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入園式
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21世紀に戻ってきて、数日が経過した。
生活は昭和とは全く違う。
気温は高めだが、冬は快適だしなつはすごい猛暑なのは確かだけどどこに行っても冷房が効いている。敬子が乗る軽自動車にだって冷房がついている。昭和の夫が乗る車には冷房など無かった。
こちらに戻ってきてから腰痛も出ていない。畳で寝起きしていた時には、これほど腰に負担がかかるものだということには全く気付いていなかった。
2002年4月。メイが幼稚園に入園する日が来た。大学はまだ新学期が始まっていないので、アオイの面倒はユウさんに見てもらうことにして、入園式に付き添う。
20世紀の三人の子の時のことを思い出していた。泰代はそれほど問題は無かった。というよりあまりに何も無さ過ぎて幼稚園の時の記憶がほとんど残っていない。
歩は自己主張が強いうえ人付き合いが苦手で馴染んでいたとは言い難い。少なくとも見ていて楽しそうではなかった。
保はそもそもほとんど通っていない。喘息の発作が起きたり風邪を引いたりして半分以上は休んでいた。体を強くするために水泳教室にも通わせたが、それすらほとんど通えなかったくらいである。原因は夫の喫煙にあることは明らかだったが、それを口にすることはできない。自分のやることすべてが正しいと考えている人なのである。意見したりましてや禁煙を要求しようものなら結果は目に見えている。
持ってきた三脚とカメラで幼稚園の前で記念写真を撮る。すべて自動設定でセルフタイマーがついているから簡単だ。昭和の家にもピクトグラムによる手動設定のカメラはあったが、セルフタイマーは付いていなかった。
メイと別れ、講堂のようなところの後ろの席に親たちが集められる。中には両親出来ている家もあったが、ほとんどは敬子のように母親独りが付き添ってきたようだ。敬子の周りも母親だけだった。
ここで入園式をする。子供たちは前の椅子に座って緊張しているよう。
周りは明らかに自分より一回り以上も歳下と思しき母親ばかりでいささか気後れする。本当の生年月日で考えるのなら娘と孫の間位のはずだと思って納得させる。敬子が戦前生まれなどと知ったらびっくりするどころでは済まないだろう。
敬子は身長が163㎝で昭和にいた時は同世代の女性の中では明らかに背が高かった。中学で今の身長になると、その後は就職先まで自分より背の高い女性は周囲にいなかったくらい。
ここでは敬子より背の高い母親も結構いる。泰代も自分より背が高くなったのだろうか。そんなことを考えていると、隣の若い母親から声を掛けられた。身長は少し敬子より低いが、若い人らしく見るからに豊満な体つきのようだ。
「細田さんって何歳なんですか?」
初めに名札を着けさせられているので姓は分かるようになっている。「菊池」さんか。
他の母親は、自分の子のビデオ撮影に集中していて敬子と菊池を見ている人はいない様子。敬子は同じようなことをする気にはならなかったので持って来なかった。いくら平成の生活に馴染んできたとはいえ、こういうところはどうしても昭和が抜けきれない。
戸籍上の年齢を話して済ませることもできるが、そのうち辻褄が合わなくなって変に思われる可能性が高い。正直に話すことにした。もちろん、平成に来て「作り上げた」設定上のものである。昭和16年生まれだなんて間違っても言えるはずがない。
「40歳くらいだと思います」
「くらいって?」
「私、記憶喪失なんです。本当はどこの誰かもわかりません。5年前に気が付いたら駅の前にいました。こちらで戸籍を作って結婚したんです」
次の瞬間、菊池の表情が変わるのが分かった。予想できたことではあるけど。記憶喪失者なんてテレビでは見ることがあっても身近にいることなんてそうそう無いだろう。
「これって、私に話してもいいことだったんですか?」
「自分から話そうとは思いませんけど、隠す様なことだとは思っていませんのでお話ししました。他の方に話されても構いません」
「いいえ、それはしません。話したりしないほうがいいと思いますよ。間違いなく大騒ぎになります」
母親たちの噂好きは昔も今も変わらないということか。今までは敬子の「記憶喪失」を知っている病院のスタッフやユウさんの両親などくらいとしか世間話をすることが無かったので、そこまでは考えたことはなかった。昭和で3人も子育てをしているから子育て相談の必要を感じたことはないし、年齢も生まれた時代も違う若い「ママ友」などというものもいなかった。これからは否応なしに付き合わなければならないのだろうから、この点は気を付けたほうがいいのかもしれない。
「ありがとうございます。あれからいろいろ学んできたのですが、まだまだ知らないことがありそうです」
話をした相手が菊池で幸運だったのかったのかもしれない。口の軽いおしゃべり女だったらえらいことになっていたかも。
担任の紹介があった。メイの担任は、見たところ敬子と同年配の「おばさん先生」。もっとも、生年月日を考えれば敬子の娘と言っていいくらいだろう。
(響子の娘があれくらいの歳になっているかな)
響子というのは慶子の高校の時の友人で、中学は別だったが、高校入学後クラスの席が隣通しで知り合った仲である。慶子と名前が似ていることもあって縁を感じ、高校卒業後も年賀状をやり取りするなど親しくしている。響子は高校卒業後すぐ結婚してこちらに出てきた。22歳の時に娘が生まれたが、若くして夫が他界したので保険の外交をして一人娘を育てていた。歩や泰代より2歳くらい年上だったから、2002年の今は敬子の実年齢と同年配だろう。さすがに名前までは憶えていない。
