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昭和53年
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慶子は昭和に戻っていた。
もう何度目か憶えていない。
二つの時代を行き来できることを知って、初めは「二度と戻れないかもしれない」という覚悟を持っていたが、さすがに慣れてきた。
これからどういう人生を歩むことになるのか、考えるのは止めにした。何か自分のわからないものに決められていて、それを知ったらいけないような気がする。どんな運命でもおとなしく従って進むのみ。
上の二人、歩と泰代は中学生になった。成長を見越して大きすぎる詰襟が初々しい。
中学入学前にちょっとしたことがあった。それほど遠くないところに建売住宅が建ち始め、夫が購入する提案をしてきたのである。夫が保証人をしている義弟の会社の経営が安定してきてそれだけの余裕ができたということらしい。
それもいいかと思っていたが、調べてみると微妙なところで学区が違っていて、上の二人の通っている小学校から進学する中学とは違う中学ということが分かった。
泰代はともかく、ただでさえ人付き合いが下手な歩が周りと違う中学に行くことになったらますます孤立することは必須である。保も近所の子たちとは別の小学校へ行くことになる。
そのことを話すと、案外あっさりと取りやめになった。子育てのことは慶子に任せきりにしているから、慶子がそう思うならそれでもいいということなのだろう。歩と泰代もほっとした様子。ただ、しばらくの間狭い家での生活が続くことになる。
慶子がタイムスリップした1996年に確認した時にはここに住み続けてはいなかった。だからそれまでの間に引っ越すことになるのだろうが、それが何時なのかは分からない。
二人がどれくらい大きくなるのかは分からなかったが、慶子は同年の女性としては高身長で163あるし、父は明治生まれの男性としては170の大男である。弟たちも一番下を除いて背が高かったが、彼は母親の遺伝子が強く出たのだろう。大正生まれの母は150台とごく普通の背丈しかないから。
泰代は12歳の誕生日を迎えた頃から急激に女の体型になっていた。貧乳を自任している慶子が追い越されるのは確実。生理用品おりものシートとブラジャーを買い、
「いつ使い始めるかは自分で決めて」
と言って渡しておく。
夫とは相変わらず相性が悪い。顔を合わすだけでも気が重くなる。対立することなど日常茶飯事で、そうでないことの方が珍しい。平成でユウさんとの暮らしを経験しているからなおさらその思いは強くなる。
いっそこちらの生活を捨ててずっとユウさんや娘たちと暮らしてもいいのではないかとすら思うこともあるが、そうなったらこちらの子供たちはどうなるのだろう。それを考えると簡単に踏ん切りは着かない。
珍しく夫が帰宅した夜のことだった。
夫は自分を迎える態度が気にいらないと文句をつけてきた。言いがかりもいいところだ。反論すると、夫の態度が変わった。
今までは自分の言うことに従順(に見えていた)慶子が自分の言うことにおとなしく従わなかったことに腹を立てたのだろう。殴りつけられた。
幾ら女性としては長身の慶子でも、がっちり体型の夫には敵わない。慶子は同世代の中でも細身でスポーツと言えばスキーくらいしかやったことが無い。
「生まれ変わっても、あなたとなんか絶対結婚しないから!」
「ああ、こっちこそ御免だよ!お前みたいな女と結婚なんかするか!女というのは夫が仕事から帰ってきたら膝魔づいて「お帰りなさいませ」って迎えるものだ。お前が一度だってやったことあるか」
「冗談じゃないわ。私だって家の中のこと一日中やっているのに、何であなたにそんなことしなきゃならないのよ。私は女中じゃない」
「毎日同じことしかやってないくせに偉そうなこと言うな。お前はそういうことしかできないだろ。悔しかったら俺と同じくらい稼いで来てみろ。金を稼いできているのは俺だ。金を出しているものが偉いのは当然だ。お前たちは俺が稼いだ金を消費しているにすぎないくせに」
堪忍袋の緒が切れた。
「もう帰ってこないから!」
叫んで身一つで家を出た。外は
「ああ、帰ってこなくていい!」
夫の捨て台詞が返ってくる。
びっくりしている子供たちに
「どうせ行くところなんて無いんだから、すぐ戻ってくるさ」
はらわたが煮えくり返った。
小声でつぶやく。
