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第一部:第6章(グーサノイド城内―謁見の間)
32.強引な幕引き
しおりを挟む「ちょっと待って、どこから突っ込んでいいか分かんない」
クロエは珍しく…もしかしたら生まれて初めて、心底混乱していた。凶器を突きつけていたイーニッドも、仕事など忘れ果て、クロエを抱き寄せて震えている。「こんな話を聞いて、生きては帰れない…」という呟きに、そうだねと同意しておく。綺麗な顔が歪むのを眺めていると、妙に冷静になった。ノアの話を振り返ってみる。
「まずアンナって何者? 紫の呪いが本当なのも驚き。いやそれより、呪いを転嫁って何、どうやるの、あり得ない。精霊相手に誤認させるってこと? 世界に喧嘩売ってるの? それを成したノア君の研究ってなんなの? 当時十一歳って言わなかった? あとアラン君! あの感じで徹頭徹尾被害者って意外すぎるよ、可哀そう。…ああそれに…ノア君って本当に剣を使うんだ。本人の口から聞いても…なんだろう、うん、わかんないや。実の父親をひと刎ねっていうのもなかなかだね。いやそれより、人間真っ二つは確実に魔術だよね? ノア君は魔術使えないんでしょう? え、まさか剣技ってやつなの? そんなことある? ――それにロリさん…ロリさんって…」
広大な謁見の間に、興奮した声が響いている。指折り数える様は微笑ましいが、内容を聞けば台無しである。声音は徐々に小さくなり、ふっと黙り込んだ。
そうして、一通り考えを巡らせた。満足すると、戸惑いがちにイーニッドの腕を揺すった。
「ねえ、ノア君は差し障りのない話をするって言ったよね? これが差し障りのない話なの? お姉さまはどう思う? 変なのって私?」
「…いや、確実に向こうだろうな」
「だよね! 良かった。これまでの人生、どちらかというと非常識に分類されてきたんだけど、今日からは胸を張って常識人を名乗れるよ」
「…常識人かは、わからんが」
過去の虐殺現場で、拘束され、刃物を突きつけられ、当事者から話を聞かされる――そんな状況で平然としているのは、常識的とはいえないだろう。そう思ったが、口にするほどの気力はなかった。それに、
「ところで、ポーさんはどうしたんですか?」
自国の王の方が、明らかに異様であった。優しい物腰で、何気なく会話を再開している。そしてクロエも、ためらいなく応じる。
「ポー? ここには出てこられないんじゃないかな。どうして?」
「ポーさんがいれば、縄をかじって切ってもらえないかと」
「縄に拘るね」
「普通は気になりますよ」
「ノア君に普通を語られたくはないね」
「そんな…」
「逆にノア君は、自分のことを普通だと思ってるの?」
「取るに足らない石ころのようなものかと…」
「取るに取れない強烈な彗星だよ」
ノアは肩を落とした。そのまま、元凶へと視線を向ける。「…ローレンス、満足しましたか?」
昔語りにうっとりと聞き惚れていたローレンスは、満面の笑みで首を振った。
「いけません、いけませんね。欲張ってしまう。随分と張り合いがありますからな。モーリア嬢がいると安心するのですかな?」
「…否定はしません」
「どういうこと?」
「陛下はこうお考えなんですよ。――もし狂っても、モーリア嬢なら自分を殺せるに違いない」
「お強いと言っていましたからね」と、いらぬ補足をする。
イーニッドは存在感を消すべく、大きな体を必死に縮こまらせていた。それでも、さすがに気になったのか、顔を覗かせてクロエとノアを見比べている。
「いやいやいや、私いつの間にそんな重たい責務を負わされてるの? …待って。もしかして…この国の人が、やたらに私を歓迎してたのって、まさか…」
「そういう人間も多いですな」
「本当に歓迎してくれている方だってたくさんいますよ!」
慌てて取り成しているが、そんなことはどうでもいい。今日まで居心地の良い隠れ里と思っていた場所が、人外魔境のごとき場所と知れ、目眩がしてくる。
「…とりあえず、回避の為に努力はして」
とはいえ、クロエの方も一般人とは言いがたい。熟考の結果が、ほぼ肯定の響きだったことにイーニッドは目をむいている。ノアは何度もうなずいて、実に嬉しそうに、
「はい!」
と返事をした。とても素直なのだが、手応えがない。クロエは早々に後悔した。
「…それで? ここで魔術が使えないのは、結局どうしてなの」
「…流してはもらえませんでしたか。――お話ししたのは確かにきっかけなのです。ですが、これ以上は、ちょっと。…殺しすぎて穢れて、なんて思っておいては頂けませんか?」
「これより大変な事実が隠されてるの…?」戦慄である。
「いえ、それほどは」
「こんなに信用できない正直がこの世にあるんだね…私、なんだか疲れてきたよ…」
「お疲れですか!? ローレンス、いい加減にしてください。いくらなんでも度を過ぎています!」
「ああ、もう少し、もう少しだけ…」
「…お姉さま、ところで、例の聖痕ってやつは」
「…先ほどの話の最後で、ノア様に殺されかけた傷だろうな」
