には午後4時を回っていた。
歩いて、夫の実家に向かう。あんなところに行くのは気が進まないが、そういう連絡をしているから今更変えるわけにはいかない。駅から歩いて10分もかからないところ。
「いらっしゃい。遠いところからようこそ」
夫の妹が形ばかりの挨拶で迎える。長男の夫が家を出たことから、この妹が婿養子を迎えて家を継いでいる。慶子は以前からこの家族とは相性が良くない。明日にでも実家の方に移ろう。
ここで幼児期を暮らした泰代は当然だが、歩も慶子の実家よりこちらの方が居心地がいいらしい。理由は明らかで、口煩い慶子の父が苦手なのである。歩は内向的な性格で、あまり外に出たりすることは好まないが、父は子供が家の中に籠っているなんてとんでもないという考えの持ち主。
仏壇に線香を供える。夫の父は5年前に癌で死亡した。その翌年に生まれたのが保なので、夫は半ば本気で「生まれ変わり」だと信じているらしい。
姑が子供たちに向かって言う。
「三人とも大きくなったわね」
「私はもっと年齢を重ねたんですけど」
これは慶子の胸の内。そんなこと、想像することすらできないだろう。
「慶子さんは随分と老けたのね」
なんて失礼なことは、たとえ思っていたとしてもさすがに口にはしないだろうが。
「相変わらず汚い家」
築何年なのか知らないが、夫から真鍋家の本家筋だと聞いたことがある。改装は繰り返しているものの、戦前からの家であることは間違いない。隙間だらけで、特有の臭いが立ち込めている。慶子の実家は中学生の頃に父が建てた家なので、比較にならない。
「慶子さん、ご実家には明日に?」
この義妹は夫の家族の中ではまだましな方。非常に苦手なのは夫の二人の姉だが、幸い今日はいなかった。
「そうしようと思っています。今夜はよろしくお願いします」
本当はこんなところに一泊もしたくはないけれど。
義妹の夫も仕事から帰ってきた。婿養子に来た人で、この家族の中では唯一の他人。慶子からすればよくこんな家に入る気になったものだと思う。下手をすれば慶子自身がここに住むことになっていたかもしれないと、今思い出してもぞっとする。
夕食の後片付けだけ手伝って、姑一家と雑談になる。慶子からすれば5年も前の話だ。思い出すだけでも一苦労である。時々会話に詰まって怪しまれたかもしれないけど、適当に誤魔化した。
古い家なので、風呂も薪や炭を燃やして沸かしている。歩や泰代は物珍しいのか、喜んで風呂焚きをやりたがっているけど、こんなこと毎日やっていたのでは身が持たない。ガスで沸かす風呂のありがたさを改めて感じる。婿さんは近い将来家を建て直すことを考えているらしいが。
今日は「お客さん」扱いなので、一番風呂を勧めてくれた。嘗てはこの家は家族が多く、垢で汚れた風呂にしか入れなかったことを思い出す。ありがたくいただく。
押入れから布団を出してくる。
「なにこれ」
ネズミの糞らしきものが多数ついている。押し入れも隙間だらけなので、入り込んでいるのだろう。
縁側で叩き落とす。それでも気持ち悪いことに変わりはないが、一晩の我慢。
次の朝、改めて朝食時間に姑と義妹夫婦に実家に行くことを伝えた。やはり歩と泰代は慶子の実家には行きたくないらしい。
「お願いします」
頼んでおく。
今日から盆休みに入ったらしい婿さんが送ってくれることになった。助かる。田舎なので、バスは数えるほどしか運行されていない。タクシーを呼んでもいいが、あまり無駄遣いはしたくない。
慶子は、保を抱えて助手席に座る。クーペ型なので、後部座席は大人が座るには狭い。
婿さんが運転しながら聞いてくる。慶子と血縁関係は無いけど、お互い姻族の関係で気安く声が掛けられるのかもしれない。
「お義姉さんは免許を取らないのですか?」
「無理ですよ。難しそうですし」
まさか、25年後の世界で車を乗り回しているとは思わないだろうな。
「次の道、左です」
慶子の実家が見えてきた。
昨日までいた平成の世なら、飛行機利用が普通で空港までのアクセス時間を含めても3時間程度だが、この時代はまだプロペラ機で、大して時間短縮にならない。
国鉄の料金は毎年のように上がっているから、いずれは飛行機利用が主になるのだろうが、それがいつ頃なのかは平成にいるときには特に興味も無かったので調べたりはしなかった。
それでも、新幹線が開通して随分と時間が短縮した。慶子が結婚したのは新幹線が開通する直前で、ほとんど一日がかりだったことを思い出す。