「行く先ならあるわよ。こんな所よりずっといい家が」
誰も見ていない夜の道で、慶子の姿が消えた。
もう何度目か憶えていない。
二つの時代を行き来できることを知って、初めは「二度と戻れないかもしれない」という覚悟を持っていたが、さすがに慣れてきた。
これからどういう人生を歩むことになるのか、考えるのは止めにした。何か自分のわからないものに決められていて、それを知ったらいけないような気がする。どんな運命でもおとなしく従って進むのみ。
上の二人、歩と泰代は中学生になった。成長を見越して大きすぎる詰襟が初々しい。
中学入学前にちょっとしたことがあった。それほど遠くないところに建売住宅が建ち始め、夫が購入する提案をしてきたのである。夫が保証人をしている義弟の会社の経営が安定してきてそれだけの余裕ができたということらしい。
それもいいかと思っていたが、調べてみると微妙なところで学区が違っていて、上の二人の通っている小学校から進学する中学とは違う中学ということが分かった。
泰代はともかく、ただでさえ人付き合いが下手な歩が周りと違う中学に行くことになったらますます孤立することは必須である。保も近所の子たちとは別の小学校へ行くことになる。
そのことを話すと、案外あっさりと取りやめになった。子育てのことは慶子に任せきりにしているから、慶子がそう思うならそれでもいいということなのだろう。歩と泰代もほっとした様子。ただ、しばらくの間狭い家での生活が続くことになる。
慶子がタイムスリップした1996年に確認した時にはここに住み続けてはいなかった。だからそれまでの間に引っ越すことになるのだろうが、それが何時なのかは分からない。
二人がどれくらい大きくなるのかは分からなかったが、慶子は同年の女性としては高身長で163あるし、父は明治生まれの男性としては170の大男である。弟たちも一番下を除いて背が高かったが、彼は母親の遺伝子が強く出たのだろう。大正生まれの母は150台とごく普通の背丈しかないから。
泰代は12歳の誕生日を迎えた頃から急激に女の体型になっていた。貧乳を自任している慶子が追い越されるのは確実。生理用品おりものシートとブラジャーを買い、
「いつ使い始めるかは自分で決めて」
と言って渡しておく。
夫とは相変わらず相性が悪い。顔を合わすだけでも気が重くなる。対立することなど日常茶飯事で、そうでないことの方が珍しい。平成でユウさんとの暮らしを経験しているからなおさらその思いは強くなる。
いっそこちらの生活を捨ててずっとユウさんや娘たちと暮らしてもいいのではないかとすら思うこともあるが、そうなったらこちらの子供たちはどうなるのだろう。それを考えると簡単に踏ん切りは着かない。
珍しく夫が帰宅した夜のことだった。
夫は自分を迎える態度が気にいらないと文句をつけてきた。言いがかりもいいところだ。反論すると、夫の態度が変わった。
今までは自分の言うことに従順(に見えていた)慶子が自分の言うことにおとなしく従わなかったことに腹を立てたのだろう。殴りつけられた。
幾ら女性としては長身の慶子でも、がっちり体型の夫には敵わない。慶子は同世代の中でも細身でスポーツと言えばスキーくらいしかやったことが無い。
「生まれ変わっても、あなたとなんか絶対結婚しないから!」
「ああ、こっちこそ御免だよ!お前みたいな女と結婚なんかするか!女というのは夫が仕事から帰ってきたら膝魔づいて「お帰りなさいませ」って迎えるものだ。お前が一度だってやったことあるか」
「冗談じゃないわ。私だって家の中のこと一日中やっているのに、何であなたにそんなことしなきゃならないのよ。私は女中じゃない」
「毎日同じことしかやってないくせに偉そうなこと言うな。お前はそういうことしかできないだろ。悔しかったら俺と同じくらい稼いで来てみろ。金を稼いできているのは俺だ。金を出しているものが偉いのは当然だ。お前たちは俺が稼いだ金を消費しているにすぎないくせに」
堪忍袋の緒が切れた。
「もう帰ってこないから!」
叫んで身一つで家を出た。外は
「ああ、帰ってこなくていい!」
夫の捨て台詞が返ってくる。
びっくりしている子供たちに
「どうせ行くところなんて無いんだから、すぐ戻ってくるさ」
はらわたが煮えくり返った。
小声でつぶやく。
「行く先ならあるわよ。こんな所よりずっといい家が」
誰も見ていない夜の道で、慶子の姿が消えた。
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