タイムトラベラー主婦

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 翌日から保は持病の喘息の発作が起き、慶子は看病をして過ごすことになった。実家なので母がやってくれるから、家事に追われることが無いところは助かる。

 体が弱い子だということは今に始まったことではないけど、風邪一つひいたことが無いメイやアオイとどうしても比較してしまう。

 保だけではなく、歩も泰代も常に呼吸器系統が悪い。常に鼻をぐすぐすさせている。かんだ紙ですぐごみ入れがいっぱいになる。恐らくよその家より消費量は何倍もあることだろう。ちり紙などもったいなくて使えないので、学校に持って行く分は別にして、家では便所で拭く「落とし紙」を使わせている。オイルショックの時はそれすらなかなか手に入らなくて苦労した。
 
 ボックスティッシュやポケットティッシュがいつごろから普及するのかは分からない。平成の家ではごく普通に使っているけど、この時代では店に並んではいるが、普通の鼻紙と比べて割高なので、慶子はまだ買ったことが無い。

 子供たちの鼻が悪い理由は見当がついている。その一つが夫の喫煙。平成の世では吸う人は徐々に減っているが、こちらではまだ吸わない成人男性などほぼいない。慶子がやめて欲しいといったところで聞く耳を持たない人なのも確か。

 昨日送ってくれた義妹の夫も自動車内で吸っていた。無論やめて欲しいなどと言えた義理ではない。

 幸い、実家では両親ともタバコは吸わない。3番目の弟がヘビースモーカーだったが、昨年結婚して出ていった。

 4日ほどしてようやく保の体調は回復した。いつものことだ。

 夫の実家の近くに母の実家があり、祖母と同居する叔父夫婦、その近所に叔母一家が住んでいる。こちらに出てきたからには挨拶しておいた方がいいだろう。特に祖母はもう80代。考えたくはないが、いつ何があってもおかしくない年齢。母の実家には、慶子が幼稚園の時に下宿していたことがある。当時は幼稚園バスなど無かったからである。

 冷蔵庫に貼ってあるバスの時刻表を確認する。今から30分後。田舎だから1時間に一本程度しか来ない。保を連れて歩いても今から1時間もあれば着くだろう。

 「ちょっと、電話借りるね」

 まず叔母に電話。ちょうど本人が出た。夫、従弟夫婦とその子供たちと同居している。

 「久しぶりね。いつでもいらっしゃい」

 「一時間くらいで着くと思います」

 子供たちも連れて行った方がいいだろう。夫の実家に電話を入れる。

 義妹が出た。

 「もしもし、慶子です。歩か泰代をお願いします」

 「泰代なら川本のところに行っているけど。歩ならいるわよ」

 川本というのは、夫の二人いる姉のうち上の姉の嫁ぎ先である。泰代を預けた頃にはまだ独身で、夫の実家では中心になって泰代の世話をしてくれていたので、今でも泰代は慶子よりこの義姉の方に馴染んでいる。それもあって、慶子はこの義姉のことが苦手である。

 義妹が呼び出す声が聞こえる。

 「お母さんからよ」

 歩が出る。
 
 「何?」

 「歩?おかあさん。今から木田の叔母さんのところに顔を出しに行くんだけど、あなたも来ない?場所は分かるわよね」

 「いいけど」

 「じゃあ、1時間後に来てちょうだい。少しくらい遅れてもいいから」

 「分かった」

 愛相が無い喋り方だけど、これが歩の性格。幼少時から人付き合いが得意な子ではないことは知り尽くしている。個性的な性格からか、同世代の子のいじめに遭うことが多く、ますます内向的になった。つい最近(とは言っても慶子からすれば4年以上も前のことだが)保護者会に参加するため保を近所の奥さんに預けて放課後に学校に向かったら、下校途中の歩がいじめられていた。慶子の姿を見た子供たちはすぐに逃げ去ったが、慶子は結局保護者会sに出ずに歩と一緒に帰宅したのを思い出す。

 両親に伝える。

 「叔母さんとおばあちゃんのところに顔を出してくる」

 「そう。行ってらっしゃい」

 「保、出かけるわよ」

 バス停までは歩いて5分ほど。歩きながら思う。

 昭和の世界では平成と比べて決して快適ではないし、人間関係にも疲れるけど、本来の自分であることは確か。平成の「細田敬子」は正体を決して明かせない「仮の姿」の自分でしかない。

 大して待つことも無くバスは来た。本数は少ないものの、バスの時刻表など配られない自宅の最寄りのバス停より便利かもしれない。何より、最寄りバス停は家から15分もかかる。平成にいた時「陸の孤島」という言葉があるのを知ったが、それに完全に当て嵌まる場所。

 バス停から歩いて10分ほどで叔母の家に着いた。

 「こんにちはあ」

 「いらっしゃい。慶ちゃん、久しぶり。保君、大きくなったわね。歩、もう来ているわよ」

 「すいません。失礼しちゃって」

 「いいのよ。歩ちゃんが来たのが分かったので入ってもらっただけだから」

 どうやら、叔母も慶子が6年も歳を取っていることに気付いてはいない様子。

 しばらく雑談をして、腰を上げた。

 「そろそ失礼します。おばあちゃんの家に寄って帰りますので」

 「そう。何もできなかったけど。お元気で」

 歩に声をかける。

 「おばあちゃんの家に寄っていくから」

 歩は特に返事をすることも無くついてきた。5分もかからない場所。

 「ガラガラッ」

 こちらの家は引き戸の玄関が多い。実家も夫の実家もそうだ。

 「こんにちはあ」

 叔父が出てきた。先ほどの叔母のさらに下の末っ子である。会社勤めをしながら家で犬のブリーダーもしている。犬の啼き声が聞こえてくる。

 「慶子かね。お久しぶり」

 祖母も出てきた。

 「おやおや、珍しい。慶子じゃないか」

 「おばあちゃんも元気そうで。こちらが長男の歩、こっちが保です。泰代も来てるんだけど、真鍋の親類のところに出かけたみたい」
 
 「保は元気かね」

 「こっちに来てから疲れが出たらしく、昨日までは寝てたんだけど、ようやく良くなったみたい。まあ、いつものことだから」

 「そうかい、大変だね」
 
 祖母も全く気付いていない様子。まあ、想像すらできないのは当然だろう。

 叔父夫婦や祖母との久しぶりの雑談に花が咲いた。もちろん、平成で5年間も生活したことは抜きにしてのことである。そんな話をしたら高齢の祖母などは心臓麻痺を起こしかねないだろうと本気で思う。

 「そろそろおいとまします」

 祖母が名残惜しそうに言った。

 「そうかい。向こうに戻っても健康に気をつけるんだよ」

 一瞬、ぎょっとした。冷静になってみれば特に不自然なことではないのだが、心の中を見透かされたのかと思ってしまう。

 「ありがとうね」

 「おまえが倒れたら、困るのは家族みんななんだから」

 「わかってる」

 歩に声をかける。

 「こっちにも一度くらい顔を出して。泰代にも伝えておいて」

 「はい」

 自分ももう一度くらい夫の実家に顔を出しておかなければならないだろうな。気が進まないけど。

 「保、行くよ」

 「お邪魔しました」

 玄関を開けた。
 

 

 
 

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