新幹線は冷房が効いている。平成で暮らしている間は有難みを忘れていたけど、改めて思い知らされる。
まだ2歳の保は落ち着いて座っていない。しかも一人分の席ではなく、慶子の膝の上だから、なおさら。
在来線特急を乗り継いで、最寄り駅に降りた時には午後4時を回っていた。
歩いて、夫の実家に向かう。あんなところに行くのは気が進まないが、そういう連絡をしているから今更変えるわけにはいかない。駅から歩いて10分もかからないところ。
「いらっしゃい。遠いところからようこそ」
夫の妹が形ばかりの挨拶で迎える。長男の夫が家を出たことから、この妹が婿養子を迎えて家を継いでいる。慶子は以前からこの家族とは相性が良くない。明日にでも実家の方に移ろう。
ここで幼児期を暮らした泰代は当然だが、歩も慶子の実家よりこちらの方が居心地がいいらしい。理由は明らかで、口煩い慶子の父が苦手なのである。歩は内向的な性格で、あまり外に出たりすることは好まないが、父は子供が家の中に籠っているなんてとんでもないという考えの持ち主。
仏壇に線香を供える。夫の父は5年前に癌で死亡した。その翌年に生まれたのが保なので、夫は半ば本気で「生まれ変わり」だと信じているらしい。
姑が子供たちに向かって言う。
「三人とも大きくなったわね」
「私はもっと年齢を重ねたんですけど」
これは慶子の胸の内。そんなこと、想像することすらできないだろう。
「慶子さんは随分と老けたのね」
なんて失礼なことは、たとえ思っていたとしてもさすがに口にはしないだろうが。
「相変わらず汚い家」
築何年なのか知らないが、夫から真鍋家の本家筋だと聞いたことがある。改装は繰り返しているものの、戦前からの家であることは間違いない。隙間だらけで、特有の臭いが立ち込めている。慶子の実家は中学生の頃に父が建てた家なので、比較にならない。
「慶子さん、ご実家には明日に?」
この義妹は夫の家族の中ではまだましな方。非常に苦手なのは夫の二人の姉だが、幸い今日はいなかった。
「そうしようと思っています。今夜はよろしくお願いします」
本当はこんなところに一泊もしたくはないけれど。
義妹の夫も仕事から帰ってきた。婿養子に来た人で、この家族の中では唯一の他人。慶子からすればよくこんな家に入る気になったものだと思う。下手をすれば慶子自身がここに住むことになっていたかもしれないと、今思い出してもぞっとする。
夕食の後片付けだけ手伝って、姑一家と雑談になる。慶子からすれば5年も前の話だ。思い出すだけでも一苦労である。時々会話に詰まって怪しまれたかもしれないけど、適当に誤魔化した。
古い家なので、風呂も薪や炭を燃やして沸かしている。歩や泰代は物珍しいのか、喜んで風呂焚きをやりたがっているけど、こんなこと毎日やっていたのでは身が持たない。ガスで沸かす風呂のありがたさを改めて感じる。婿さんは近い将来家を建て直すことを考えているらしいが。
今日は「お客さん」扱いなので、一番風呂を勧めてくれた。嘗てはこの家は家族が多く、垢で汚れた風呂にしか入れなかったことを思い出す。ありがたくいただく。
押入れから布団を出してくる。
「なにこれ」
ネズミの糞らしきものが多数ついている。押し入れも隙間だらけなので、入り込んでいるのだろう。
縁側で叩き落とす。それでも気持ち悪いことに変わりはないが、一晩の我慢。
次の朝、改めて朝食時間に姑と義妹夫婦に実家に行くことを伝えた。やはり歩と泰代は慶子の実家には行きたくないらしい。
「お願いします」
頼んでおく。
今日から盆休みに入ったらしい婿さんが送ってくれることになった。助かる。田舎なので、バスは数えるほどしか運行されていない。タクシーを呼んでもいいが、あまり無駄遣いはしたくない。
慶子は、保を抱えて助手席に座る。クーペ型なので、後部座席は大人が座るには狭い。
婿さんが運転しながら聞いてくる。慶子と血縁関係は無いけど、お互い姻族の関係で気安く声が掛けられるのかもしれない。
「お義姉さんは免許を取らないのですか?」
「無理ですよ。難しそうですし」
まさか、25年後の世界で車を乗り回しているとは思わないだろうな。
「次の道、左です」
慶子の実家が見えてきた。
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