生活は昭和とは全く違う。
気温は高めだが、冬は快適だしなつはすごい猛暑なのは確かだけどどこに行っても冷房が効いている。敬子が乗る軽自動車にだって冷房がついている。昭和の夫が乗る車には冷房など無かった。
こちらに戻ってきてから腰痛も出ていない。畳で寝起きしていた時には、これほど腰に負担がかかるものだということには全く気付いていなかった。
2002年4月。メイが幼稚園に入園する日が来た。大学はまだ新学期が始まっていないので、アオイの面倒はユウさんに見てもらうことにして、入園式に付き添う。
20世紀の三人の子の時のことを思い出していた。泰代はそれほど問題は無かった。というよりあまりに何も無さ過ぎて幼稚園の時の記憶がほとんど残っていない。
歩は自己主張が強いうえ人付き合いが苦手で馴染んでいたとは言い難い。少なくとも見ていて楽しそうではなかった。
保はそもそもほとんど通っていない。喘息の発作が起きたり風邪を引いたりして半分以上は休んでいた。体を強くするために水泳教室にも通わせたが、それすらほとんど通えなかったくらいである。原因は夫の喫煙にあることは明らかだったが、それを口にすることはできない。自分のやることすべてが正しいと考えている人なのである。意見したりましてや禁煙を要求しようものなら結果は目に見えている。
持ってきた三脚とカメラで幼稚園の前で記念写真を撮る。すべて自動設定でセルフタイマーがついているから簡単だ。昭和の家にもピクトグラムによる手動設定のカメラはあったが、セルフタイマーは付いていなかった。
メイと別れ、講堂のようなところの後ろの席に親たちが集められる。中には両親出来ている家もあったが、ほとんどは敬子のように母親独りが付き添ってきたようだ。敬子の周りも母親だけだった。
ここで入園式をする。子供たちは前の椅子に座って緊張しているよう。
周りは明らかに自分より一回り以上も歳下と思しき母親ばかりでいささか気後れする。本当の生年月日で考えるのなら娘と孫の間位のはずだと思って納得させる。敬子が戦前生まれなどと知ったらびっくりするどころでは済まないだろう。
敬子は身長が163㎝で昭和にいた時は同世代の女性の中では明らかに背が高かった。中学で今の身長になると、その後は就職先まで自分より背の高い女性は周囲にいなかったくらい。
ここでは敬子より背の高い母親も結構いる。泰代も自分より背が高くなったのだろうか。そんなことを考えていると、隣の若い母親から声を掛けられた。身長は少し敬子より低いが、若い人らしく見るからに豊満な体つきのようだ。
「細田さんって何歳なんですか?」
初めに名札を着けさせられているので姓は分かるようになっている。「菊池」さんか。
他の母親は、自分の子のビデオ撮影に集中していて敬子と菊池を見ている人はいない様子。敬子は同じようなことをする気にはならなかったので持って来なかった。いくら平成の生活に馴染んできたとはいえ、こういうところはどうしても昭和が抜けきれない。
戸籍上の年齢を話して済ませることもできるが、そのうち辻褄が合わなくなって変に思われる可能性が高い。正直に話すことにした。もちろん、平成に来て「作り上げた」設定上のものである。昭和16年生まれだなんて間違っても言えるはずがない。
「40歳くらいだと思います」
「くらいって?」
「私、記憶喪失なんです。本当はどこの誰かもわかりません。5年前に気が付いたら駅の前にいました。こちらで戸籍を作って結婚したんです」
次の瞬間、菊池の表情が変わるのが分かった。予想できたことではあるけど。記憶喪失者なんてテレビでは見ることがあっても身近にいることなんてそうそう無いだろう。
「これって、私に話してもいいことだったんですか?」
「自分から話そうとは思いませんけど、隠す様なことだとは思っていませんのでお話ししました。他の方に話されても構いません」
「いいえ、それはしません。話したりしないほうがいいと思いますよ。間違いなく大騒ぎになります」
母親たちの噂好きは昔も今も変わらないということか。今までは敬子の「記憶喪失」を知っている病院のスタッフやユウさんの両親などくらいとしか世間話をすることが無かったので、そこまでは考えたことはなかった。昭和で3人も子育てをしているから子育て相談の必要を感じたことはないし、年齢も生まれた時代も違う若い「ママ友」などというものもいなかった。これからは否応なしに付き合わなければならないのだろうから、この点は気を付けたほうがいいのかもしれない。
「ありがとうございます。あれからいろいろ学んできたのですが、まだまだ知らないことがありそうです」
話をした相手が菊池で幸運だったのかったのかもしれない。口の軽いおしゃべり女だったらえらいことになっていたかも。
担任の紹介があった。メイの担任は、見たところ敬子と同年配の「おばさん先生」。もっとも、生年月日を考えれば敬子の娘と言っていいくらいだろう。
(響子の娘があれくらいの歳になっているかな)
響子というのは慶子の高校の時の友人で、中学は別だったが、高校入学後クラスの席が隣通しで知り合った仲である。慶子と名前が似ていることもあって縁を感じ、高校卒業後も年賀状をやり取りするなど親しくしている。響子は高校卒業後すぐ結婚してこちらに出てきた。22歳の時に娘が生まれたが、若くして夫が他界したので保険の外交をして一人娘を育てていた。歩や泰代より2歳くらい年上だったから、2002年の今は敬子の実年齢と同年配だろう。さすがに名前までは憶えていない。
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