タイムトラベラー主婦

zebra

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音楽

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 一番心配していたのはぎっくり腰が再発することだったが、その気配は無かった。

 やはりベッドと椅子の生活だと違うらしい。こちらで生活している間は何事も無く済みそうだ。

 家にはユウさんが仕事で使う電子ピアノがある。ボリュームを下げたり、ヘッドホンを挿して使えるので近所迷惑にもならない。何と便利になったことか。昭和で生活していた時、「ピアノ殺人事件」などというものがあったことを思い出す。その後どうなったのか知らないが。電子ピアノは場所を取らないし、調律も必要ないらしい。

 敬子も時々弾いてみることがある。正式に習ったことなど無いのでレベルはたかが知れているが心が安らぐ。昭和の家では夫はもちろんのこと、歩も泰代も音楽に興味を示さなかった。保にもオルガンをさせているが、果たしてどうなるやら。「慶子」が言うから仕方なしにやっているようで、あまり期待はできないかもしれない。

 ボリュームを下げて弾いていると、メイが近寄って来た。ユウさんの子だけあって、興味があるらしい。

 「弾いてみる?」

 メイは頷いた。案外筋がいいかも。

 思った通りだった。

 覚えるのが早いし、何より楽しんでいる。言われて嫌々やっているのが明らか昭和の家の子供たちとは積極性がまるで違う。

 「やっぱり雰囲気に左右されるのね」

 真鍋家ではそもそも夫が音楽などバカにしているのが明らかだった。

 「なんの役にも立たないくだらない道楽」

 と思っているが、世間一般の様子と慶子の熱意に圧されて黙認している形。昭和の日本では「情操教育」として音楽がもてはやされているから。

 いつの間に廃れたのか分からないが、こちらでは必ずしももてはやされてはいない。幼稚園の様子を見ても、特にそんな様子は無い。敬子からすれば電子ピアノという便利なものができたのに何で、と思うが、価値観が大きく変化したのかもしれない。

 私立の小学校に入れることに熱心な親も多いようだ。昭和の時代にはそもそも私立の小学校そのものがほとんど無かった。今はずいぶん増えているらしい。私立に入れることを考えれば音楽なんてさせる時間は無いのであろう。

 幼稚園の放課後にピアノ教室のオプションもあるようだが、通わせるつもりはなかった。家にいればいくらでもできる環境がある。やりたいようにさせておいた方がいいだろう。

 メイが電子ピアノを弾きだしたのを見て、アオイも興味を示すようになった。両親や姉が楽しそうに引いていれば当たり前かも。

 やがて夏になった。夏休みになる前の日。明日からメイは夏休みで、家にいることになる。

 メイが帰ってくるなり聞いてきた。

 「お友達がね、夏休みにママの田舎に行くんだって。ねえ、私のママの田舎はどこにあるの?」

 想像していなかった言葉に敬子は固まった。
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