うわあと顔を見合わせる。ため息などでは吐き出せない鬱屈。なんだか無性に、大声を出したくなった。
それにしても、この話はいつまで続くのだろうか。始めは面白がりもしたが、いい加減にうんざりしてくる。常には力技で通せてしまうだけに、無力のままならなさが深く身に染みた。疲れてきたのも本当だし、手足の拘束も負担になってきた。
全てが狂人の気分次第など、終わりがないも同然だ。
「…ねえ、ロリさん。付き合いきれないんだけど」
「なんと。この素晴らしい時を提供してくださったのは、他ならぬモーリア嬢ではありませんか」
「身に覚えがなさすぎるんだよ」
「この機会、逃す手はありませんぞ。陛下が聖地にやってきたのは、あの日以来始めてなのです! ここに、陛下が、立っているなんて…! これほどの感動は他にありますまい! 目に焼き付けておくべきですぞ!!」
「聖痕の次は聖地ね…。盛り上がってるところ悪いんだけど、誰も共感してないんだよ」
「どうも世人は悦びへの理解に欠けますな」
「ノア君、お宅の宰相閣下どうなってるの?」
「すいません。仕事ができるのも、犬のように忠実なのも確かなんですが…。わずかな期間に復興ができたのも、彼の力があればこそですし…」
「犬のようにって」
「駄犬ですが」
申し訳なさそうに言うが、そこではない。
クロエは納得した。
「ノア君も相当やばい」
「へ!? どのあたりでしょうか! 直します、直しますから! これと一緒は嫌です!!」
ここに来て一番の必死さを見せるノアだが、羽虫のように払いのけられてしまう。
癇癪じみた荒い仕草に、焦りも忘れて固まった。
「ポー!」と、声を張り上げる。「根性見せなよ。何があっても後始末つけるって、自分で言ったんじゃん」
ノアとイーニッドは、何のつもりかとクロエを見やった。ローレンスは己の世界に浸っていた。クロエは舌打ちをして、思い切り息を吸い込む。
「《―――――!!》。精霊が契約破ってどうすんの!」
「ク、クロエさん、今のは…」
「ポーの名前だよ」
吐き捨てた、直後。
薄氷の砕けるような音が、身の内深くで鳴り響く。ノアは立ち尽くした。血の気が引き、総毛立つの感じた。鼓膜を震わせはしない。それでいて、聾するほどの大音声。――風のような感触。訝しく見れば、空気が凝り、何か巨大な存在が湧き出てくる。確かに、そこに在るのが分かる。常人の目には映らない。だが、思い知る。畏れ、惹きつけられる。それが、圧倒的に完成された存在だからだ。緻密に組み上げられた、神聖で華麗な、全の化身。
『何か』の存在に圧された空間で、人間は呼吸にすら惑う。
だが、そうではない者もいる。
「《この聖地とやらを浄化しておしまい!》」
空気が震え、誰もが察した。――ため息だ。
ため息をつきながら、どんどん、どんどん、圧縮され、ねじけて、空間はひび割れる寸前となり、虹を飲んだような理解しがたい艶を帯びる。
爆発した。
光に似た、透明なエネルギーが、弾けて、部屋全体を飲み込んだ。その途上で縄が霧消し、クロエはふんと息をついて立ち上がる。大きく伸びをすると、金色の筋が宙を裂くのが目に入る。眉を顰めた。
「私でも引くくらい力技だね」
労えよ! と。一音ごとに距離の飛ぶ、奇妙な声が叫んだ。それは間違いなく、白い子狐のものだった。微風がクロエの頬を撫で、耳元でささやく。――ちょっと寝てくる。
漏れ聞いたノアが、不釣り合いな日常の囁きに、目を白黒させている。
金色はゆるゆると舞い、やがて、消えた。しんと、静まった。
ノアは立ち尽くしている。ローレンスは昏倒している。イーニッドは姿をくらませた。
蝋燭は消えていたが、先ほどの力が不思議なほの明るさを残していた。深呼吸をする。大掃除の後のように、さっぱりとして、清々しい。埃っぽさも、気持ち悪さも消え、ついでに玉座まで塵となった。クロエは見なかったことにした。ふいと人差し指を立てると、小さな炎が灯る。
「マシにはなったけど、相変わらず使いづらいね。あれだけやってもまだダメって、どんな怨念で呪われたらこうなるの」
「あの、クロエさん…?」
躊躇いがちな呼びかけに、顔を向けることで応じる。ノアは失礼しますと手を取り、縄の跡を痛まし気に見やった。
「少し、擦り剝けていますね。痛むでしょう。早く手当てをしましょう」
はっとして逆にわしづかむ。「治癒魔術? 治癒魔術みせてよ。最近見てないんだもん」
「もちろんです。妙なことに巻き込んでしまいましたし、できる限りのお詫びをしますよ。他に必要なものはありますか?」
クロエは考え込み、大きくうなずいた。
「お茶」
「お茶?」
「ノア君がいれたお茶が、一番おいしい」
ノアは目を丸くしていたが、やがて、綻ぶようにして笑った。「すぐに用意しますね」
二人は何事もなかったかのように去っていく。ローレンスは当然のように捨て置かれる。こっそり見届けたイーニッドは、諦念に満ちた虚ろな顔で、主を回収していった。
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